>>水鏡
「ともかく、じゃ。悪い事は言わないから、ここしばらくは女学院に近寄るのではないぞ。期限が切れるまでにもう一度捕まったら、今度はわしでもごまかす事は出来ないからのぉ。」
「気をつけます。」
良君は口元に笑みを浮かべながら、そう答えた。この様子だと良君、ちっとも諦めていないみたいだな(汗)。
「しかし…お主たちが諦めるとは、考えにくい事じゃがね。」
体中に冷気が走るとは、この事だと思った。まるで僕の心を読んでいたかのように、理事長は喋りだしたのだから、無理も無い。しかしあくまでも理事長は、楽しそうに喋り続けた。
「フォッフォッフォ…良いではないか。野郎ばかりに囲まれておれば、『おなご』と喋りたくもなろう。…手段は邪じゃがな。」
「勿体無いお言葉です。」
「良君、それ絶対間違えている。」
「しかし…お主たちは本当に運が良いのぉ。」
「運?」
僕が変な声で反応すると、自慢げに校長は話を始めた。
「わしは優盟女学院の理事長と旧知の仲でな、この高校はその方の学校でもあり、同時に女学院はわしの学校でもある、そんな状態なのじゃ。」
「そ、そんなの初耳だ!」
「そうじゃろ、そうじゃろ?」
「まさか校長、お2人はこの僕らの行動を楽しんでいるのですか?」
良君の比較的まともな質問に、校長は、
「正直な話、そうじゃ。」
と言い切った。駄目だ、この人。この分だと、昔ヤンチャしていたっていう話、本当だな(汗)。
「とにかく、ほとぼりが冷めるまでは、しばらく動いてはならないぞ。分かっておるな?」
「はい。それはもう、よ〜く分かっています。」
返事をしようとした良君に代わって、僕が代わりに返事を返した。
「水鏡、何か引っ掛かる言い方するな?」
会話の途中を割り込まれて、良君は不機嫌になっていた。仕方が無い。これ以上彼を放っておくと、大事件が起こりそうだからね。
「それでは、話はこれくらいじゃ。済まないのぉ、お昼もまだじゃというのに。」
申し訳無さそうに呟くと、校長は立ち上がり、さっさと扉の前まで行ってしまった。
「校長先生!」
「何じゃ、海堂君?」
以前から僕には、気になっていた事があった。今日こそ、尋ねるんだ。そして答えを聞くんだ。
「校長先生はまだ、そのような言葉遣いをする年齢には思えないのですが、何か理由でもありますか?」
「フォッフォッフォ…。」
僕の風変わりな質問に、予想通り、理事長は笑い出した。
「変わった質問するんだな、お前。」
「というかそれは、失礼では?」
良君とシンゴ君は、僕の質問に対して否定的だった。
「いやいや、大丈夫じゃ。…いやぁ、そのような質問は初めてじゃ。愉快、愉快…。」
どうやら理事長にとって、この質問は相当楽しかったらしい。やっぱり変な質問だったかな?聞かなきゃ良かったのかな?そう思っていると、理事長はしっかり質問に答えてくれた。
「数年ほど前に、孫がわしの家に住むようになってのぉ…。そのせいか急にジジ臭くなってしまった、という訳じゃ。」
「あ、お孫さんですか…。」
「あぁ、そうじゃ。やっぱり孫は可愛いのぉ。フォッフォッフォ。」
そうか。お孫さんが住むようになったのか。多分理事長は、自分がお爺さんであるという事を意識しちゃったんだろうな。
「それでは、わしはこの辺で。ここの鍵、よろしく頼んだぞぃ。」
お茶目なお茶目な校長先生は部屋の鍵という、大事な大事なものをこんな僕らに押し付け、そしてどこかへ消えてしまった。


結局校長直々のお言葉は、HRの時間に行われた。校長の言い分は、女学院周辺に変質者が現れたため、生徒の安全のため、半径1kmに近付くな、というものだった。クラス中で反発の声があがったけれど、校長の
「もし不用意に近付いて疑われた場合、そのまま警察行きになって『二度目の犯行、そのまま逮捕するー!』…なーんて事も有り得るので、近付いてはならんぞ♪」
という、本気なんだか冗談なんだかよく分からない言葉で、どのクラスも静まり返った。昼休みに、生活指導室へ呼ばれていた僕たち――特に良君たちは当然、この事件との関連性をクラスのみんなに疑われたけれど、良君の、
「俺たちに、そんな事をやってのける程の甲斐性があると思うか?」
の一言に、とりあえずクラスのみんなは納得した。バカばっかりの学校だから仕方ないけれど、良君曰く『いつか半殺しにしてやろうと思った』は印象的だった。


今回の件で、今後の予定が狂ってしまった僕たちは、いつもの作戦本部である図書室へ集合する事にし、そして今4時をむかえ、会議が始まった。
「えー、それでは会議を始める。兎にも角にも、テーマは『今後活動をどうするか?』だ。それではまず、現在の状況を確認する。俺たちは昨日、そして4日前に女学院へ侵入を行い、そしてズタボロにやられている。しかも昨日ですでに俺たちの顔が割れ、この学校への警戒態勢が取られているため、学校中の生徒が、女学院から半径1km内への地域に入る事すら禁止された。」
良君は今までの話を確認するように、僕らに説明して見せた。
「そうそう。それで問題は、行う予定だった計画を一時中止するかどうか、て事だよね?」
「そうだ。水鏡、よくこの作戦の趣旨が分かっているな。」
良君に関心されたけれど、元々僕はこの作戦に否定的な立場を取る人間だから、褒められてもちっとも嬉しくない。僕は少しうんざりした口調で、話を続けた。
「良君の事だから、嫌でも計画は続行させるつもりなんだよね?」
「その通り。今度は顔がばれないような侵入をするつもりだ。」
「おい良、今度は現地で下見をしようぜ!」
「そうだな、それが一番良いだろうな。」
ハァ…良君もシンゴ君も、こういう時だけ頭が働くんだから。もっと他に有効な使い道があると思うんだけどな。
「よし、分かった。今度の計画は、警戒が取れてから侵入経路を探しだし、そこから計画を練ろう。意義はあるか?」
「無問題!」
「良君、賢くなったね。」
僕の言葉に対して、彼は少し嬉しそうな顔をした。
「うぅむ…ついこの間、『バカであれ、そして利口であれ』という言葉を教えられたからな。」
「あー!あの冷血女か!?」
血走った目つきで、シンゴ君は叫び出す。あまり僕は記憶に無いけれど、余程嫌な事があったんだろう。
「そんなに嫌な人だったの?」
「そりゃもう、最っ低な女だな!ハッキリ言っておくが、俺はどんなに道を踏み外そうとも、あの女には絶対!なびかねぇからな!!」
「確かに、シンゴ君とは気が合わなさそうだったよね。」
冷たい女と熱い男では、上手くいくものも上手くいかないだろう。女の子と付き合った事は無いけれど、僕は何となくそう思った。
「2人とも、落ち着け。話が逸れている。」
「おっと、悪ぃ、悪ぃ。」
「話を続けるぞ?つまり、だ。この言葉は『人間はバカな事をしていても良い、その代わり手段は賢くあるべきだ』という意味だとは思わないか?」
「そう取れなくもないね。」
それで良いの?と言いたいけれど、ここはグッと我慢して、良君の話にあわせておく。そちらの方が賢い手段だと、僕が信じているからだ。
「人間は『利口』という肯定的見解と『バカ』という否定的見解という、二つの相反する分野を身に着ければ、それこそ何でも出来るのではないだろうか?」
「うぅ〜ん…。」
シンゴ君はかなり理解に苦しむようだ。でも、
「とにかく、このまま頑張れって事で良いか?」
それはちょっとまとめ過ぎじゃないかな?
「構わない。お前の頭では、それが限界だからな。」
「悔しいけど、そういう事。」
小学校の頃は、そんな事言われたら『俺は馬鹿じゃない!』と叫んではケンカをしていたのに…シンゴ君、大人になったなぁ。
「それではまとめに入るぞ。」
良君は確認を取るように、ていねいに話し出す。
「警戒態勢が一通り取れるまで、計画は一時中止。その後は周囲を偵察して侵入経路の確認、そして計画を練り、再び侵入する!これで良いか!?」
「良い訳無いだろ。」
派手な音と共に、良君の頭は分厚い辞書で殴られた。
「わわ?!」
「だ、大丈夫!?」
辞書?どうやら図書室に、僕ら以外に誰かいたらしい。そして話を全て聞かれていたのだ。
「お前らだったのか、放送で言っていた変質者は?!」
「だ、誰が変質者だ!!」
突然乱入してきた人に対して、シンゴ君は切れだした。あくまでも変質者では無いと言いたいみたい。それはねぇ、無理だよ(泣)。
「侵入する時点で、変質者だ!」
ホラ、やっぱり。世間の判断はそうなんだよ。
「女学院から半径1km以内立ち入り禁止って…それのせいで私は、通学時間15分から30分に延長くらったんだぞ!!」
「んな事言われても、なぁ…?」
「そもそも、その圏内に私の家があるのだぞ!?どうやって暮らせと言うんだ、え!?」
「まぁ、運が無かったって事で。」
良君、あまり怒らせない方が良いよぉ。
「…て、ん?そこにいるの、水鏡か?」
「え?」
急に名前を呼ばれたので、振り向いてみると、
「あ!篠塚(しのづか)先輩!?」
な、何で先輩が、この図書室にいるんだ!?
「みぃずぅきぃ…お前まで何馬鹿な事やってんだ?」
「ひー、すみませーん!」
そこにいたのは、去年委員会活動でお世話になった、現在高校3年生の篠塚先輩だった。
「ったく!お前がいるんだったら、こいつらをしっかり止めろ!…とはいかないんだったな、うん。」
「そうなんです(泣)。」
先輩とは委員会活動で一緒に仕事をした事があるので、ある程度僕の性格を把握している。だから、僕が良君たちを止める事が出来なかった理由も、何となく理解してくれた。そう、僕は押しに弱いんです。
「水鏡、こいつと知り合いか?」
その時、ようやく良君が口を開いた。
「うん、去年委員会活動でお世話になった、篠塚先輩だよ。」
「うげ!先輩ぃ〜?」
「おい、そこのトゲ頭、何か不満か?」
トゲ頭…あぁ、シンゴ君の事か。納得。
「だってこいつ、首輪つけてんぞ?」
「うが!?」
首輪と言われ、先輩はおかしな叫び声を上げた。
「本当だな。変な趣味だ。」
「うぎ!?」
「あ、あぁ!ダメだよ、2人とも!」
僕はこれ以上話が進まないよう、大慌てで2人の話を止めた。その僕の大げさなリアクションに、2人はキョトンとしていた。
「何だ?」
「頭おかしくなったのか、水鏡?こんな白昼堂々と首輪つけているヤツの方が変質者だろ。」
「うごー!!」
とうとう先輩は恐ろしい形相で、2人を睨み始めた。
「あぁ!先輩も抑えて、抑えてー!」
慌てて僕は、先輩の頬を往復ビンタした。これ以上先輩を怒らせると、何が起こるか分かったもんじゃない。
「良君、これは首輪じゃなくて、チョーカーだよ。」
「ちょーかー?」
どうやら2人はチョーカーを知らないらしく、何度も先輩のチョーカーを見ては、何度も首を傾げていた。
「そう。首につける、アクセサリーだよ。」
僕の説明に、2人とも
「首輪じゃん。」
「きしゃー!!」
「先輩ー!抑えてー!!」


――先輩の怒りを静めるため、しばらく話が途切れます――

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