>>渓
「ところで命、何か用事でもあったんじゃないの?」
「あるわよ。でも、こっちも大切だと思って。」
荒い息を整えながら、私と命はしばらく休んでいた。うっすら汗ばんだ体に、コンクリートの地面が冷たく感じた。私の心獣が破壊されたと同時に、晃平は倒れてしまった。原因は恐らく心獣の燃料切れ。それにだいぶ疲労していたから、倒れるのも仕方が無いのかもしれない。
「それにしても…あなたがあれだけ慌てるなんて…この男、それだけ大事な人なのかしら?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
命がそう語りかけてきたのは、私が気を抜いた瞬間だった。あまりに唐突な事で、私は顔を真っ赤にした。
「晃平はただの従兄妹であって、別にそんな、そういう関係って訳じゃ…!!」
「はいはい、そんなに興奮しなくてもいいわ。」
「興奮してません!」
必死に言い返す私を尻目に、命は楽しそうだった。
「ふふ…さ、渓の動揺も見られた事だし、私はもう行くわ。」
しばらく談笑していた命だったけれど、立ち上がり、スカートを払う彼女を見て、私は思わず真顔に戻った。
「へっ?もう行っちゃうの?」
「残念だけど、私には用事があるから。でも安心して。その男は秘密裏にじいたちが運んでくれるから。」
「…ありがと。」
こういう時に、友人を持っていて良かったと思える。あの葉隠グループが味方についていると考えると、少し寒気はするけれど。
「…私はその男の事は何も知らないけれど、大事にしなさい。あなたの従兄妹なら、尚更よ。」
「考えとくわ。」
『従兄妹なら尚更』か…そうね。もう少しくらい、考え直しても良いかも。私がそう考えている間、命はくるりと背中を見せ、どこかへ行こうとした。その背中は普段彼女が私たちに見せるものと少し違って、どこか遠くを目指しているみたいだった。それは確証があって思った訳では無く、私のただの直感だった。
「ねぇ命。あなたはどこへ行くつもりなの?」
だから私は尋ねた。普通に尋ねるつもりだったのに、硬い口調になってしまった。その事を彼女は少しだけ笑った後、笑顔で、でも口調は冷静に、はっきりと答えてくれた。
「高いところよ。あなたと同じ、これから大事にするかも知れない人がいるから。」
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