>>The Voice Of Energy
――これは少女の夢である。
黄緑色と水色が渦巻く世界の中、その少女はもがき続ける。体が苦しいせいでは無いし、痛みを覚えているせいでも無い。そこは上下も分からない無重力空間なので、少々パニックに陥っているだけだ。
「うぅ……いたい」
ただ、時折頭の中で響くズキズキとした痛みに、体を止める事はあった。
「ねぇ、だれなの……?」
少女は小声で問いかける。
「私に用があるんでしょ? ねぇ……あなたはだれなの?」
『私の声が、聞こえますか?』
聞こえてくるのは、澄んだ声だった。その穏やかな口調から、敵意を持っていないことは明確だ。しかし、声が聞こえるたび、少女は顔を歪める。それは彼女の頭の中で響いているからだ。
『思い出してください……あなた自身を。あなたの過去を』
「……あなた、だよね?」
眼に映るのは、色に囲まれた、色だけの世界。対象を失った眼球をグルグル動かしながら、少女は言葉を紡ぐ。
「頭がいたくなって……声が聞こえて……あなたでしょ?」
『そうです、私です』
「も、う……やめてぇ……頭、いたいよぅ……」
『そうです、痛いです。でもそのうち、思い出していただけるでしょう』
「思い出すって……何を、思い出す……の?」
『あなた自身です』
「私は……私、は……私だよ……」
『思い出してください……あなた自身を。あなたの過去を』
「も……やめて……!」
少女は夢から覚める。
カーテンの隙間からは月の光が差し込んでいた。青白い光が部屋と共に、彼女の横顔を照らし出している。
真っ暗じゃなくて良かった――初めに思ったのはそれだった。彼女は1人が恐くて、そして夜が恐い。1人で寝るなんて高度な芸当をこなせる訳が無いのだ。今日は久し振りに眠気がやってきて、なのに繰り返される悪夢を見た。
この光景が恐くない分、少女は冷静に悲しくなってくる。月の光が悪いのだ。あの辛い夢を見たのに、優しく迎えたりしたから。
「……あ」
ふと、少女の小さな口から言葉が漏れた。偶然にも指先に触れたもの、それは隣の布団で眠りに付く人間の温かさだ。月の光は、その寝顔をも照らしていた。
少年は、少女の恋人だ。好きな人と一緒に寝るのは当然だと思っている彼女は、彼や家族を説き伏せ、ようやく並んで寝られたのである。そうだ、彼のお陰なのだ。夜が恐くて安眠の取れない少女を、いとも容易く眠りにつかせたのは、彼がいたからなのだ。
少女は涙を拭う。
「……私、泣かない……」
自分の悩みを振り払ってくれる人が傍にいてどうして、たかが夢に恐怖していられるのか。大体そんな事を考えた少女は、後ろ向きな事を忘れる事にした。それよりも彼女は、頻繁に見るこの悪夢の正体が気になって、仕方が無い。
夢の中の声は誰なのか?
何を思い出せば良いのか?
頭の痛みは何なのか?
目が冴えてしまった今、どうやって寝たら良いのか?
「……ねむれない」
少しの間。
少女は彼の手を握り、微笑んだ。
「うん、これで大丈夫」
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