>>良
「はぁ…。」
「どうしたの、良君?」
「いや、春は時間が早く進むと思ってな。」
俺の言葉に水鏡は考え込んだ。そして、
「要するに、もうお昼休みって事か。」
「だからお前は訳し過ぎだ。」
「良君は無駄に長くし過ぎなんだよ。」
そう。さっきまで朝だと思っていたのに、もういつもの3バカ全員で、屋上のおしゃれなオープンCAFEで昼飯中なのだ。黙々と食事を進めるシンゴを放っておいて、俺と水鏡は会話を続けた。
「大体あの作戦名、ダサいにも程があるよ。どうしてわざわざ『☆(ほし)』まで読まなくちゃいけないの?本当にいるの?」
「当然いる。」
水鏡の圧倒的な批判が悔しいので、俺は態度だけでも大きくする。
「あれが入ることによって、たるんだ作戦名にピリッとスパイスが加わる訳だ。」
「それなら、作戦名を短くすれば良い話じゃないの?無駄に長いからたるんじゃうんだよ?」
「違う!あの長さは絶対必要なんだ!」
「絶対いらないと思う。」
俺のこだわりを、どうして水鏡はいつも理解してくれないのだろうか。
「でもな水鏡、分かりやすいだろ?」
「それを世間は『安直』て言うんだよ?」
「世間に流される人生で良いのか!?」
「僕は良いの!流されても良い!!」
駄目だ。今日も水鏡は堅物だ。俺は何も喋らないシンゴに話しかけた。
「…ハァ、シンゴ。」
「何だ?」
全てを悟ったかのような口調で、
「分からず屋の水鏡に…」
「カンパーイ!」
水筒のコップのぶつかり合う音が、俺とシンゴの間で鳴り響く。
「勝手に乾杯しないの!」
「ハッハッハ。」
「カッカッカ。」
怒り出す水鏡を放っておいて、俺たちは声高らかに笑った。何も変わらない、いつもの日常が、何だか久し振りに感じる。『侵入作戦』なんていう非日常の中で暮らすと、こういった日常に安らぎを感じる。俺は少し遠い目をしながら、どこまでも広がる春の青空を眺めた。
「あ、そうだ。ねぇ、2人とも。」
その時、水鏡が口を開いた。
「しばらく僕たち、目立つ事はしない方がいいよ。」
そしていきなり重い話をし始めた彼に、正直な所、俺たちは動揺した。
「どうした、急に?」
「熱でもあんのか?」
「無い。だって僕たち、一応事件との関連性は無い事になっているけれど、女学院圏内への立ち入り禁止令、出しちゃったでしょ?」
確かに、俺たちがそれを出した張本人である、という事実は消えないだろう。その事に関して俺たちは、しっかりと現実を受け止めなければならない。
「まぁ、そうだな。」
「もし、誰かがそれを聞きつけたら、僕たち狙われちゃうよ。」
不安そうな水鏡の表情に、俺はついこの間の出来事を思い出した。そういえば、シンディも何か言っていたな。通学時間がどうのこうのって。
「確かあそこには1軒ゲーセンがあるけれど、そこを愛用していた学生は、今回メチャクチャ怒っているんだから。」
なるほど。自分たちの領域(テリトリー)を奪われた者の復讐心、て訳か。
「安心しろ、水鏡。その侵入者の1人はこの俺だ。お前が疑われると同時に、俺も疑われる。」
ひとまず水鏡を安心させるため、俺がそう言ってのけた。それが相当強みなのか、シンゴはさらに上機嫌に話を付け加えた。
「そうだぜ、水鏡。こいつはケンカでいくら殴られてもびくともしない所から、『鉄筋コンクリート』として恐れられているんだぜ!」
シンゴが言ったその話は、正直な所、俺の記憶には無かった。勝手に因縁つけられてケンカに巻き込まれる事はいくらでもあるし、それを数秒で片付ける事はもっとあった。この話もきっと、俺が忘れてしまった出来事なのだろう。そう考えていた時、水鏡が何か不思議な顔をした。
「え?体育館裏に呼びつけてきた不良をズタボロにして、『赤い蟒(うわばみ)』て呼ばれているんじゃないの?」
先に言っておくが、この話も俺の記憶に無い。
「俺は、この間のマネキン女と闘った時は、『鬼神』の異名を聞いた。」
三者三様、様々な通り名が出てきた。なんせ俺は、ケンカしか目立っていないからな。混乱する一同を落ち着かせるため、俺は脱線していた話題を元に戻した。
「まぁ、自分の身は自分で守れ。ここ数日は2人とも、自分の媒介持っておいた方がいい。もし不良たちに絡まれたら、それで煙に巻いて逃げろ。」
「そうだね。」
2人とも決して弱い訳では無いので、簡単に負ける事は無いと思う。俺の忠告に納得する水鏡に対して、何かシンゴは不服そうだった。
「良いよな、水鏡は。持ち運びが簡単なやつでよぉ。俺なんか、わざわざ細長いもん持っていなくちゃならねぇんだぞ?」
確かに、それは俺も面倒臭そうだと思う。あくまでシンゴの『ビター・スイート』は手にする棒が必要なので、普段から装備するには向かない。そんな、俺たちを羨むシンゴを慰めようとしたのか、水鏡は横からフォローを入れた。
「大丈夫だよ。シンゴ君は凄い心獣持っているもん!」
「え…本当か(照)?」
「本当だよ。身を守るんだったら、シンゴ君の方が便利な心獣だよ。」
「そっか…そうだよな!?」
「そう、そう!」
…しかし、何を勝手に盛り上がっているのか、俺にはさっぱり理解出来なかった。もう一度言うが水鏡、お前の心獣の方が確実に強いし、その上応用も効く。何故自分で分からないのだろう?
「だってシンゴ君の心獣、派手だしね!」
「だよなー!だよなー!」
…そうだった。あいつの心獣のステータスの基準は、派手さだった(汗)。
「あっはっは…。」
「カッカッカ…。」
水鏡の将来が心配になった、春の正午。水鏡、南無〜。
>>水鏡
ついこの間始業式が終わったばかりだから、春の陽気も相まって、すごく授業が短く感じて仕方が無い。興味のある歴史もすぐに終わってしまい、僕たちはもう帰宅の準備に入っていた。何だかおかしいな。ついさっき教科書を机にしまったはずなのに。
「お、水鏡、もう帰るのか?」
クラスメイトの九条君が話しかけてきた。
「うん、そうだよ。」
「はぁ〜あ…みんなすぐに帰っちまうからなぁ…俺もとっとと掃除終わらせちまお〜っと。」
「それが良いよ。じゃあね。」
それは、いつも通りの会話だった。クラスメイトに適当に言葉を交わして、僕は教室から出ようとした、その時だった。
「おらおらー!お前ら、頭が高いぞー!」
「道を開けろー!」
僕は、何だかえらく威勢の良い声が廊下に響いている事に気が付いた。
「…何だろ?」
ドアから顔だけ出して、様子を見てみる。2人の子分(みたいな人)を先頭に、1人の学生が偉ぶった顔つきで歩いている。
「『火の玉の』王手(おうて)さんのお通りだぞー!」
「てめぇ、もっと道開けろや!」
後ろを歩いているあの学生が、王手と言う人らしい。不良学生らしいけれど…どうして坊主頭なんだろう?しかも金髪?…とりあえず、あんまりかかわらない方が身のためだな…。僕はこっちに向かってくる彼らから逃れるため、そそくさと逃げる事にした。えっへん。こういう時のための天賦の才能、『存在感の薄さ』さ!これを使用する事で、何故か人から無視をくらってしまうという、諸刃の剣的特殊能力!ちなみに、これは僕の心獣なんかでは無く、僕の潜在能力だから、基本的には常に発動されているのだ。
「おい、そこのお前!動くな!」
そうそう。こういう風に、何故か肝心な時だけ見つかっちゃうんだよね(泣)。指名された僕は慌てながら、彼らのいる方を向いた。
「ぼ、僕…ですか?」
「お前以外に誰がいるんだ、あぁ!?」
「ひぃぃっ!!」
この子分A、怖いぃ…!
「おいノブ、あまり大声を出すな。」
「王手さん!でも…。」
「俺が代わりに言ってやる。よく見ておくんだ。」
後ろを歩いていた王手君は、ノブと呼ばれるを一旦引き下げ、自ら僕の目の前へやって来た。
「お前…名前は…?」
その鋭い目つきは、幾多の不良たちとのケンカを乗り越えてきた、猛者の目だった。良君とは違ったその空気に、僕は怯えた。
「か…海堂…です!」
「下は…?」
「み、み…み、水鏡です!」
「そうか…。」
彼は何か考え事をしているらしいけれど、当の僕はもう一杯一杯だ。
「な、何か…?」
「ちょっと今から、体育館裏へ来い。良いな?」
そう言って彼は僕を鋭く睨んできた。
「はいぃぃ!!」
恐怖に負けて、つい叫んでしまった。その後は何となく想像していた通り、2人の子分に連れられながら、そのまま体育館裏へやって来てしまった。
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