>>水鏡
「それじゃ、今から3つの質問をする。」
体育館裏は屋上と同じように、学校の中でも有名な不良生徒達が集まる場所として、僕のようなおとなしめの学生たちからは恐れられている場所だ。もちろんどんな平日でも、僕らが好んでここへ来る事は、まず無いと言っていい。もしかしたら、ここへ来るのは初めてかも知れない。
「質問をするって言ってんだよ!!」
てか、子分Bも怖い!
「は、はいぃ!!」
「その前に、1つだけ約束しろ。」
王手君が僕に念を押すように言ってきた。
「『絶対に嘘はつかない』と誓うか?」
そういえば、噂で耳にした事がある。女学院の近くにあるゲーセンを本拠地にしている、スターライトの不良学生数名がグループを作り、気に入らないやつを次から次へと叩きのめしているらしい。この独特の殺意…この人たちがその不良生徒だと、僕は直感していた。
「はい。」
「落ち着いてきたな。それではいくぞ。」
慌てちゃいけない。真剣に考えて、嘘のない返事をするんだ。
「女学院への半径1km進入禁止の事を『この事件』と呼ぶが…この事件は、本当に変質者によるものか?」
変質者によるものか?変質者が起こした事件なのか?侵入した僕たちは変質者とみなして良いのか?良いのかな?
…許可します!完全に変質者のしわざです。
でもそのまま答えると関係者っぽくなってしまうので、少しごまかして答える事にした。
「そうだと思います。」
僕の絶妙な返答に、王手君は少し苦い顔をした。
「そうか…。それじゃ、2問目だ。」
体育館裏に、重い空気が流れ込んできた。恐らく彼の存在自体が、この空気の重さを作り出しているのだと思う。さすがは現役不良学生。
「半径1km以内へ入っても大丈夫か?」
それは…どうなんだろう?少し困った顔をした僕を見た途端、3人が睨んできた。これは…返事を期待している目だ。これで僕は、確実な答えしか言えなくなってしまった。
「危なそうだから、僕は行かない事にしています…。」
「おい、ハッキリ答えろ!」
「おい、お前は黙ってろ。」
こ、怖い〜…!
「それでは、最後の質問だ。」
さっさと帰りたい、僕はそればかり考えていた。でもその前に、1つだけ言っておきたい事がある。いくら日本有数の最底辺学校とはいえこの高校には、こんな怖い人ばかりいるわけでは無い。会話から分かるとおり、意外と普通の学生もいたりする。だけど、この人は完全に不良だ。僕らみたいな生徒とは反りが合わない。そんな彼らが話しかけてきたという事は、相当今回の事件が納得いかないのだろう。
「最後の質問はだな…。」
そう。この質問に答えさえすれば、僕は帰してもらえる。分かった。どんな質問でも答えてみせる!
「その変質者は、お前の知り合いか?」
「ゲッ!!」
まずい!あまりに直球勝負な質問に、思わず声を出してしまった。もちろん彼らがそれに気付かない筈が無かった。
「おい、何だ今の叫び声は?!」
「何か知ってんのか?!」
子分2人が口々に問いただし始めたのだ。
「し、知らないです、知らないですよ!」
「…本当か?」
念を押す王手君に、僕は今までで1番強い語調で言い放った。
「本当ですよ!そんな知り合い、嫌じゃないですか!」
…この時僕は、彼らに完全な嘘をついてしまった。
「そうか…。」
「王手さん…こいつ、怪しいですぜ?」
そう言って僕をじろじろ見てくる子分と、僕は目を合わす事は出来なかった。
「そうか…?俺には怪しく聞こえなかったが?」
良かった。僕の演技力が、ものを言ったようだ。どうやらこれで僕は帰れるらしい。
「質問はこれで終わりだ。いいか?今の事は他の誰にも――」
「王手さーん!!」
帰してもらえると思った瞬間、新たに子分Cが走ってきた。
「一人だけ分かりました!!」
「何だって?!」
王手君たちが、声をそろえて叫んだ。
「間違いねぇ…ハァ、ハァ…さっき先公から口を割ってやった。」
「おい、誰なんだ、その犯人は?!」
「早く言え!ボコボコにするんだからな!」
まずい、僕はそう思った。教師が生徒に脅された云々よりも、僕は自分の身の安全を気にしていた。犯人と言えば、僕ら3人以外に有り得ない。一体3人のうち、誰が知られてしまったんだろう?
「そいつの名はな…。」
…良君やシンゴ君なら、ケンカ売られても大丈夫だから…
なるべく僕以外でありますように!
「海堂水鏡って奴だ!!!」
終わった
僕はなるべく悟られないように、忍び足で立ち去ろうとする。自分を信じるんだ。僕には特殊能力『存在感の薄さ』がある。今こそそれを使い、この殺気立つ場所から逃げなければ、僕は集団で襲われるに違いない。
「待て。」
でも気付かれた。憎悪に沸き立つ王手君の声には、凄い殺気が感じられた。彼はゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと僕の元へ歩み寄ってきた。
「ほほぉ…お前だったのか…。」
「いや、まぁ、あの…。」
「俺はお前が犯人だった事も許せないが…。」
「あ、え〜っと…。」
「お前が嘘をついて言い逃れしていた事が、もっと許せねぇな!!」
そう叫ぶ彼の表情に、先程の冷静さは一切見られなかった。あるのは僕への怨恨、ただそれだけだ。
「逃げろ!」
もうブツブツ言っていられない。捕まったら、確実に殺されてしまう!僕は彼らのいる反対方向へ走り出した。4人バラバラで追いかけられるかも知れないけれど、今はとにかく逃げなくちゃ!
「逃がすかぁー!!」
曲がり角まで、あと5m。僕は必死に走っていく。
「『アクセル・スマッシュ』!!」
曲がり角まであと2mという時、僕の背後から、バットで野球ボールを打ったときのような、あの独特の高い音が聞こえてきた。
「『ピッチャー返し』!!」
彼の叫び声が、その次に聞こえた。危ない、そう咄嗟に感じたので、足に一杯の力を込めて僕は、曲がり角まで思いっきりダイブした。顔が曲がり角まで達した時、僕の背中のすぐそばで、何かごうごうと音を立てる物体が、高速で通り過ぎていった。何が飛んでいるのか、下を向いていた僕には何も分からなかった。そして着地。体中に衝撃が走った次の瞬間、フェンスがガシャガシャと大きな音を立てた。振り向けばそこには、何故か真っ赤に燃えた空き缶がそのフェンスに突き刺さっており、しかもグルグルと回転していた。その瞬間、さっき僕の背後を通り過ぎた物体の謎が解けた。明らかにあの空き缶は、高速回転しながら、高速で飛んできたのだ。
「な、何だ…?!」
そして僕の記憶は、だんだんと鮮明さを取り戻していった。あの時こうやって飛び込まなければ、あの空き缶は間違いなく、僕の背中に突き刺さっていた。そして僕の背中には、王手君たちがいる。振り向けば先程の場所に、ほのかに光る釘バットを持った王手君が、僕に向かって仁王立ちしていた。
「くそっ!うまく避けやがって!」
「落ち着け、ノブ。全員でこの体育館裏を囲むんだ。この俺の心獣『アクセル・スマッシュ』が、あいつのとどめを刺せるようにな!!」
「おー!!」
「ひぇ〜!」
まずい。完全に彼らから狙われている。狙うはズバリ、僕の脳天か心臓だ。既に自分の生死に関わる程の事態に発展してしまった事に気付き、もう口から言葉が出なかった。有無を言わさず、僕は走り出していた。
「絶対に逃がすなよ!!」
「分かっていらぁ!!」
こうやって走る事が出来たのが、不幸中の幸いだった。あの時恐怖で立ち尽くしていたら、恐らく僕は体に穴を開けられていたはずだ。
「どこだ!?」
「おい、道路の方にも1人回れ!」
どんどん子分達が、僕の周囲を完全に囲み始めていた。逃げようにも、出口が無い。ここの体育館裏は、少し入組んだ形をしている。僕が逃げているこの向きは、外へ出るまで最も時間のかかる方だった。そして、あちこちから聞こえてくる罵声からして、どうやら僕は完全に囲まれてしまったようだ。
「おかしいよ…どうしてこういう時だけ、こういう人たちって足が速いのさ?!」
どうでも良い疑問を必死に振り払いながら僕は、賢明に考え出した。さっきの現象が王手君の心獣によるものとしたら、一体その内容はどんなものなんだろうか。空き缶とバットに、何か関係があるのだろうか。そこまで考えた時、再び目の前に曲がり角が見えてきた。でも、このまま飛び出す事は出来ない。一旦足を止めて、そっと向こう側を窺おうとした瞬間、派手な音と共に、僕の姿を隠していた目の前の壁が崩れ出した。
「うわぁ!」
思わず僕は体を仰け反り、尻餅をついた。そして新たに出現した視界の中に、不敵な笑みを浮かべた王手君が立っていた。
「見つけたぜ…水鏡ぃ〜…。」
「はぅわぁぁぁぁー!!」
バットを持たない左手には、途中で拾ってきたらしいコンクリート片が握り締められていた。僕は何とか動いた足を賢明にばたつかせ、彼から逃れるように走り出した。
「逃がすか!!」
その逃げる体勢を取る少し前に、王手君は急にそのコンクリート片を、頭の高さほど宙に投げた。そして信じられないことに、彼は同時にバッティングフォームへと入ったのだ。そのコンクリート片を打つ気らしい。
「『アクセル・スマッシュ』!!」
バットが当たるか否かの瞬間、僕は彼の心獣が分かった。名前は『アクセル・スマッシュ』。能力は、打ったものを火の玉に変える能力…!!
僕はその場から動けずに、ただそのバットの快音を聞いているしかなかった…
|