>>良
「…突撃するのは良いが、これはどうしたものか…。」
ついさっき突撃の号令をかけたというのに、これでは俺の面子が立たない。今俺たち男子学生の目の前には、今まで見た事も無いほど大きく、重そうな鋼鉄の扉が、毅然とした態度で居座っていたのだ。
「恐らく俺たちの計画を知って、急遽用意したに違いない。それくらいここの学校は顔が広いからな。」
「それじゃ、中に入れないだろ!何とかならないのか?!」
俺の背後では、予想外の事に苛立つ輩が喚いていた。いつもならそんな彼らを見下している所だが、今日は違った。そのあまりの緊急事態に、俺も苛立っていたからだ。この優に数トンはありそうな鉄の壁を乗り越えるには、破壊か乗り越えるかのどちらかしか手段が無い。前者は、この中にそれだけの力を持った奴或いは心獣がありそうな雰囲気はしないし、後者に至っては途中で周囲を囲まれる可能性が高い。
「くそ!誰か、この壁を破壊できる奴はいないのか?!」
俺は周りに群がる輩に叫んでみたものの、誰も手をあげる者はいなかった。いくら世界中の人間が能力を持つようになったこの世界でさえ、俺のような攻撃的な心獣を持つ者はそもそも多くない。期待するだけ無駄、という事だ。
「くそ!これ以上打つ手は無いのか…?!」
俺が悔しさに震える拳を握り締めた、その瞬間だった。
「おるやん、この門壊せるやつは。」
背後から、関西弁訛りの声が聞こえてきた。振り向いた先には、どこかで1度会った覚えのある男が、フラフラとこっちへやって来た。
「これだけの門壊せるほどタフな男なら、とっくの昔におるやん、なぁ?」
「…どこかで会ったか?」
「おっ?よー覚えとったなぁ!わいや!『神風の』司馬や!ホラ、メロンパン買い漁っとった時、1発で伸びた奴や!」
そう言われた時、俺の記憶の中にこの男の姿が蘇ってきた。
「…あぁ、そういえばそうだったな。でも、そんな奴がこの門を破壊できるとは、到底思えない。」
「そりゃそうや!わいの事やあらへんしな。」
「それなら誰だと言うのだ?これ以上簡潔に言わないようなら、問答無用で殴るぞ。」
俺がその握り締めた右拳を司馬に見せつけながら近付いた時、彼は俺の右手首を掴んだ。
「あんさんや。これだけの門を破壊出来るのは、あんさんしかおらへんわ。」
この男…正気か?俺の心獣『フリー・ユア・ソウル』は、体内に発生した磁力による筋力増強がメインだぞ?いくら力が強いと言っても、あくまでも殴る拳は肉体だ。
「…無理に決まっている。俺は肉弾戦専門であって、鉄を破壊する程のパワー馬鹿ではない。」
「誰もあの壁を貫通させろとは言うとらへんがな。要するにあの壁をぶっ飛ばせばえぇ話やろ?」
「そりゃ口で言うのは簡単だが――」
「ほな、行くで。」
彼の言葉と同時に、俺たちの目の前に1台のモンスターバイクが現れた。その重々しいフォルムと重圧に、周囲の輩は圧倒されていた。
「わいは女の子を1番に乗せるタイプや無いねん、遠慮無く乗ってや。」
彼の言葉の意味は、当事者である俺が最も理解していた。
「…大体検討はつく。これに乗って一気に加速し、同時に俺があの鉄の門を殴り、吹き飛ばそうって手口だろ。」
「そうや!それしかあらへんやろ?」
もしこれが失敗した時、俺の体に襲い掛かる衝撃は一体どれくらいのものになるのか、皆目検討もつかなかった。しかし、これ以外の手があるかと言えば、答えは『ノー』だった。
「…なるほど。全ては俺に委ねた、という事か…。」
フフ…先程覚悟を決めたと言うのに、どうやら本気になれていなかったのは、俺だったみたいだな…。俺は、先程までの苛立ちが嘘のように消えていくのを感じた。
「…司馬と言ったな?」
「ん、何や?」
「少しでも減速したら、死ぬまでお前を追い詰める。」
「おー怖!さすがは噂の鬼さんやな。」
俺はすぐにバイクの後部座席に乗り込み、彼の背中に手を置いた。それと同時に司馬はエンジンを一気に吹かし、すぐに発進させた。
「たっぷり助走つけるさかい、全力で殴りや!」
「分かっている。」
話が終わるか終わらないかの時、既にバイクは正門から数百メートル離れた場所まで移動していた。遠くに見える女学院の正門に聳え立つ黒の壁は、もはや小さなゴマ粒にしか見えなかった。
「行くで!!」
1度もバイクを止める事も無く、司馬は進路を正門へと向けた。普段感じられない重圧が外側に働くのを感じながら、俺はバイクの上で体勢を整えた。彼が数回エンジンを吹かせた瞬間、俺たちの体はあっという間に最高速度に達した。
「ひゃっほぉぉ!!やっぱバイクはこーあるべきやぁ!!」
粒ほどにしか見えなかった黒い塊は、だんだんとその元の大きさを取り戻していく。俺は平常心を保たせながら、その壁を見つめたまま、右手に力を集中させた。
「『フリー・ユア・ソウル』、今出せる全ての力を、俺に分けてくれ。」
そう呟く俺の右手は、今まで見た事が無いほどの光を纏い、一気に輝きだした。それと同時に体に疲れが溜まった気がした。
「鬼さん!もう壁は目の前や!ぶちかますんやでぇ!!」
衝突まであと1秒も無い、誰もがそう思った刹那、俺は両足に力を込めてバイクの上に立ち上がり、そして渾身のパンチを黒の塊に叩き込んだ。
耳障りなほど周囲に響く音を聞きながら、俺たちの体は、コンクリートの上に投げ飛ばされた。それと同時に目の前では、鉄の塊にぶつかって倒れだす警備員たちの怯えた表情が目に入ってきた。そして彼らが苦しみもがく声よりも、背後から漏れてきた若者の歓喜の声の方が、より俺の鼓膜を刺激した。
「流石はわいが見込んだ鬼さんやな…門自体は壊しとらんけれど、それを支えていた部品は木っ端微塵や!」
そう言って司馬が俺に見せた直径数センチのネジは、いくつもの鉄の破片に変わり果てていた。
「ホラ、早よ立たんかい。」
差し出された手を握りながら、俺は立ち上がった。周囲を見渡せばそこでは、学生と警備員が激しい暴動を繰り広げていた。
「成功したみたいだな。このお礼は今度させてもらう。」
「んなもんいらんわ。それよりも、本当にあの門を破壊するなんて、よっぽどこの学校に思い入れでもあるんやな。」
そう言って俺の顔色を見てくる司馬は、何か先程よりも子供っぽく見えた。ニヤニヤとしたその表情はまるで、何か俺の心を見透かしているような気がした。
「…別に、無い。」
「ま!そこまではわいも深入りせーへんから、安心しぃや!」
司馬は再びあのモンスターバイクを出現させると、慣れた動きでそれに跨った。
「ほな鬼さん、わいはもう行くし!怪我だけはせーへんようにな!」
彼はそれだけ言い残した後、俺に何か言わせる隙さえ与えず、女学院のどこかへ去っていってしまった。あまりに唐突な別れ方にしばらく俺は呆けていたが、周囲の音が俺を呼び覚ました。ここでボーっとしている訳にはいかない。俺は先に進まなくては…!
「これ以上は進ませません!!」
瞬間俺の視界に、1人の女性が映りこんできた。
「お前は『マネキンの』茜。」
「主犯はやっぱりあなたでしたか!ここ最近の事件も、全てあなたが仕組んだ計画的犯行!それを見逃す訳にはいきません!!」
「…退け。俺はこの向こうに用がある。」
「私はあなたに用があります!大人しくしなければ、武力行使します!」
彼女がそう叫んだ瞬間、俺の周囲360度を、あのマネキンたちが取り囲んだ。
「『チョコレート・ファクトリー』!彼を取り押さえなさい!」
命令通り、マネキンたちは俺に襲い掛かってきた。彼らは周囲から不規則に俺に飛び掛り、俺を地面に押し倒そうとしてきたのだ。
「ちっ!」
俺はまず目の前の1匹を裏拳で殴りつけた。その背後を狙ってきた1匹には背面キック、その隙を狙ってきた1匹には肘打ち、そこから流れるようにアッパーで3匹を同時に吹き飛ばした。俺に殴られたマネキンたちは前回と同じように、ガラガラと音を立てながら瓦礫へと変化していった。
「退け!俺はお前に興味が無い!」
「そういう訳にはいきません!葉隠機動隊隊長の名に於いて、私はあなたを全力で倒します!」
怒涛の連続攻撃に段々ついていけなくなっていき、俺が左ストレートを空振りした瞬間、1匹に足を掴まれた。初めから俺の死角が狙われていたらしい。しまったと思った時にはもう遅かった。さらに数匹が俺の体にしがみ付き、俺は体の自由が利かなくなった。
「軋め!嘶け!『チョコレート・ファクトリー』!!」
そして俺の数少ない視界から、俺に向かって突進する数体のマネキンを確認し、俺が少し諦めた瞬間だった。その数体のマネキンが、遠くから飛んできた何かと衝突・貫通し、一気に崩れ落ちたのだ。その流れ弾にでも当たったのか、俺の体を締め付けていた数体のマネキンも力を失い、俺は左手の自由を取り戻した。問答無用で俺はさらに3体を殴り飛ばし、一気に茜から間合いを取った。そして俺と茜の視線の先には、1人の男の姿があった。
「良…何をやってんだ、あぁ?以前この俺様をボロクソにしておいて、何が『鬼神』だ、全く…!」
そこにいたのは紛れも無く、金髪の坊主頭、王手だった。
「…助けて貰ったつもりは無い。」
「…当たり前だろが。本当はお前を殺すつもりで打ったんだからな。」
王手は棘のある口調で俺と会話しながら、俺の元へとやって来た。この状況に戸惑っていた茜だったが、やがて正気を取り戻し、威嚇のこもった声で叫んだ。
「誰ですか?!場合によっては、あなたも補導します!」
「おぅ、やってみろや。」
意外にも王手は、彼女を挑発した。唇を噛み締める彼女に王手は、さらに言葉を続けた。
「こいつはちょいと用があるんでな…しばらく俺が代わりに相手してやる。」
「…王手…お前…。」
「良、行け。俺はお前が嫌いなんだ。お前がこんな所にいたら、俺はきっとお前を殺す。」
「…その時はその時で、返り討ちにしてやる。」
「…チッ!さっさと行け。」
俺は何も礼など言わず、黙って校舎の方へと走っていった。
「ま、待ちなさい!!」
「おっと、そこまでだ!」
王手は得意の火の玉を、俺を追いかけようとした茜の足元に打ち込んだ。
「俺の火の玉はな、瓦礫なんて相手にならないんだ。何体重なって防御しようとしても、防ぎきれるもんじゃ無ぇ。俺はあんたを知らないが、俺の久し振りの勝利の相手になってくれねーか?」
そう言ってニヤリと笑う王手の姿は、今の俺にとって頼もしい存在だった。俺は後ろを振り返る事も無く、全速力で校舎の中へと駆けていった。
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