第3話
>>良
「良いか、同胞。前回の作戦は、明らかに失敗であった。直前に水鏡が怖気づいた事や、シンゴが裏門を破壊出来なかった事は、この際一切関係無い。裏門に警備員はいないと高をくくっていた俺の作戦ミスだ。通常の侵入者は人通りの少ない場所を好み、人通りの少ない場所から侵入する、この自然界の法則を俺はうっかり忘れていた。そこについては全て俺の不覚であり、俺の責任だ。」
「まぁな。」
「うん…。」
やる気があるのか無いのかよく分からない返事を、シンゴと水鏡は口にした。
「しかし!その失敗は次へ、次へと役立てなければ、人は前進していく事など出来はしない。大きな失敗を経験したのなら、さらに大きな成功のための糧とするのだ。つまりはこの作戦、侵入者における自然界の法則を完全に取り入れ、そしてそれに則る一般人の裏をかいた、俺渾身の作戦である事を、ここに断言する。」
「おぉ!」
「うん…。」
俺の自信満々なセリフに、2人の口調は明るくなってきた。それをしっかり締めくくるよう、俺はしっかり宣言した。
「その名も『禁断の放課後☆正門から美男子がコンニチハ大作戦』!」
「美男子ーー!!」
「だから僕たちは、今まさに、女学院の正門前に立っていたのかー!?」
歓喜に満ちた声で、シンゴは喜ぶ。妙な大声を出しながら、水鏡が喚き出す。こうして俺たちの2回目の作戦は、不安要素だらけの幕開けとなった。それにしても、少し俺には気になる事があった。俺は水鏡の方へ顔を向けながら、気になっている事を尋ねた。
「水鏡、最近お前変だぞ?」
「そういやそーだな。いきなり騒ぎ出したり、悲鳴を上げたり…。変なもんでも喰ったのか?」
シンゴも感づいていたらしい。尤も、いきなり騒ぎ出したり悲鳴を上げたりするのは、断然シンゴの方が多いのだが。
「違う!変なのは良君たちの方だ!」
「水鏡、今日はちゃんと来いよ。」
そう言って俺は、水鏡の肩をポンと叩いた。
「嫌だ!僕は絶対に行かないんだから!」
叩いた俺の手を振り払い、水鏡は市街地へ消えようとする。それをみすみす見逃す筈も無く、咄嗟にシンゴが水鏡の腕を掴んだ。
「うわわ!シンゴ君止めてぇ!」
水鏡は力一杯両手を振り回し、シンゴの手を振り払おうとした。
「だー、もう暴れんなって。良、手伝ってくれー!」
「よし、分かった。」
シンゴの言う事を聞きたくないのが本音だったが、水鏡を1人ぼっちにする訳にもいかない。俺も水鏡の腕を掴み、そのまま3人で侵入を試みた。
「止めてー!放してー!」
「水鏡、お前今日はやたら反抗するな?!」
確かに、今日の水鏡の反抗ぶりは凄まじい。体中の動けるものは全て使い、巧みに俺たちから逃れようとするのだ。反抗期か何かだろうか?
「仕方も無い。何せ俺たちは今正に、男子禁制の花園、女子高へと足を踏み入れるんだからな。」
「おーし、俄然燃えてきたぜ!」
ジタバタ暴れる水鏡を押さえながら、俺たちは敷地内へ足を踏み入れた。こんな入り方をしたのは、恐らく俺たちが最初だろう。たちどころに警備員がやって来るかも知れない、という心配もあったが、そんな事が起こるような雰囲気も無く、そのまま俺たちは敷地内に入ってしまった。そのあまりのすんなりさに、逆に俺は拍子抜けをした程だ。
「凄ぇ!あっさり入れたぞ!?」
それに気付いたらしく、シンゴはかなり興奮していた。
「だから言っただろう?ここはセキュリティの盲点だ!」
「よーし、どんどん突き進むぞぉー!」
良いぞ。シンゴに気合が入って来た。しかしここで浮かれている訳にはいかない。冷静さを取り戻した俺は、周囲を見渡してみた。さすがは伝統あるお嬢様学校、外からでも十分大きい事は分かっていたが、中に入ってみるとその凄さがよく分かる。
「広い!」
俺は思わずそう叫んだ。入り口からしてかなりでかい。正門から玄関へと続く道端には、何台もの迎えの車が並んでいる。こりゃ駅前のタクシーの比じゃ無いだろう。
「…ん?あの黒い車はベンツか?」
おいおい、ベンツだけで1、2、3…11台あるぞ…。さすがは有名女学院、自転車が高級品な俺たちとは雲泥の差だ。
「ハァ…。」
「どうした、シンゴ?その嘲笑息(ためいき)は?」
「いや…この景色を見て、何て俺たちの学校はショボいんだろうって思ってな…。」
さっきまでハイテンションだったのが印象的なため、今の彼のテンションの低さが妙に際立った。
「それは俺も同感だ。気品が漂っていて、俺たちみたいな下級の人間が入れるような空気が無い。それより水鏡、ひっかくな。」
一通り会話が弾んだところで、俺はもう一度辺りを見回した。もうそろそろ誰かが来てもおかしくない頃だからだ。
「…?」
しかし、奇妙だ。完全な作戦だと豪語した自分が言うのも申し訳無いが、本当に誰も来ないぞ。さすがに1人くらいはいるかと思ったが、この様子だと本当にここは盲点だったらしい。
「どうやら、この俺の理論は正しかったようだ。」
「みたいだな。凄ぇじゃん!」
「理論立証。素晴らしい。今度学会で発表しよう。」
「カッカッカ!そりゃ、良いや!」
ここまで頭脳戦で圧勝すると、人間は天狗になるらしい。俺は俺らしく無い事を、自覚し無い間に口に出していた。そしてシンゴと一緒に笑うのも、よく考えれば俺らしく無い行動だった。その時に気付けば、まだ良かったのかも知れない。あの『声』が聞こえてきたのは、すぐ後だった。
「残念ですが…そうもいかないみたいですよ?」
「!?」
どこからともなく、女性の声がした。さすがの俺たちでも、それが俺たちに向けられたものである事は理解出来た。俺もシンゴも、とっさに水鏡の腕を放し、周囲を注意深く見回した。
「つまり、私があなたたちを追い出した瞬間に、あなたの理論は不立証、同時にあなたは学会追放となるでしょうね。」
「誰だっ?」
「『誰だ』?…あなたたちの方こそ、一体誰なのですか?」
まずい。これは本気で俺たちを疑っている。何とかして誤魔化す必要がある。俺が言い訳を考えているうち、意外にもシンゴが返事をした。
「俺たちはここの幼稚園に通っている妹を迎えに来ただけだ、なぁ?」
「そうそう。」
俺は戸惑いを一切顔に出さず、咄嗟にシンゴの話に口裏を合わせた。
「(ちょ、ちょっと、二人とも!?)」
水鏡が目でそう喋っている。もちろん無視だ。この際プライドなんて関係無い。
「あら、そうでしたか。」
俺たちの演技力が幸いしたのか、どこからともなく聞こえてくる女性の声は、俺たちへの不信感を消してくれたらしい。
「はい、そういう事で。」
「失礼しまーす。」
このまま侵入するにも、逃げるにも、とにかくこの場を何とかしなければならない。この女性がどこにいるのかは分からなかったが、俺たちはこの場から立ち去るように歩き始めた。
「(どうやったらそんな嘘っぱちが言えるのさ?!)」
未だに水鏡は突っかかってくるが、無視だ。シンゴもその事を分かっているようだ。何も問題無い。まだ俺たちに勝機はある。俺たちはどんどん加速していった。
「待ちなさい!」
先程よりも冷たい声で、その声の主は喋ってきた。
「園児のお迎えは原則、母親以外では一切受け付けていません。そもそも幼稚園の入り口は、ここではありません。」
「…。」
まずい。余計疑いだしたぞ。
「そのまま敷地内へ侵入すると言うのなら、私が全力で止めにかかります。」
姿形は分からない。しかし、出来るだけ優しく喋ろうとするこの言葉に、奥に眠る揺ぎ無い態度がうかがえた。
「(おい、どうするよ?)」
「(完全にバレてるな…。)」
俺とシンゴは、再び目で会話を始めた。
「(完全にバレているのなら、もう何もためらう事など無い。)」
「(だよな。)」
「(あ゛〜、もう良いよ!どうなっても知らないから!)」
俺たちの出た結論に、流石の水鏡も諦めたようだ。俺たちはその場で軽いストレッチを始めた。水鏡に至っては、頬を両手で何度も叩いていた。これは水鏡が『覚悟』をする時の、幼い頃からの癖だ。
「どうしたの?運動なら手短にね。」
よし、仕方が無い。とは言っても、実は初めから予想していた事だったが。
「よし、分かった。」
「?」
俺たち3人は一緒に揃って、今度は深呼吸をし始めた。
「はい、吸ってー…吐いてー…。」
シンゴも水鏡も落ち着いたようだ。体も慣らした。これで準備は整った。最後の手段だったが、ここで使わない訳にはいかない。俺たちは何も喋らないが、しっかり通じ合っていた。何をしているのかさっぱり分からないといった感じで、声はまた聞こえてきた。
「どうかしましたか?これ以上の侵入を止めるのなら、今回は見逃してあげましょう。しかし私の意見に従わないと言うのであれば、あなたたちを――」
「止められるものなら、止めてみろ!!!」
全速力だった。俺の叫び声を合図に、シンゴが校舎側へ、俺と水鏡が横の道へと、バラバラに駆け出した。
「明日会えると良いな!」
「僕は、逃げるからね!」
「なら、俺は『さよなら』とでも言っておくぞ!」
蜘蛛の子を散らすとはまさにこの事だ。俺たちはまだ正体すら知らない声の主から遠ざかるため、加速を続けた。
「ハッハッハ!これでは簡単に捕まえられまい!!」
学園を目の前にしておいて引き返したくは無いし、こんな所で捕まえられたくも無かった。これは俺たちが無言で考え出した、最善の手であった。3人同時に走り去れば、それなりに時間を稼げる筈だ。
「よし、これで成功だ!」
俺は声高らかに叫んだ。成功したと思うと、自然と心は軽くなった。これ以上無いと思ったほど、作戦は順調に進んだ。きれいな芝生の上を駆けながら、俺は笑った。
「しかし…これからどうするべきか…。」
侵入手段に気をとられ過ぎて、肝心の学園内部を一度も調べていなかったが、まだ4時をまわったばかりだ。生徒は、まだたくさんいるはずだ。もう少しこの場所から離れてから、早速アプローチに入ろう。でも今は、もう少し感動の余韻に浸っておこう。
「やったぞ!俺は遂に!遂に成功させたんだ!俺が成功させたんだ!俺が!俺が…!」
その時の俺は、俺らしくなく興奮していた。ただただ叫び続けながら、女学院の芝生の上を駆けていった。 |