>>水鏡
「良い?先輩はチョーカーの事を首輪って言われるのが、たまらなく嫌なの。だからたとえ無理でも、そこは無理してチョーカーって言ってあげて。分かった?」
「あぁ。」
「うぃーっす。」
僕の懇切丁寧な説明に、2人はようやく納得してくれた。
「おい、水鏡。今の会話は何か腹が立つのだが。」
「先輩、ここは我慢してください。」
確かに先輩にとっては腹の立つ言い方だったけれど、そうでもしなければ2人は『首輪』と呼び続けるに違いない。僕は小声で囁き、先輩をなだめる他が無かった。あ〜あ…嫌なタイミングで先輩が現れちゃった。どうしよう。そう考えていた時、不意に、
「あー!!」
「どうした、シンゴ?」
「『不信任』だ、こいつ!!」
その名が出た途端、先輩が動揺した。体をビクッと振るわせる時は、相当取り乱している証拠だ。
「『不信任』?どういう事だ?」
まだ何も理解していない良君は、必死にシンゴ君から話を聞きだそうとしていた。
「ホラ!この間の生徒会長選挙の時、対抗馬は誰1人いないのに、不信任投票が過半数で不信任となった!」
そう言われて初めて、良君は気付いたらしい。
「…確かに。」
そういえば、そんな事もあったなぁ。
「うるさい!!あれは予想外だったんだ(泣)!」
先輩が堪えている。あんな事があったら、誰でもトラウマになるに違いない。
「でも、どうして先輩は不信任になったのかな?不信任になる理由も無いじゃない?」
「さぁ?俺たちは誰の時でも不信任に投票しているけどな。」
「確かに。」
2人とも、成人になっても投票に行かないタイプと見た。有権者なんだから、ちゃんと人を選ぶべきだよ。
「水鏡、私が説明しよう。」
力の無い声で、先輩が前へ出てきた。
「先輩、大丈夫ですか?かなり精神的ダメージが大きいですよ?」
「大丈夫だ。」
絶対に大丈夫じゃない。その証拠に、口元がひくついている。
「自慢するわけでは無いが、こう見えても私は学年トップの成績なのだ。」
「自慢じゃねーか。」
落ちこぼれの中でも落ちこぼれのシンゴ君にとって、それは自慢以外の何者でも無かった。しかし、それにめげる先輩でも無かった。
「自慢はしていない。だが今のお前みたいに、勝手にキレている輩がこの学校では多くてな。そいつらが同盟を作り、私を不信任に追い込んだという訳だ。」
「はぁ…相当憎まれているんだな。」
「しかし…あれほどまでに不信任投票が入るとは…私も予想外だった。」
「一体どれ位でしたっけ?」
深呼吸を1つついてから、
「全校生徒数・967名。信任・101票。不信任・746票。無効・120票。」
「ダメダメじゃねーかよ。」
「うるさいなぁ!!それを見越して、かなり宣伝もしたんだ!!」
いつか聞いた話だけど、本来先輩は、もっと有名な私立高校にだって余裕で入れる程の秀才だった。もちろん成績は下がっていないし、学校でトラブルを起こした事も無く、とても人気の生徒だったらしい。それなのに先輩はわざわざこの高校を受験し、そして入学したのだ。何が先輩をそのように駆り立てたのかは、誰にもよく分かっていない。
「でもな、不信任。」
「早速あだ名に確立させるな!」
「んじゃ、首輪。」
「首輪だけは禁句だ!」
人にあだ名をつけるのが大好きなシンゴ君にとって、いちいち訂正を求める先輩の態度は気に入らない筈だ。彼は面倒臭そうな口調で、
「それじゃ、何て呼べば良いんだよ。」
と言ってのけた。
「シンゴ君。先輩の下の名前は、真司(しんじ)だよ。」
「水鏡!!」
篠塚先輩は、僕を睨んだ。でもそれには屈さず、満面の笑みで僕は対応した。
「あだ名は大切だし、ね?」
今では皆に嫌われている先輩だけど、本来は人気の生徒だったんだから、本当は楽しい人に違いない。それなら、あだ名は必要に違い無かった。
「それに先輩、最近固くなりすぎですし。」
だからジョークも通じる人なんだ。こういう時くらい、気楽に生きなきゃ。僕のそんな思惑を察してか、先輩の表情は緩やかになった。
「…ま、それも良いだろう。」
「よーし、決めた!それじゃ、あだ名はシンディだ!」
「それ、良いな、シンゴ。」
良君も気に入ったららしい。
「だろー?よし、決定!」
…あれ?どうして2人とも、こんなに仲良く接しているんだ?どう捉えたって先輩は僕と同じ立場――つまり非作戦支持者の筈なのに。
「シンディ!仲間に加わって!」
「断るぅ!!」
あぁ、そっか、誘う気だったんだ。どうやらシンゴ君は先輩を仲間に入れたいらしく、女性の魅力で誘い出した。
「良いぞ、女性のいる生活は。可憐で、華やかで、健康そのものだ。」
「不純だ!不純だ!」
「そんな事言ったら、野郎しかいない男子校の存在自体が、そもそも不純だろ!」
「それは屁理屈だ!」
「何を!シンディだって、女子と喋りたいだろ!」
「侵入は罪だ!」
「それじゃ校門前で、せっせとナンパでもしろよ!」
「だからしないと、言っているだろ!それより、どうして逆ギレだ?!」
「知るか、ボケ!!」
「それが逆ギレだ!!」
僕や良君をを放っておいて、2人がケンカをし始めた。これほどまでに騒がしい図書室は、日本中探してもここ位だろう。それよりもこの2人、意外と仲が良いなぁ。
「ったく!口の悪さだけは一級品だな。」
さすがの先輩も疲れたらしい。急にケンカを止めてしまった。このままだと気まずい空気が場を支配しかねないので、僕は早急に話題を変えた。
「あの、話はすごく変わるんですけれど、先輩は何かの用があってここに来たんですよね?」
「…あ!忘れていた!」
「なら急がないと。」
「分かっている!しまった、余計な時間を使ってしまった!」
先輩は大きな辞書片手に、足早に走って行ってしまった。
「あ、そうだ!」
と思ったら、急に立ち止まるなり、僕らに向かって何か叫び出した。
「図書室では静かにしろ!!」
それだけ言い残すと、先輩は図書室の奥へと姿を消してしまった。
「自分もうるさいくせに。」
そう呟くシンゴ君の姿が、何故か格好良かった。
「それよりもさ!大丈夫かよ、良?俺たちの作戦、完全にバレちまっているぞ?」
「安心しろ。シンディの話では、彼の味方は少ないようだ。」
「…なるほど。」
シンゴ君の納得を合図に、今日の作戦は終了した。


僕は、この作戦を壊すつもりは無いし
ましてや壊す事は出来ない
でも、今の僕らに必要なものは
この作戦に対するブレーキ役だと思う
『車はブレーキがあるからこそ走っていられる』
まさにその言葉通りだと思う


あ〜あ…
先輩がいたら、僕らの暴走も止まるのになぁ…

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