>>The Voice Of Energy
2人の男は女学院の中庭で、まさに決闘を始めようとしていた。風の無い快晴の中、周囲には否応無しに張り詰めた空気が漂い始めた。その瞬間だった。緊張感の無い司馬の質問が響き渡ったのは。
「おっさん、名前は何て言うんや?」
「…そういう質問は、自分が言ってからだな。」
すると司馬は待っていましたと言わんばかりに、
「わいは司馬平志!『神風の』司馬とは、わいの事や!」
基本的に司馬は目立つ事が好きなので、そう言われると遠慮無く自分を主張する癖がある。尤も、相手が相手だけに、この戦闘の様子を誰かに見せたいとは、今回ばかりは思わなかったらしいが。
「あぁ…そう言えば耳にした事があるな。関西――特に大阪で、パワーでは無くスピードで圧倒している少年がいると、な。」
「何や、わいも相当有名人やな!」
嬉しそうに喜ぶ司馬をよそに、もう1人の男は喋りだした。
「俺の名前は五十嵐。下の名前は職業上教えられないが、相当の実力があるとだけ言っておこう。」
「仕事は何や?」
「傭兵だ。今回は葉隠グループからの依頼だ。」
「…なら、相当強いんやろな…。」
その事実を聞き、一層司馬の顔に真剣さが表れた。2人は始め微動だにしなかったが、先に動き出したのは五十嵐――中庭の木にツバメが止まった瞬間だった。
「『ネメシス』!!」
ネメシスと名付けられた機体は、爪のように伸びた3本の刃物を振り下ろした。司馬はそれに反応し、タイミングを合わせて背後へ避ける。何度ネメシスが刃を振ろうと、彼に当たる気配が無い。途中司馬がわざと蹴り上げた石によって、ネメシスは一瞬よろめき、動きを止めた。
「そこや!!」
その瞬間を狙い、司馬は高速で近寄ると、その速度のままネメシスの腹に膝蹴りを喰らわせた。壊れたおもちゃのように吹っ飛ぶネメシスに対して、司馬は膝頭を押さえていた。
「……!さすがはロボットや!やっぱ表面は硬いなぁ!?」
「ロボットでは無い、ネメシスだ。」
五十嵐の声に合わせるように、ネメシスはすぐに態勢を整えなおし、司馬へと駆け寄った。
「調子狂うわ…ちっとも痛がらんなんて、やっぱ人間とちゃうな。」
フラフラとした足取りで、司馬は立ち上がった。彼の膝頭はまだ痛みを発していたが、このまま寝ていては確実にやられてしまうからだ。そしてネメシスが彼の目の前までやって来た瞬間、彼の姿はこの心獣の視界から消えた。
「ネメシス、足元だ!」
五十嵐の叫び声と同時に、司馬のスライディングが見事ネメシスの膝に食い込んだ。極端な衝撃を加えられ、ネメシスはあっという間にバランスを失い、前のめりに倒れこんでしまった。地面から飛び散る砂埃を払いながら、すぐに司馬は五十嵐の元へと駆け寄った。
「『チェッカー・フラッグ』!」
司馬は一気に加速した。圧倒的な加速力を誇る彼の心獣ならば、ほぼ防御無視で打撃を与える事が出来る。それを与えれば、彼の勝利は目に見えていた。ならば、彼の渾身のパンチを五十嵐が簡単に受け止めたという、この事実はどうやって説明が出来ようか。
「…俺のネメシスを倒してから、俺の元へ向かう…単純だが、実に効率的だ。」
ポツリと呟く程度の音量だったが、それでも今の司馬にははっきり聞こえた。同時に司馬の右拳を握り締める彼の右手に、潰れてしまうのではないかと思える程の力が込められた。これには司馬も諦めるしかなかった。
「だが、俺も数々の修羅場を潜り抜けてきたと自負しているものでね!」
すでに五十嵐は、司馬の基本行動パターンを読んでいたのだ。軌道とそのタイミングさえ分かれば、脅威だった攻撃もただのパンチング・マシーンの難易度程度に過ぎない。反撃の印として五十嵐は、司馬の横腹に豪快なキックを放った。その動きと素早さから、彼の心獣使いとしてのレベルの高さが読み取れた。
「うおっと!」
しかしその熟練の技を持ってしても、彼の経験以上の素早さを誇る司馬の前では、少しも通用しない。司馬はすかさずその場でジャンプをし、この重みのある蹴りは宙を切るだけだった。
「あぶね!」
「ちっ!」
2人は互いの実力に踏み込めず、一旦後ろへ下がった。いつの間に態勢を整えたのか、ネメシスも本体である五十嵐の傍に寄り添い、敵対する司馬を睨みつけていた。
「これやと勝負、つきそうに無いなぁ?」
「勝負のつかない勝負は無い。」
「そうでっか…。」
司馬は、彼とあまり気が合わない事を、この時点でようやく気付くのだった。
「でもおっさん…世の中に勝負のつかん勝負なんて、ぎょーさんあるんやで?」
「ほほぉ…例えば?」
「こういう事や!!」
司馬がそう叫ぶや否や、彼はいつの間にかバイクを出現させ、颯爽とそれを跨いだのだ。右腕を回せば、マフラーから爆音が奏でられた。
「さらば!!」
五十嵐の反応以上のスピードで、チェッカー・フラッグは急発進した。司馬を乗せたモンスター・バイクは一瞬にして、中庭を駆ける一陣の風となった。慌てて心獣で迎撃を試みようとも、司馬は既に彼の射程外に出ていた。
「…勝てない勝負と睨んで、逃げたな。」
苦笑を浮かべる五十嵐は、ポケットから新しいタバコを取り出し、火をつけた。あたりに漂う紫煙を見つめていた彼の目は、始めこそ呆れから来る緩みを見せていたが、やがてキッと鋭い眼差しになった。
「だが、俺も数多の挑戦者や強敵と渡り合ってきた誇りがある。お前が逃げると言うのなら――」
その瞬間ネメシスは、右手を遠方にて爆走中の司馬を狙うように伸ばした。それと同時に右手の甲に穴が開き、中から豆電球のようなものが出てきた。いや、豆電球と呼ぶには平べった過ぎるその白色のガラスは、小さなドームと呼ぶ方が正確だ。その白いガラスはほのかに光を帯び、やがてすぐに輝き始めた。
「俺は戦い続ける!」
彼の叫び声が中庭に響き渡った瞬間、鋭い閃光が放たれ、同時にそこから1筋のレーザーが飛び出した。高威力のレーザーは真っ直ぐに伸びていき、司馬のすぐ脇を通り過ぎ、その奥に置かれていたいくつもの植木鉢を爆発させた。
「うわあぁぁ!?」
さすがの司馬もこれには驚き、思わず心獣を解除した。落下する体を受身で衝撃を和らげ、振り返って五十嵐の姿を確認した。そして視線を植木鉢に戻すと、もうそこに植木鉢は跡形も無くなっていた。そこにあったのは真っ黒に焼け焦げた、土の塊だけである。
「あのおっさん…わいを逃がさんつもりや…マジ?」
その怖いと言える程の殺気を感じ、司馬は嫌な汗が流れ出てきているのを実感していた。自分は戦いたい訳では無いのに、何故この男はやたら好戦的なのだろうか。その答えが良のあの『女学院に侵入☆ついでに彼女GET大作戦』というダサい名前の作戦のせいである事は、懸命な方なら容易に想像出来るだろう。
「どないしよ…あんま戦いたい気分や無いし、それにあんな危ない光線打ち続けたら、女の子に当たるんとちゃうか?」
比較的平和主義者である司馬にとって、自分の行動は危険人物の取るそれとは違う、という意識を持っている。それが既に危険人物の思想なのだが、公道を平気で暴走する彼には、一切理解出来ないのだった。
「何としてでも、あのおっさんを止めないかんな。」
司馬がふと横を見た時、彼の目に2人の少女の姿が飛び込んできた。
「うわ、危ないやっちゃな。早く逃げや。」
この状況の中庭を平気で歩く少女たちを見て冷や冷やする司馬だったが、やがて1つのアイデアが生まれた。彼は小さな叫び声にも似た声を上げると、すぐさまバイクに飛び乗り、一気に彼女たちの元へ走り去ったのだった。
>>雷華
「それにしても、お姉ちゃんはどんな男性が好みなの?」
水智の急な質問に、私は思わず黙ってしまった。周囲をキョロキョロ見渡し、そしてカメラの電源を消させた。
「えっと、理想の男性だっけ?」
「お姉ちゃんって…動揺すればする程、用意周到になるね。ちゃんとカメラを気にするなんて。」
「コラ、茶化さないの。」
そんな話がお姉ちゃんに伝わりでもしたら、どれだけ怒られるか分からない。私は何度もカメラが繋がっていない事を確認すると、ようやく口を開いた。
「理想の男性と言えばやっぱり、白馬に乗った王子様でしょ!」
「……。」
…ヴ、水智が白けている。
「…じょ、冗談よ、冗談!そんな訳無いでしょ、ね?ね?!」
しかし私の必死の説得に、彼女は少しも応じなかった。
「慌てると、余計痛いよ?」
「はぁ…私もとうとう、妹に呆れられる姉になってしまいましたか。」
「そこまで言っていないけど。」
私はカメラの電源をつけ、マイクのスイッチもONにした。
『雷華、何があったの?』
「何も。」
何も知らない姉の言葉に耳など貸さず、私は少しだけブルーになった。全くもう…お子様はすぐこれなんだから。
「それにしてもお姉ちゃん、その『白馬の王子様』のどこがいいの?」
そう考えていた私にとってナイスタイミングのこの質問に、私は若干鼻息を荒くさせた。
「水智。あなたは子供だから、私の夢見る『大人の恋愛』ってものが分からないのよ。突然現れ、私を守り、そして愛してくれる…そんな殿方がいたら、多少怪しくったって女性のハートをばっちり鷲掴みよ!」
「お姉ちゃん…いい年なんだから、ちゃんと現実を見てね?」
「もう!あんたはすぐそういう事を言うわね。今に見ていなさい。いつかきっと私の目の前に、至上最高の白馬の王子様が――!」
その瞬間、大音量の爆音を響かせながら、1台の巨大なバイクが急停止した。あまりに突然な出来事に、私は思わず動きを止めてしまった。真っ白のボディを輝かせ、1人の少年が声をかけてきた。
「お嬢さん、こんな所歩いとったら、怪我するで?良い子は早よ避難せぇよ。」
関西弁丸出しの少年がバイクにまたがってやって来るなど、本来ならば不審人物に違いない。でも私はその衝撃に、そんな懸念はどこにも無かった。黙ったままの私に代わり、水智が代わりに口を開いた。
「あの、私たちは報道通信部で、女学院にやって来る男子学生の取材をしている最中なんです。」
「ほんまか?そりゃ奇遇やなぁ。ここで出会ったのも何かの縁や、後ろに乗りぃや!」
彼の突然の申し出に、水智は動揺していた。見知らぬ男にナンパされれば、誰でも動揺して当然だもの、少なくともこの女学院では。
「今はごっつ危ないで?わいと一緒におれば、安心やで?」
「いえ、まだ仕事が残っていますので…。」
「そんな寂しい事言わんと、一緒に回ろうや。」
ほとほと困り果てる水智とその少年を見ているうち、私はパズルのピースが合致した時の様な衝撃を感じていた。彼は突然現れ、私の身を案じ、ナンパしてきた、バイクのライダーで…これほどまで私の理想に一致する人なんて、これから現れる筈が無いのは目に見えていた。
「(この人が私の王子様…?!)」
結論が出た後の私の行動は、とても早かった。早速水智にカメラを回すよう、指示を与えた。お姉ちゃんは何か私に言っていたけれど、もう私の耳には届いていなかった。
「皆さん、カメラの映像が見えていますでしょうか?私は今、とある男子学生のバイクに乗車中です。突然私たちの前に現れ、ナンパをしてきた彼ですが、その交換条件として取材に応じてもらう事に成功しました。中庭での戦闘の模様をお届けする予定でしたが、予定を大幅に変更して、今回の事件の一員でもある彼のリアルな会話を、このバイクであちこち見て回りながら、これからたっぷりお届けいたします。リポーターは、特命リサーチ女学院X専属リポーター・寿雷華でお送りいたします!」
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