>>THE VOICE OF ENERGY
人影の無い廊下の真ん中で京子は、周囲を取り囲む男子学生たちを睨みつけていた。王室の会員の1人として、人間として、たとえ犬猿の仲である生徒でも助けない訳にはいかなかった。
「(どうして私がこんな男たちの相手をしなくてはならないのかしら?!由香さん、今度あった時には目一杯感謝してもらわなくちゃ、割が合わないわ!)」
ふてくされる彼女を前にして、学生は戸惑っていた。
「おい、何だか俺たち、異様に睨まれていないか?」
「気のせいだろ。それにしてもあの髪型、すげぇな。」
「クルクルだよなぁ…。」
「俺、本物のクルクルパーマ、初めて見るぜ…。」
「おい、速水、お前行けよ。」
「はぁ?なんでワイが行かなあかんねん?」
少女の立ち振る舞いと言うよりも、その髪型に圧倒される少年たちは、しばらく様子を見ていたが、やがて京子は口を開いた。
「残念だけど、私はあなたたちに構っている暇はありませんわ。」
そう一言呟いて、彼女は1歩前進した。少年たちはさらに警戒し、逆に1歩後退した。逃げる素振りを見せて、敢えて攻撃してくるかも知れないからだ。彼女の隙を見てラブレターを渡すつもりでいる少年たちは、隣同士でヒソヒソ話を始めた。
「おい、いつ渡す?」
「とりあえず、視線を逸らした時じゃないか?」
「1番大事なのは、この子が俺たちに危害を加えるかどうかだよなぁ…。」
「もう少し様子を見るぞ。」
「いや、大丈夫じゃねーの?」
ちょっぴり楽しそうな彼らとは打って変わって、京子は真剣そのものだ。如何にも怪しげな男たちに取り囲まれている時点で良い思いをする女性など、いる筈が無いに違いない。しかし、そんな事に彼らは気付かないのだった。曖昧な動きしか見せない彼らを見て、京子はさらに口を開いた。
「そこをどきなさい。」
「い、いや、どかない!」
今にして思えばそれが、彼らが初めて見せた決意だった。
「(あら、意外と骨のある方たちじゃないの。)」
京子は少しだけ感心したが、すぐに顔つきを元に戻し、さらにきつい口調で問いかけた。
「それでは、少し強引な方法、よろしくて?」
強引な方法…それが心獣によるものだという事に、少年たちは感づいた。少しだけ後ずさりをした後、彼女が発動するであろう心獣の登場に、全身を強張らせた。逃げもせず、ましてや自分たちからやって来ない彼らの姿勢を見て、京子は決心した。
「それでは参りますわ!」
そう叫びながら嘲笑を浮かべる彼女の姿を見て、少年たちに緊張が走った。彼らの心獣能力など、取るに足らないものばかりであるため、少しでも攻撃的なら太刀打ち出来ないのは目に見えていた。足りない知恵を総動員させ、彼らは京子の心獣を覚悟した。
「その美しさにひれ伏しなさい!『トワイライト・セレナーデ』!」
途端、彼らの視界に強烈な光が差し込んできた。慌てて両手で顔を覆い、目を閉じても、その光はそれらの遮蔽物を通り過ぎ、網膜を燦々と照りつけた。一瞬の出来事を思い返してみれば、その光は京子のクルクルパーマ、その先端から発せられていた。
「ホホホ!私の美しい心獣『トワイライト・セレナーデ』は、あなたたちの視界を完全に奪ってしまいますのよ!ホホホ!」
「ち、ちくしょう!」
「ま、眩しい…!」
傍から見ればその光は一瞬の発光なのだが、それを目に入れてしまったが最後、しばらく視界を閉ざされてしまう――それが彼女の心獣だった。正体を見破らんと必死になっていた彼らにとって、その行動が仇となったのだ。
「そして私はあなたたちが苦しんでいる間に、悠々と逃れる事が出来ますのよ!ホホホ!」
彼女は堂々と少年たちの間を横切り、円陣から脱出したのだ。こうやって苦しむ人間を嘲笑する事は、京子にとっては楽しくて仕方が無い。彼女は楽々逃れた後、廊下の真ん中で大きな笑い声をあげていた。しかし笑い始めたのも束の間、彼女は急に真面目な顔つきでこう付け加えた。
「ただ…効果は1.8秒間だけですわ。」
「なるほど。だから、俺の横を通り過ぎる姿が見えたのか。」
「完璧に見えていた…よな?」
「うん、見えた。」
先程までの悶絶など忘れたかのように、少年たちはその場に呆然と立ち竦んでいたのだ。急に襲われた発光などすぐに終わり、元通りに戻った彼らの横を、京子は誰にも邪魔されずに通り過ぎたのだ。そのあまりの呆気無さに、京子自身も呆れ返っていた位だ。
「…。」
「…え?」
「…。」
「…ん?」
そして両者の間に、奇妙な沈黙が続いた。その膠着を打ち破ったのは、京子の走りであった。
「あ!逃げた!」
「追え!」
「くそぉ!まんまと嵌められたぁ!」
彼女の作戦にようやく気付いた少年たちは、逃げる京子を必死で追いかけ始めたが、長距離選手である彼女に追いつく者など1人もいないのだった。
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