サイト1周年記念


(1)
>>水鏡
『…それでは、今から試験を開始します。各自解答用紙を後ろの席へ…。』
2月が始まるか終わるかという狭間に毎年、スターライト高校の入試は行われている。毎年600人超の受験者数を誇り、倍率1倍ちょっとという数字も存在する。その内訳はほとんど近所出身ではあるけれど、近畿一帯の生徒がここへ集結する。でも1番すごいところは、他校の受験に落ちた落ちこぼれを集めるのでは無く、純粋な落ちこぼれを集めようとする校風だろう。
「う〜…緊張するなぁ…。」
整然と並べられた机に収められ、僕は体中を強張らせていた。周囲には見知らぬ生徒ばかり集まり、その空気は異様としか言いようが無い。
「ここの試験は馬鹿なほど受かりやすいから、勉強する以前の問題だもんなぁ…。」
そう、ここは落ちこぼれのための学校、テスト前に必死に最後の追い込みをかけるような人間は1人もいない。一応机に座ってはいるけれど、各自好き勝手な事をしている。中には隣の席の生徒とトランプで遊びだす生徒もいた。この現実世界とかけ離れたような世界観に僕が圧倒されていた時、右隣の席から僕に声をかける生徒がいた。
「全く…せめてテストくらいは真面目に受けるべきだとは思わないか?」
「良君だって、人の事言えないでしょ?」
僕は呆れた笑顔を見せながら、隣に座る良君にそう言った。彼など机に座った途端に自分の名前を掘り込んでいた。
「大体そういうのは、授業中にするものでしょ?ちょっと気が早過ぎだよ。」
「何を言う。今のうちから自分をアピールしておかなければ、個性主義社会で生きていけない。」
「ただのイタズラに、何壮大な夢を持っているのさ(汗)。」
小学校からの友人である良君も、成績の悪さのせいで僕と同様、スターライト高校に受験する事になったのだ。本人は中卒でどこかへ就職する気だったらしく、当時は
『俺を必要とする場所がある。そう、これは就職では無い、解放だ。』
などと意味不明な事を口走り、学校の先生たちを困らせていた。だけど僕も同じ学校へ受験するという話を聞いた途端、彼は迷惑をかけなくなったという。そのあまりの変わりようが気になって僕は、直接彼に理由を尋ねたことがある。すると彼は腕を組み、自信満々に答えてくれた。
『俺を必要とする場所だから。そう、これは受験では無い、解放だ。』
いつから彼はレジスタンスの一員になったのか分からないけれど、とにかく彼の興味がこの学校へ向いた事には間違い無かった。


「ん?」
前方の遥か先の席に座っているシンゴ君が、僕に目で喋りかけてきた。
『水鏡頼む!テスト中に答え教えてくれ!』
『無理だって!大体この学校、赤本すら出していないんだよ?』
いざ本番になると余裕を失う友人・シンゴ君は、僕たち3人組の中でも群を抜いて成績が悪い。彼はどうやら自分が合格するビジョンが見えないらしく、必死に助けを求めてきているのだ。
『大体カンニングなんて、バレたら終わりだよ?』
『そこを!そこをなんとか!』
『ダメだってば。』
良君と同じように、彼もまた中卒で仕事をするつもりだった。彼は実家が酒屋だけどそこを継がず、違う場所で働くのだとよく言っていた。将来は海外でビッグになると、よく自慢そうに喋る事もあった。そこへ良君がやって来て、彼の
『行くぞ、高校。』
という一言で、今に至っている。
「(シンゴ君も、嫌なら断れば良かったのに…。)」
必死になるシンゴ君を見るとそう思う僕だけど、断らなかったところを見るに、決して嫌だった訳では無いのは間違い無かった。


「それでは、今から国語のテストを始めます。試験時間は30分です。次のチャイムで開始してください。てか皆さん、静かにして下さい。」
お世辞にも静かとは言い切れない教室の中、僕は目の前に置かれた真っ白な紙を見つめていた。これを表向きにすれば、そこにはたくさんの文字が並んでいるに違いない。
「30分って、何だか短いなぁ…。」
「それ以上しても無駄、という事だろう。この教室の様子を見れば、すぐ分かる。」
「…そうだね。」
冷静な対応をする良君の言葉に、僕は納得した。確かに、チャイムが鳴っても黙らないような生徒が、30分もテストをしていられる筈が無い(汗)。
「(一体どんな問題だろう…国語苦手なんだよなぁ…。)」
僕はうっすらと汗ばんだ右手を服で拭いながら、テスト用紙を表にした。
「(…。)」
中を見た途端、僕の体は静止した。その様はビデオの再生を止めた映像のようだったに違いない。思わず全ての動きを止めてしまうほど、その試験問題は難しかったのだ、いろんな意味で。


『第1問 次の()に適切な単語を入れなさい


(1) そうだ、(  )へ行こう。
(2) びっくりするほど(  )。
(3) 言わずもがな、(  )。
(4) (  )頑張ります。
(5) 大体お前、それはおかしいだろ。だってそいつ、完璧(  )だし。


第2問 次の()に適切な文章を入れなさい


(1) だから言っただろ、(        )ほど(        )ってな?
(2) すみません、(        )は(        )ですか?
(3) そしたらボブはこう言ったのさ。「(        )」


第3問 次の条件に合うような漢字1文字を答えなさい


(1) きな臭い雰囲気 (  )
(2) あなたの友人が未だにお小遣いが600円だった事を知った瞬間 (  )
(3) とても明るいけれど、どことなく物悲しく、切ない恋愛を経験した男 (  )』


『何コレ?!!』
僕は目だけで隣の良君に訴えた。
『分かるだろ?』
『分からない!分かりたくもない!!』
僕は少し青ざめた顔を横に振った。
『水鏡、落ち着け。これは試験だぞ?試験というものは、俺たちに対する挑戦だ。つまりここでどのような返事をするか、それがこの試験に秘められし意図というものでは無いのか?』
『そうかも知れないけれど、ここは私立の入試だよ?!』
『だからこそだ。公立では絶対に出来ない。』
彼のその返答で、僕は大いに納得した。そうか、私立だから出来たんだ。これが国立なら、大変な事になったに違いない。もしかしたらこのテスト方式のおかげで、スターライト高校には入試問題に関する情報が無いのかも知れない。
『早く解け。時間は少ないぞ?』
『そ、そうだね。早く解かないと終わっちゃうからね。』
僕は慌てて試験に戻ろうとした時、ふと前方から、シンゴ君がこっちを見ているのに気付いた。
『水鏡、教えて。』
『ごめん、無理。』
なるべく彼を傷付けないように笑顔で対応すると、僕は急いで試験へと戻り、必死になって問題を解くのだった。




そして今――


その後の問題も結局、あのようなテンションのまま続き、たった1日で全ての試験が終わってしまったのだ。帰り道に僕はシンゴ君に詰られながら、学校の放課後のような帰宅をした。本当にあれが入試なのかはよく分からなかったけれど、全力を尽くした事には間違い無かった。家に帰るなり僕は合格するよう、照る照る坊主を37個も作り、天に祈り続けた。
そしてたった2日後に合格発表が張り出された。そこで僕は自分の番号が掲載されている事を確認した。合格したのだ。嬉しさのあまり良君の肩を抱こうとしたら、間違えて警備員の人の肩を抱いてしまった。その事件はしばらくの間、良君の話のネタにされてしまったのは言うまでも無い。そんな良君も自分の番号を見つけたけれど、シンゴ君の番号はどこにも無かった。僕ら2人は探すのを手伝ったけれど、若い数字順で並べられている合格発表で、その努力は無駄だった。シンゴ君は顔を真っ赤にしながら、張り出されていた紙に勝手に
『補欠合格者 20208』
と書き込み、聞き取り不能な雄叫びと共に僕たちの目の前から去っていった。そんな彼の哀れな後姿を見た僕らにとってその後、本当に補欠合格の電話が来たと言う彼の言葉が信じられなかった。
こんな紆余曲折を経験しながら僕たちは、晴れて高校生という新たな門出を迎える事が出来たのだ。




それが今、こんな状況に(汗)。
目の前に並べられたテレビ画面には、空撮によって優盟女学院が写され映されていた。その正門の付近ではたくさんの黒い影たちが、組んず解れつ戦っていた。アリのような彼らの姿をここで見ていると、何だか僕は悲しくなってきた。
「ハァ…僕、この生徒たちほぼ全員と毎日、同じ学校に通っていたのかぁ…(汗)。」
そう改めて考えてみると、僕の中の『落ちこぼれの生徒』観が、音を立てて崩れたような気がした。上を見ると切りが無いけれど、下を見ても切りが無いらしい。
「僕は違うよ…うん……僕はそこまで馬鹿じゃ、無いよ…。」
自分の胸に何度も言い聞かせていた時、不意に無線が反応した。壊れているのではないかと思うほど静かだったそれが騒ぎ出し、僕は一瞬体を強張らせたものの、すぐに反応した。
「はい、こちら本部の水鏡です、どうぞ。」


この学校に入った事が正解だったのかは分からない。でも、今はこうやって無線機を通じて先輩や良君たちに喋りかけ、サポートするのが僕の役目であり、責任だ。犯罪を助ける事自体は気持ち良くないけれど、彼らが捕まるのも気持ち良くない。
だから僕は、この騒動をここから見守りたいと思った。神のみぞ知るこの大事件の行き先を、彼らに任せたいと思った。警備員たちにも任せたいと思った。テレビを見つめる日本中の人に任せたいと思った。そうする事でこの事件の行く末を、僕らも見る事が出来るに違いない、そう今の僕は確信するだけだった。

 戻る