>>雷華
「…なるほど。つまりあなたは高い競争率を乗り越え、花岡さんに告白した…そういう事ですね?」
「はい、それはもう大変でした。せっかく僕が一目惚れをしたと言うのに、他の奴らも一目惚れしだしたものだから、乱闘騒ぎにまでなっちゃって…でも俺がコテンパンにして、堂々とラブレターを渡しましたけどね!」
「それで、返事はどうでした?」
「『またお会いした時に返事を返します』でした。」
「それなら、まだチャンスはありますね!その間にしっかり良い印象を与えてください!インタビュー了承して下さいまして、ありがとうございます!」
全身傷だらけの少年から離れた私の姿は、恐らく女学院中に映し出されているはず。私は右手のマイクを握り締め、荒い呼吸を整えながら口を開いた。
「…さて、最も激しい戦闘区域でした校門前も、だんだんと落ち着きを取り戻してきています。たくさんの少年たち――そのほとんどがスターライト高校生ですが、彼らは自分たちの力を信じ、文字通り山となって警備員たちと正面衝突しました。むやみやたらとキノコを投げつける少年、扇風機の風で目にゴミを入れようとする少年、趣旨は分からないけれど本を頭の上に載せる少年、ほこりをちりに変える少年――実に様々な方法で、彼らは我が女学院に侵入し、次々とラブレターを手渡しています。もう、何をしたいのか分かりません。これから私は場所を変え、現在最も激しいと言われる中庭付近へと向かってみます。以上、特命リサーチ女学院X専属リポーター・寿雷華でした!」
『はい、カット!』
お姉ちゃんの声を聞いて、水智のカメラの赤いランプが青く光った。それを見て私はマイクの電源を切り、思いっきり伸びをした。
『雷華…あなた、ちゃんと外靴に履き替えたの?水智のカメラの映像には、履き替えるシーンが無かったわよ?』
右の耳につながるイヤホンから、お姉ちゃんの厳しいツッコミが聞こえてきた。私は足元の上履きを見つめながら、冷静さを装った。
「履き替えたわよ?」
『今の仕草、全部こっちに見えているわよ?』
「ちぇっ。」
私はばつが悪そうな目で、妹の抱えるカメラを見つめた。
『コサック社の最新業務用屋外専門ビデオカメラよ。カメラマンによって中継からスタジオへとカメラワークを変化させる機能がついているの。今までみたいに嘘はつけないから、注意しなさい。』
外の中継をする時、スタジオに残っているお姉ちゃんが私たちの様子を見る事が出来るのは、水智のカメラを通してだけだった。だから、今までは私が何か変な事を起こしても、適当な嘘でごまかす事が出来たのだ。
「…正確には『編集者専用モニター切り替えボタン』。」
水智の冷静なコメントが、私の熱くなりかけた頭を冷やした。そのボタンを押すと、映像の質を落とす代わりに電源やデータ量を抑えるため、スタジオにいる人が外の様子を見る時に重宝されている。そう、これはお姉ちゃん(風華)専用モニターに早変わりするのだ。
「お姉ちゃん、中庭に行かないの?」
「もちろん行くわよ!情報によると、これから激しい戦闘が行われるらしいから、ビシバシ撮りまくるのよ!」
「おー。」
そう、がっかりしていられない。私には、外の状況を知りたがる女学院の生徒たちに現場を知らせる義務がある。私は強く深呼吸をした後、水智と一緒に中庭方面へと向かって行った。
>>司馬
他の奴らは告白しとるって話を聞くけど、わいにはあまり興味があらへんかった。愛バイクのナイト・オブ・ファイヤーを縦横無尽に走らせながら、日本一と名高い優盟女学院を見学する事にした。
「それにしても、ほんまにここは広いなぁ…。」
わいの独り言通り、目の前にはいくつものテニスコートやグラウンドが、所狭しと並んどった。それでもここがあんま学校や思えへんかったんは、やっぱ生徒が中に隠れとるからやろうと、わいは心の中で思った。
「それにしても、わいも相当物好きなやっちゃな。大体の施設の場所や名前が、すらすら出てきよるわ。」
風のように過ぎ去る施設らを眺めながら、わいの独り言は続行しとった。
「あれが小等部校舎…小等部用の体育館のお隣に、中高の特別教室…中高用体育館…ほんでもってここが中高用校舎の中庭…。」
ナイト・オブ・ファイヤーを中庭の方へ向けると、中庭のきれいな緑が目にぎょーさん入ってきた。
「ここは手入れがされとって、きれーな場所やな。あちらに生えるはタンポポ、チューリップ、足元には健気にハルジオン…そう、ここは中庭や。」
久しぶりに愛車を走らせ、わいは鼻唄も交え、機嫌よー風となっとった。
「そう、ここがお前の墓場だ。」
一瞬や。このわいに気付かれる事無く、サングラスの男が、わいのバイクの前輪に乗っとったんや。男の影で視界が一瞬ブラックアウトしたけど、目の端でギラリと光るものを見りゃ、驚いとる暇も無いわ。
「残念だが、そのまま終わりだ。」
その言葉の瞬間、男からやって来た激しい風に紛れ、何か物体がわい目掛けて襲い掛かってきよった。そんでさっき見た光る物体が、そいつの腕から生える刃物っちゅーのに気付いたんは、そん時や。
「『チェッカー・フラッグ』!!」
わいはバイクを一旦解除し、咄嗟に地面を蹴り上げた。先程まで時速4,50キロで走っていたものとは思えんくらいのスピードで、わいの体は後方へ飛び出した。そのまま宙返りをし、校舎のわずかな足場にしがみつき、わいは難を逃れた。
「…速いな…。」
おっさんが口にしたのは、それだけや。おっさんは不意に消えた足場にうろたえる事も無く、地面に着地した。傍にあった柱にしがみ付きながら、わいはそいつを繁々と眺めた。おっさんは何一つ動揺せず、胸ポケットからタバコを1本取り出すと、それにゆっくりと火をつけた。
「…ふぅ…このタバコが消えるまでに、始末出来るかどうか…自信無いな…。」
「おっさん、やけに冷静やな…。」
「…冷静?」
ニヤリと口元だけで笑った後、
「お前の方も、相当冷静だと思うがな。何せ俺の奇襲を避け切ったんだからな。」
口から漂う紫煙が、青空に掻き消され、わいらの間に漂い始めた。このおっさんをどうすれば良いものか、わいは考えあぐねとった。あたりが静けさに包まれた瞬間、おっさんの口が動きよった。
「仏教的な考えだが、手前のした行動の善悪に応じた報いがやって来る事を、何て言うか知っているか?」
「知らんわ。わいはアホやからな。」
再びおっさんは口元で笑うと、
「そうか、ならアホでも分かるように教えてやる。さっきの言葉はだ、四文字熟語で『因果応報』と言うものだ。原因と結果、それに伴って応じる報い、と書く。」
「ほんまに分かりやすい言い方やな…(汗)。」
「それでは、それを英語で何て言うか…?」
その時わいは、何か嫌な気分になった。そういやこのおっさん、わいを奇襲してきた、人の風上にも置けん奴や。何か仕掛けてきとるに違いない。それにさっきの物体は、おっさんの心獣や考えるんが自然や。そして留めにこの話の切り出し方…。
「お前の頭では、そんな単語は無いだろうから、俺が直々に教えてやろう。」
ふと、わいの左側から何か異様な空気が流れてきよった。わいは何も怯える事無く、その方向を振り向いた、次の瞬間――
「『ネメシス』!!」
わいの向いた先に、奇妙な生物がおった。いや、これはロボットと言う方が正しい。重力に逆らわず校舎の壁に、昆虫みたいに張り付いとるその怪しげなロボットは、腕から生えとる鋭い刃物を振り上げ、まさにわいを斬りかかろうとするところやった。
「な、何やぁっ?!」
叫び声と同時に、わいは思いっきり壁を蹴った。そのロボットの動きはかなり速いもんやけど、わいのスピード程で無いんが幸いやった。鋭利なナイフによって破片をばらまいた校舎に、わいの姿は無い。おっさんとロボットが振り向いた先――隣の校舎の屋上に、わいの姿があった。
「速い…20メートルはあるかと思う距離を、たった一蹴りで飛びやがった…?」
「おい、おっさん!!さっきから奇襲ばかりで、えらい弱腰やなぁ!?」
このおっさんと関わるな――頭の中ではそう思うとるのに、体が言う事を聞かんかった。あろう事かわいは威勢の良い声で、おっさんを挑発し始めた。
「男ならもっと、ガツンと!正面衝突やろ!そんな弱気やったら、このわいには勝てへんで!」
「…残念だが、それはネメシスに尋ねな。」
その時わいの背後で、風の音が聞こえた。何か細長いモンを勢いよく振り回したような、乾いた音やった。学校の掃除用具で野球をした時、バット代わりに振っていた箒が出していた、あの音やった。やばい。そう思うてしゃがんだ瞬間、わいの頭上をあのロボットのナイフが、宙を斬った瞬間や。
「この…ヘナチョコロボットめぇ!」
しゃがんだついでに、そいつに足払いをかましてみた。そいつはあまり素早い動きは得意ちゃうらしく、心獣のくせに人間の地味な技に転びよった。地面に背中を打ちつけた瞬間、背中の卒塔婆のような装飾品が、ガチャリと金属質の音を立てた。
「よっしゃ、一瞬隙が出来たで!」
わいはすかさず屋上の淵により、壁を蹴って飛び出した。あれがあのおっさんの心獣なんは確実や。つまりあのロボット止めるには、あのおっさんを狙えばええ、っちゅー事や。狙いを定めた蹴りで、わいの視線の先におるおっさんは、徐々に近づいてきた。あまり直に当てるんは危険やけど、今はそう言うてられへん。空中で必死に態勢を整えながら、進行方向をチェッカー・フラッグに頼らせた。
「すまんがおっさん、しばらく寝てもらうで!」
わいには取って置きの必殺技『ゴールゾーン・ワールド』がある。そもそもチェッカー・フラッグはわいの動きを早める事が専門やさかい、攻撃には向いとらん。出来ても一瞬――バイクが人を撥ねた瞬間のような、そんな短時間だけしか、わいの心獣は物理的な影響を与えへん。それならその瞬間を、わざわざ狙って当ててみてはどーや思うて、この必殺技が生まれたんや。
「寝ときや、おっさん!!」
残り距離5メートルと言う時点で、わいは愛車を前方にぶっ放した。わいの体も高速で飛んどる上、バイクも相当なスピードで飛び出しとる。わいの狙い通り、最も衝撃の大きいところでチェッカー・フラッグは、おっさんの体にぶち当たった。
しかし、おっさんの体は飛んでいかん上、わいの『ゴールゾーン・ワールド』も相殺されとった。目の前にはわいの愛車に自慢のナイフで対抗する、あのロボットがおった。
「…ちっ…もうタバコが1本、無くなっちまう…。」
男はわざわざ土が露出している場所を探し、そこで足を使って火をもみ消した。
「やはりこいつ、今までの奴らより骨があるらしいな。」
「おっさんも、わいが出会ってきた中で、3本の指に入るくらいやで?」
突然目の前に現れた強敵を目の前にし、どうやらわいの桃太郎魂が燃え滾ってきたようや。体中から『鬼を倒せ』の声を感じたわいは、着っぱなしだった制服の一番上のボタンを外し、おっさんとその心獣を睨みつけていた。
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