>>水鏡
大学の遺跡発掘チームを自由に使いたい――そう思って参加したB-1は、僕の人生を大きく変えてしまったようだ。
度重なる強者との戦闘を経験した事で、僕の心獣使いとしての能力は急速に発達していった。その成長は凄まじく、途中からは良君とも対等に渡り合えるようになった程だ。決勝トーナメントも危なげなく通過し、決勝戦では良君をリングアウトさせるなど、まさかの大盤狂わせを見せた。B-1の頂点に立つ者として得た権利、それが心獣省長という権力の座。2年間の月日が、僕にそれを掴ませたのだ。
「はぁ……」
初めての演説の後、僕は星観町に戻ってきた。僕はまだまだ子供だから、この町から離れたくなかったのだ。
とはいえ、ここまでカメラマンが集まっているとは、想像していなかった。一息つきたくて帰ってきたのに、これでは息苦しくて堪らない。
「どうしよう……これでどうやって外に出れば良いんだろう?」
時間があれば、璃々のもとへ行こうと思っていたのに、これではコンビニすら行けなさそうだ。これだけのカメラを引っ提げて彼女の家へ訪れる事だけは、絶対に避けなければならない。あの子は人目を避けて生きてきた。彼女が理事長の家に住んでいる事は、僕だけが知っている秘密で、良君やシンゴ君にすら教えていない。ただでさえ今の僕は、日本で一番有名な学生だ。僕のせいで璃々を、危険な目にあわせたくない。
時は刻々と過ぎていく。行ってはいけない。でも『会いたい』という気持ちを抑える事は不可能だった。今や僕は璃々の恋人なのだから。
「……よし、決めた」
僕はクローゼットを開けた。そこには大会で着ていった仕込み服が、ハンガーでぶら下がっている。
「腹を括ろう。持てる力全てを振り絞って、璃々に会いに行くんだ」
>>The Voice Of Energy
「海堂省長が窓から飛んだぞ!」
「どこへ出かけるんですか!?」
「早く追いかけるんだ!」
「絶対川に入れるなよ!?」
「川を使って移動する気だ!」
>>璃々
たたみの上をゴロゴロするのは、とてもきもちいい。
「水ちゃん、おそいな……」
あんなにたくさんのカメラにおわれて、水ちゃん、イヤにならないのかな?
「もうダメ! やっぱり待てない!」
外に出るのはとてもコワイ。理由は分からない。
でも、水ちゃんに会えないのはもっとコワイ。私はおし入れから、ダンボール箱を1つ取り出した。知らない人が来たら、これをかぶってメロンのフリをするの! こうすればだれも私を、私だと気付かないのだー。
「待ってて、水ちゃん! 私、がんばる!」
>>The Voice Of Energy
ここは、星観町と月島町をつなぐ月島橋。かつて水鏡が璃々を守るべく、謎の男・イシバシと死闘を繰り広げた場所である。その水鏡は欄干に身を隠し、息を潜めていた。
「川下へ逃げたぞ!」
「早く車をまわして!」
橋の上では大勢の報道陣が、川下へ向かって一斉に移動を開始している。その全てが水鏡のもとを去るまでの30分間、彼は待機を余儀なくされた。
「ふぅ。人気者は大変だ」
これで彼は追っ手をまいた筈である。愛しの恋人のもとへ出かけようとした、まさにその時である。
「……ん?」
対岸に、1つのダンボールがあった。しっかりとガムテープが巻かれているが、その箱に『メロン』と書かれているのが読み取れる。彼が不思議に思ったのは、それがピクリと動いたからだ。
「ふぅ」
水鏡は意味深な溜め息をついた。
「おや、あそこにダンボールがあるぞ?」
ダンボールはビクリと動いた(気がした)。
「箱の中身は……メロンだって? それはラッキーだな。どれ、拾ってしまえ」
水鏡は自身の心獣を発動させ、川へ飛び込む。彼の体は水に沈む事無く、水面に固定されたままだ。水を操る事に特化した心獣『アース・ブルー』。なんと便利な心獣だろうか。
対岸まで歩いた水鏡は、ダンボールの目の前に立ち塞がった。心なしか、ダンボールが冷や汗をかいている気がする。
「そういえば、少しお腹が空いているんだよな。もうここで食べてしまおうかな?」
意地の悪い笑みを浮かべながら、水鏡はダンボールを睨みつけた。まだ見ぬメロンは後ずさりを始める。箱は一層『食べないでオーラ』を放ち始めた。
いい加減疲れてきたので、彼はメロンに声をかける。
「……いつまで隠れているの、璃々?」
「そ、その声は水ちゃん?!」
ダンボールを撥ね退けたその中から何と、璃々が現れたのだ! ……皆知ってたけどさ。
「水ちゃん、恐かったよぉ! 私、もうすぐ食べられるところだったんだよ!?」
再会の喜びも束の間、突然彼女は水鏡に抱きつき、本気で泣き始める。精神の成長が進んでいない彼女にとってこのイタズラは、少し荷が重かったらしい。水鏡は優しく頭を撫でた。
「よしよし……これからはメロンじゃなくて、じゃがいもの箱にしようね?」
「グズ……うん」
璃々が泣き止むまでの間、水鏡は彼女を抱き締め続ける。それは彼らの愛情であり、会話であった。
ようやく璃々が落ち着いた時、空は真っ赤に染まっていた。時は夕刻。町の音も少し者悲しく聞こえる。
水鏡は少女を膝の上に乗せながら、口を開いた。
「懐かしいね。ここであのイシバシって男と出会って、戦ったんだよな」
「あの時の水ちゃん、本当に格好良かったよ?」
「あれだけの攻撃を受けた時はもう駄目かと思ったけれど、諦めなくて良かったよ。こんなに大切な人を守れたんだから」
「やーん、水ちゃん、てれるー♪」
B-1が行われていた2年間という月日が、すっかり2人をラブラブカップルへ進化させていた。より好かれたいと思った水鏡は、少し臭いセリフを口にする。
「これからも璃々を襲う奴らは、僕が追い払ってあげるからね」
「うん……ありがと」
璃々の小さな返事。彼は少し違和感を覚えた。普段の彼女なら、今のセリフだけで悶える筈なのに。
「何か不満でも?」
「ううん。私、すごくうれしいよ? でも――」
この瞬間、童顔の恋人は初めて、まるで大人の女性のような妖艶な表情を見せた。
「私だって、水ちゃんを守りたいな……」
一瞬にして空気が凍りついたのを、水鏡は感知した。
「水ちゃん」
それは璃々も同じだったらしい。彼女は膝の上から降り、水鏡の背後に隠れた。
「追われる身という自覚は、あるようですね?」
強烈な陽の光を背後に、その女性は現れた。ロングヘアーの隙間から見える左目が、意思の強さを物語っている。
「そんなもの、僕には無いね」
「あなたには言っていません。用があるのは、その後ろの子です」
璃々の細い指が、水鏡の服の裾を強く握った。
「うちの子はあなたを知らないみたいだけど?」
「私は雇われ兵士。面倒な事は嫌いなので、一度しか言いません。『その子を渡しなさい』」
「やだね」
女性の目つきが鋭くなる。同時に、前方へ突き出された右手から、紫色のエネルギーが次々と生まれていく。それは、心獣による攻撃が開始された事を意味していた。
「無駄なあがきを」
何の掛け声もアクションも無く、その『力』は放たれた。まるでアメリカの竜巻を、横に傾けたようなそれは、水鏡達目掛けて襲い掛かる。
「っ!」
背後の璃々を抱きかかえ、水鏡は真横へ飛び跳ねる。敵の心獣は通過し、そのまま宙へ消えた。
まずいな。水鏡は心の中でそう思った。この一瞬の攻防で、敵の心獣が恐ろしいものだと悟ったからだ。
「……名前は?」
「ルシール」
そう名乗った女性は、再び右掌を彼らに向け、紫色の心獣を解き放った。
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