>>THE VOICE OF ENERGY
まだ王手が茜と戦闘していた最中に、優盟女学院のスピーカーから、突如として『声』が響きだした。
『皆さん、おはようございます。王室の会員のリーダー、穂積です。』
その彼女の第一声に、学校中の生徒が動きを止めた。
『皆さんご存知の通り、外では男子学生による暴動が行われています。事態は一刻を争っています。そこで教員側たちに代わって、私たちが避難勧告を出します。避難場所は、小等部は小等部用体育館、中等部は大ホール、高等部は中高用体育館です。それぞれに王室の会員のメンバーが指示にあたりますので、それまでは各自教室へ戻り、外へは出ないようにしてください。』
淡々と、それでいて的確に言葉をつなげていく彼女は、最後にこのような言葉で放送を終えた。
『ただし、私たちだけでは人手が足りないため、万が一男子学生と戦闘になっても勝てる自信がある方は、是非ご協力お願いします。あなたのお姉様、穂積でした。』
>>セラ
「はい、カーット!」
雷華さんの威勢の良い声で、撮影は無事終了した。
「穂積先輩、お疲れ様でした〜!今日もお姉様オーラ全開でしたよ〜!」
「雷華さん、それは褒め言葉のつもりかしら?」
「もちろんですよ。この存在感無くして先輩は語れませんからね。頑張って下さいね、先輩は女学院の顔ですから!」
笑顔でそう答える女学院の第2の顔・雷華さんは、テキパキとスタジオを片付けていた。それが何か気になったので、私は彼女に声をかけた。
「雷華さん、この事件はあなたにとって大スクープな筈なのに、何故スタジオの撤収作業をしているのかしら?どんな現場にも首を突っ込んでいたあなたも、さすがに今日は避難するとでも?」
「まさかぁ!そんな勿体無い事する訳、無いじゃないですか。」
彼女はポケットに突っ込んでいた自慢のマイクを手にすると、
「これから現場で実況するんですよ!」
と叫んで見せた。
「男と男が拳で語り合う…これこそまさに、現代に生きる男の生き様!生きた戦場!それを迫力あるカメラワークで捉え、実況する事こそが、『真のジャーナリズムに則ったリポーター魂』ってもんです!」
「でも、あれだけ興奮した男子学生の中に飛び込むなんて、危険すぎるわ。」
「先輩、心配なさらんでも大丈夫です。私だって自分の心獣には自信がありますから。それに、この程度の事で怖気づいているようじゃ、リポーターは務まりませんし。」
自信満々に良いのける彼女の姿に、私は何だか呆気に取られた。
「…まぁ良いわ。好きなようにやりなさい。」
「やったぁ!本当はね、お姉ちゃんに止められていたんだけど、それを聞いたら俄然説得意欲が沸いてきた!」
彼女のその言葉を聞いて、ようやく私は納得できた。確かに、これほど危険な仕事を勧める姉妹などいないに違いない。ましてやそれが双子の片割れだと、尚更だ。雷華さんは一目散にスタジオから飛び出し、編集用スタジオにいる風華さんの元へと走っていった。
「…ふぅ、雷華さんのあのリポーターにかける熱意は、きっと世界一ね。」
「私も、そう思います。」
ふと、私の背後から少女の声がした。振り向いたその先には、大きなスタジオ用カメラの片づけをしている最中の女の子がいた。
「あら、あなたは…?」
「はじめまして。お姉ちゃんたちの妹の水智(みずち)です。」
そう名乗る水智ちゃんをよく見てみると、確かにあの寿姉妹と顔立ちが似ていた。
「あぁ…あなたの事ね、雷華さんたちの妹さんって。いくつ?」
「お姉ちゃんたちの、1つ下です。」
「それじゃ、高校1年生ね。水智ちゃんの担当は?」
「カメラです。スタジオ用から屋外用、家庭用、一眼レフからインスタントカメラ、照明やマイクを一度に。」
彼女のその仕事の量に、私は耳を疑った。実況の雷華さんと編集の風華さんは知っていたけれど、まさか残りの仕事を彼女が全て引き受けていたとは考えもしなかった。今まで風の便りでしか聞いていなかったけれど、本当に報道通信部は寿さんたち3人だけで運営していたのかと実感し、その仕事振りには頭の下がる思いがした。
「水智ちゃんも大変ね。あんなに活発なお姉さんがいたら、着いていかなきゃならないんだから。」
「そうですけど、あまり度が過ぎた事をしようとすると、無線で大きなお姉ちゃんが怒ってくれるから、意外と安心できます。」
「それはそうかも知れないけれど…。」
あれだけ物腰の柔らかい風華さんが怒る姿なんて、私にはとうてい想像出来なかった。彼女の話に耳を傾けているうちに、
「水智!風華から許可が出たから、早速行くわよ!」
「え?!ちょ、ちょっと待ってよ!まだカメラの用意は出来ていないんだから!」
早くカメラの準備をしなければ、雷華さんなら勝手に外へ飛び出すに違いない。水智ちゃんは急いで端に置かれていた屋外用カメラを肩にかけ、私に軽く挨拶を交わしてから、慌てて外へ飛び出していった。2人が出て行った後、放送室に静寂が訪れた。
「…風華さん、ここはいつもこんな調子なのかしら?」
「今日は少し騒がしいですけれど、大体こんな調子ですよ。」
「お仕事、お疲れ様。」
「これも学園のためですから。」
そう言って軽く微笑む風華さんの姿に、私は彼女たちの放送に対する熱心さを感じ取った。放送は女学院の内部を知らせる有効な手段であり、今日のような日にこそ必要不可欠な情報である事は間違い無い。自らの危険を顧みず飛び込んで行く雷華さんの姿は、まさしく私たちの事を想っての、彼女なりの誠意なのだろう。そう考えると私は、何だか心が軽くなった。
「それでは、私はもう行きます。外ではたくさん私を待っている子がいるので。」
「お気をつけてください。私も放送室に鍵をかけておきますので。」
お互いの無事を祈った後、私は廊下へ出た。春の陽気としては少し熱い外の空気は、私の肌を優しく撫でた。そして中から鍵が掛かる音を聞いて、私は目つきを鋭くさせた。
「さて…早速作業を始めましょう。こうしている間にも、女学院生がたくさん被害にあっているのだから…!」
>>函館
「男子学生が強行突入を開始いたしまして、早20分が経過しました!立ち込める砂埃、吹きすさぶ風、現在に残された竜宮城という地位にあった優盟女学院が、まさに合戦場の名に相応しい様相を呈してきました!私のいる上空からでも、その身を削るような激しさが、送電線のようにバリバリ伝わってきます!果たして女学院生は無事なのか?警備隊はこの暴動を止められるのか?様々な憶測が日本中に飛び交っておりますが、先程貴重な情報が入ってまいりました!優盟女学院に設置されている葉隠機動隊の情報によりますと、少年たちは何故か女性にラブレターを渡しまくり、怪我している者を男女問わず手当てし、その空気は単なる暴動のものとは一線を画しているとの事です!1度もあった事の無い男に『初めてお会いした時から運命を感じました』と言われるのもどうかと思うが、とにかく彼らの目的がハッキリしてきた事は定かです!やはり『青春』とは彼女無くして語れないのか、はたまたただ単にモテたいだけなのか?ただ現在分かっているのは、彼らはまるで飢えに飢えて獲物を探し回る野生の狼の如し嗅覚で、女学院生たちに近寄っているという事実、この事実に尽きません!いや、もしかしたら彼らは突如として舞踏会へ舞い込み、皆で輪舞曲(ロンド)を踊りたがっているのかも知れない!嗚呼少年たちよ、君たちの本当の狙いは何なのか!大体学校の中まで侵入する事に意味があるのか!この常識外れな現象を、封印の解かれたパンドラの箱と呼ばずに、何と呼べば良いのか!今はただ!彼らの行動を最後まで見据え、この成り行きを見届ける他にありません!果たしてパンドラの箱の奥に秘められた『希望』とは、一体何なのか!実況は私、函館伊知郎であります…!」
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