>>水鏡
どうも納得いかない、といった顔つきでシンゴ君は、
「無茶だろ。」
とだけ言った。
「シンゴ君、言い切った!」
「無茶では無い。」
シンゴ君の意見に、すかさず良君は反論した。まぁ、本人的には隙の無い作戦だったから、仕方が無いのかも知れない。それでもシンゴ君にとって、到底納得の出来る話では無い。
「シンゴ、お前は一応中へ入れただろ?」
「入っただけじゃダメなのは、お前が一番分かっているはずだろ?」
「まぁ、な。」
さすがの良君も、その事実は曲げる事が出来ないらしい。誰がどう見ても、今回の計画は大失敗だった。そもそも僕らが裏門へやって来た時点で、向こうは警戒を強めていたのかも知れない。これ以上の2人の衝突を回避するべく、僕は(もう遅いけれど)良君に『裏門においての警備の大切さ』という常識を分かりやすく教える事にした。相打ちや疑問が飛び交いながら交わされたその話が一通り終わったのは、時計が5時過ぎを指した時だった。
「なるへそ〜。」
2人が納得する。
「要するに、裏門にも警備員はいる、という事か?」
「そうなの。」
ようやく警備員の存在意義を理解してくれたらしく、良君は満足そうな顔を見せた。
「おい、水鏡ぃ。どうしてそれを言ってくれなかったんだよぉ?」
「だって2人とも、聞く耳持っていなかったもん。」
膨れっ面をするシンゴ君に、僕は冷たいと思いながらも、まともな返事を返した。良君は黙っていたものの、しばらくすると再び口を開き始めた。
「今回の計画は、確かに俺の計画性の無さ…いや、早とちりが原因で、見事失敗に終わってしまった。そこについては謝ろう。しかし、だ。人は失敗を経験すればするほど、前進する事が出来る。だからこの失敗を後悔するのでは無く、反省し、そして次へと進めば良い。」
なるほど。とても良君らしい意見に、僕は納得した。でももう少しで犯罪者になりかけたシンゴ君は、不満そうに反論してきた。
「その次も失敗したら、どうすんだよ?」
「さらに反省し、前進する。」
「ほぉ〜…。」
良君の言い切った返答に、シンゴ君は思わず感心した。僕も、良君がそういう事言うなんて、夢にも思わなかった。何だか今日の良君、いつにも増して格好良いな。方向性は間違っている気がするけれど。
「『間違いと失敗は我々が前進するための訓練である』。アメリカの牧師であり作家でもあるチャニングの言葉だ。」
そしてトドメの一言。僕とシンゴ君は格言に弱いのだ。
「OK、良。何だか気に入った。」
「良君、何だか別人みたいに格好良かったよ。」
「いやぁ…。」
少し照れている。何だかんだ言っているけれど、やっぱり良君は凄い。時々余計な事をして周囲から白い目で見られるけれど、いざという時に格好良い言葉しゃべりだし、実行する。
「はぁ…。」
それでも僕の口からは、ため息が漏れた。これが普段からなら、もっと皆に頼られるはずなのになぁ…。今では彼は、ケンカの強さだけしか見られていない。それはとても可哀相な事だと思う。思い悩む僕は放っておいて、2人は次の作戦に期待を寄せていた。
「とにかく、次は今回の反省を踏まえた作戦をとるからな。覚悟するんだぞ?覚悟して、彼女GETするんだぞ。」
「よっしゃぁー!どんと来いってんだ!」
「…。」
さっきの発言、撤回しようかなぁ…(汗)?
「さて…。」
良君は大きな伸びをした後、スッと立ち上がった。
「俺は今日から、新たな作戦を練る。明日までには間に合わせるからな。」
「うん…て、え?明日もするのっ?」
「そうだ。」
「ダメダメダメー!」
僕は彼の腕にしがみつきながら、首を横に振った。これ以上彼を放っておくと、彼は自分の人生を棒に振りかねない。
「何だよ、水鏡。早いに越した事は無いだろ?なぁ、良?」
「なぁ、シンゴ?」
そこへ追い討ちをかけるように、分からず屋のシンゴ君は良君に加勢する。このように彼らを制するのが、幼い頃からの僕の役割である。
「2人とも聞いて。女学院にしてみれば今日、不法侵入者が入ってきたんだよ?警備が強くなるに決まっているじゃない。」
「!!!!!」
2人揃ってすごい顔をして、僕を見る。『本当だ!?』と言いたそうな顔だ。僕の想像通り、彼らはその事に気が付いていなかったらしい。
「だから次の侵入には、ひとまず時間を空けた方が良いと思うんだ。その後に作戦を開始しても、まだ時間はあると思うし、ね?」
「そっか…お前、賢いなぁー!さすが俺たちの頭脳。感心し直すぞぉ〜!!」
僕の必死の説得に、シンゴ君は背中を何度も叩いてきた。良君も納得したらしく、表情は至って明るかった。
「よし、分かった水鏡。お前の望み通り、作戦はしばらく延長しよう。次の作戦は明後日決行だ!」
「え…ちっとも変わらないんだけど…?」
「それじゃ、3日後!」
「…うん、それで良い…(泣)。」
この瞬間に僕は、先程の『良君格好良い発言』を撤回した。良君はもっと自分の立場や周囲の状況を把握した方が良いと思う。
「それでは、最後に円陣を組む。」
この良君の一言で、僕たち3人は円陣を組んだ。夕陽が差し込める春の学校の屋上で、僕ら3人が円陣を組んで気合を入れるシーンは、傍から見ればかなり怪しいものだっただろう。
「作戦開始は3日後!それまでの間に今日の疲れを取るんだぞ!」
「おー!!」
「おー(ヤル気無し)。」
僕の声に生気は感じられない。
「よし、今日はこれで解散!」
方向性は邪だけど、こんなに活き活きとした表情を見せる良君を見ていると、『このままじゃ僕たち、いつか補導されない?』という言葉なんて、口が裂けても言えなかった。
そして3日後の決行日当日の朝、恐らく人生で最高に悪い寝起きを迎えて、僕はこう考えていた。
「もう良いや、良君に全てを任せよう…。」 |