第5話


>>某女学院生A
「由香(ゆか)、おはよー!」
登校途中、目の前を歩いていた女の子に、あたしは声を掛けた。
「あら?今日は朝練じゃなかったの?」
「残念でした、今朝は休みなのだ!それよりもホラ、あいさつは?」
「あ、おはよー。」
「よろしい!」
朝のあいさつは欠かさない。これがあたしの日課。
「ねぇ、ねぇ、知ってる?」
「何を?」
話をし続けないと落ち着かない由香は、早速あたしに話しかけてきた。
「昨日やって来た、侵入者よ!」
「昨日でしょ?残念だったわ〜。せっかく顔を見てやろうと思ったのに…。」
「あら、まだ見ていなかったの?」
「そうなのよ!昨日は片付けの当番だったから、遅くなっちゃって。時計見たら、8時過ぎていたわよ。」
そう。ただでさえ広いトラックなのに、他の競技の子の分も手伝っていたから、余計に時間がかかってしまったのだ。
「残念ねぇ〜。」
「あ〜あ…見るだけ見たら、蹴ってやるつもりだったのになぁ…。」
「大丈夫!私は見たから、それを伝えるわ!」
「由香様、ありがとうございます!」
「良いって事よ。それじゃ言うわよ。」
風の便りでは、男は3人組だったらしい。キック30発が不発なのは悲しいけれど、これで我慢するわ。
「そもそもね、犯人はスターライトの奴らよ!」
「へぇ…。あそこ、最近静かだと思ったら…命知らずなバカを育てていたのね。」
「まぁまぁ、意地悪言わないの。確かに、最近はアイドルの追っかけばっかりだったから、そう思うのも無理は無いわね。…さて、お楽しみの顔よ。」
口元をニヤリとさせて、由香はウキウキと話を始めた。
「まず、1番下にいたのが、ちょっと格好良い感じの男よ!」
「へぇ。由香も『格好良い』なんて言葉、使うんだぁ。」
「どういう意味よ、それは?多分、彼がリーダーだと思うわ。」
「…どうして分かるの?」
由香は含み笑いをしてから、
「だって、リーダーは格好良いに決まっているじゃない!」
「それで、次は?」
「ちょっと。今、無視したでしょ?」
「後で聞いてあげるから。それで他には?」
納得いかないような顔をしてから、由香は話を続けてくれた。
「その彼の上にいたのが、すっごく地味な男!」
「地味…(汗)。」
地味って言われても、ちょっと…。
「そうなのよ!これといって特徴の無い男よ!…あ、でも違うわ。そう言えば、前髪が少しだけ主張していたわ。」
「ちょっとだけ立っていたの?」
「まるで、自分の存在を消されまいとしているように見えたわ。見ていたら、余計に悲しくなってきたから、余計覚えていないわ。」
彼、こんなにひどい事を言われているという事実を知らないまま、これから生きていくに違いない。そう考えると、何だかあたしは、その彼に同情してきた。
「1番上の男はね…これがまた特徴的なのよ。」
「特徴?」
「そ。太い眉毛で、額にはバンダナ、そしてつんつんした前髪なのよ。」
「それは凄い特徴ね。真ん中の人の顔が地味になるのも、分かる気がするわ。」
「でしょ?…どうしても、間の人の顔が思い出せないのよ…。」
由香は必死に思い出そうと、しばらく考え込んでしまった。それにしても…。
「太い眉毛…。」
そんな人…
「額にバンダナ…。」
どこかで…
「つんつん頭…。」
見た気が…
「あ〜!もう!どうしても思い出せない。」
由香は思い出せない悔しさに地団駄を踏んだ後、
「ごめんね。どうしても思い出せないの。」
「いいわ。それで十分よ。怪しい事だけはよく伝わったから。」
「そう?良かったぁ!」
「そういう人を見かけたら、ボコボコにするから。」
「いや、それは止めて(汗)。」
軽く冗談を交わしながら、それでも頭の片隅では、最後の男の事が気になっていた。
「まさか…。」
晃平…?
「いや、そんなハズ無いわよね…。」
「どうしたの?」
思わず呟いてしまったその言葉に、由香は食いついてきた。私は咄嗟にそれを隠した。
「ううん!何でもない!それより、早く行くわよ。」
無理ね。シンゴなんかに、そんな大役、絶対務まらないと思うし。目の前に現れた校門を見ながら、あたしは女学院へと入っていった。


これがあたしの、いつも通りの朝。

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