>>函館
「上空の映像が見えますでしょうか?ここは京都と大阪の県境、人々の記憶の片隅に眠る最後の聖地・星観町で、凄まじい事が行われようとしています!それは因縁の対決か、はたまた神が創りだした宿命か?事の始まりは、落ちこぼれたちの夢の島・スターライト高校と、日本のお嬢様天国・優盟女学院がここまで隣接した地区に存在する事から始まっていた!創立以来目立った事件の無かった両校に、今日、新たな革命が行われようとしています!匿名の情報で明らかになった新事実、何と、何とスターライト高校の生徒たちが奮起して、有名女学院に乗り込むという話ではないか!嗚呼少年たちよ、君たちは一体私たちに何を訴えたいのか!その姿はまるで獲物を蒸し焼きにして殺さんとする蜜蜂のよう!それほどまで溜められたフラストレーションを、如何にして放つのか?もしこの警備員の壁をかいくぐった時、そこで一体何が起こってしまうのか、ただ1つ言える事は、それは全て神のみぞ知るという事実、これに尽きるのです!一体何人の少年たちが集まってきているのか、その数を探ろうと現在『野鳥とかの会』が集結し、今も親指をカチカチ動かしています!そう言えば今年の『黒白歌合戦』から呼ばれなくなった『野鳥とかの会』、さぞかし待っていたのでしょう、その親指の速度はもはや8ビートのリズムを奏で、私たちに流れる原始の血を呼び覚ましていきます!一体この興奮を止めるのは誰だ?誰だ?それすら解放せんとばかりに、まだまだ少年たちはやって来る!戦いの火蓋が切られるのはもうすぐだ!自己紹介が遅れました!私、ヘリに乗りまして上空から実況を行います、函館伊知郎であります…!」
>>水鏡
「おい、一体誰がテレビを呼んだ?」
9時10分前付近で、良君は僕に声をかけてきた。
「知らないよ。そりゃこれだけ人が集まるくらいだから、テレビの1つくらい来てもおかしくないんじゃないの?」
「なるほど…いよいよ覚悟を決めるか。」
そう『覚悟』を口にする良君の顔は、何故か活き活きしていた。僕は心配になった。
「良君、1つだけ約束してよ。」
「何だ?」
まさか僕からそんな事を言われるとは思っていなかったらしく、良君は急に真顔になった。周囲ではこれから起こる大イベントにはしゃぐ同世代付近の少年たちが集まり、楽しそうな笑みを浮かべていた。僕はそれでも真剣な顔つきを続けたまま小さく、それでも彼に聞こえるよう言い放った。
「…絶対、ヘマなんかしないでね。」
「…水鏡もな。」
僕らは堅く握手を交わした後、良君はどこかへ行ってしまった。心配だけど、ここからは良君を信じるしか無い。しばらく立ちすくんでいた時、どことなく声が聞こえてきた。
「おぉい、水鏡ぃ!」
「あ、シンゴ君。」
群集をかき分け、息を切らしながら僕の目の前に現れたのは、シンゴ君だった。
「これ、シンディから。」
そう言って彼が差し出したのは、直径数センチのプラスチック片だった。
「これは?」
「少し離れた場所に本部があるのは、昨日の打ち合わせで知っているだろ?そこに入ってきた情報は全て、この小型無線機に流れるんだってよ!」
「これが、ねぇ…。」
…ありがたいんだけど、僕、突入する気が無いんだよなぁ…。
「そんじゃ、俺はこれで!」
「あ、ちょっと待ってよ!」
僕の制止に耳など貸さず、シンゴ君もどこかへ走り去ってしまった。
「…どうしよう…本部に戻ろうかな…。」
本部には機械担当・北岡先輩がいるって言っていたから、心配だ。やっぱり僕がいた方が、やってきた情報を確実に流せると思う。僕は本部の方へと足を向けた。
「お、この間の生徒やんけ。」
瞬間、どこかで聞いた事のある声が聞こえてきた。ゆっくり振り返るとそこに、あの関西弁の少年が立っていた。
「あ、君は…。」
「ども!平成の桃太郎侍、司馬平志(しばへいじ)や!」
以前会った時と同じ、学生服姿のままの彼は、僕の姿をまじまじと見つめた。
「そや、君、良の知り合いやんな?今どこにおるか知らへんか?」
「さっきどっかへ行ったけど、そこまで遠くにはいないと思いますよ。」
「ほんまか!ありがとさん!」
礼を言うなりどこかへ消えていった彼だが、そういえば例のバイクが見当たらない。いくら隣とは言っても、徒歩では微妙に遠い距離なのに…?僕が少し考え事をした時、不意に良君の声が聞こえてきた。
『よく集まった。俺は良。一応今回の参謀だ。』
スピーカーを使っているらしく、彼の声は遠く離れた僕の元にも届いてきた。これだけ人が集まっていると言うのに誰1人喋るのを止めた事も、原因かも知れないけれど。
『ここ最近の話だ。何もしていないのに女学院の警備は固められ、その結果俺の学校からたくさんの怪我人が出た。これだけで俺が、いや俺たちがどれだけ怒っているか、それを知らしめるのが理由の1つ。そして彼女がいない人生にピリオドを打つのが2つ目。』
「良君…2つ目が本音でしょ?」
『彼女がいないなら俺たちの手で作ればいい!作るには場所がいる!環境がいる!そう、この女学院こそ、男女の出会いの場に他ならない!コクれ!そして未来を手に入れろ!女に優しくなれる男は、確実にモテる!』
何故か歓声がどっと沸く。皆、何しに来たんだか(汗)。
『あと1分で9時になるが、お前らに1つだけ言っておく!』
シンと静まる少年たちに威厳に満ち溢れた声で良君は、たった一言だけ呟いた。
『ポン酢、大好き!』
これ以上ないと言うくらいの叫び声が、女学院を取り囲むように並んだ少年たちから発せられた。もうこれはただの告白大会じゃない。戦争だ!
『ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢!ポン酢…!』
この閑静な町の中で、異様な熱気を見せる少年たちが、良君の拍子に合わせてポン酢コールを繰り返す。
『9時だ!行くぞ兄弟!』
『ポン酢ぅー!!』
そして僕が最も恐れていた地獄絵図が、僕の目の前で誕生した。数え切れない程の学生たちが一丸となり、女学院の校舎に向かって全方位から突入を開始したのだ。既に情報は流れていたらしく、既にたくさん集められた警備員たちと激しい衝突を繰り返しながら、少年たちは『ポン酢』を叫んでいた。
「私は味のある方が好きだがな。」
「し、篠塚先輩っ?」
何故か口元に笑みを浮かべる先輩の姿は、とても普段の勤勉な先輩を連想させなかった。
「水鏡はどうするつもりだ?」
「僕は本部に戻ります。北岡先輩が寝ているかも知れませんので。」
「そうか。それでは頼んだぞ!」
そう叫ぶなり先輩は僕の心配をよそに、一気に門へと走り去っていった。
もちろん本部では、北岡先輩が1人、呑気にいびきをたてて寝ていた。
「…わー楽しそう…。」
完全な無表情で、棒読みでそう呟いただけで、僕は何だか頭が痛くなってきた。目の前に積まれた何台ものテレビは、様々なチャンネルのテレビを映していて、この惨状を事細かに放送していた。
「そもそも篠塚先輩って、北岡先輩の付き添いで参加したのに、何で本人を放っているんだろう?」
これまで僕が生きてきた中で最も大きなため息が、この突貫の本部に響き渡った。
>>命
「うわぁ…見て見て!本当に制服が白と黒だよ?全部だよ?」
窓から学生がやって来る様子を見ながら、智尋は興奮していた。
「そう言えば智尋は、ずっとここにいるのよね?そりゃ全然知らないのも頷けるわ。」
その隣で楽しそうに事態を楽しむ渓は、何度も首を縦に振っていた。
「渓、私もずっとここにいるんだけど――」
「わ、わ!凄い!警備員さんがたくさん!」
紺の制服を着た警備員が、次々とやって来る男子を相手に奮闘している。それにしても、何て地味な色合いなのかしら。
「本当、どうして男子ってのはこんなにガキなのかしらねぇ。いつだってそう。あたしたち女子に一度も大人っぽさで勝った試しが無いんだから。」
「話では言われるけれど、本当にそうなの?」
私も女ばかりの環境にしかいないため、そういった基本的な事を知らない。私の素朴な疑問に、渓は興奮気味に答えた。
「そうよ!ガキみたいに殴り合いばっかり繰り返して、ケンカしたのかなって思ったら、いつの間にか一緒に遊んでいたり!あたしが子供の頃だけど、晃平が棒振り回していて危なかったから、心獣でちょっと脅かしたのよ。そしたらすぐに泣きわめいちゃって!すぐに謝ったらまたイタズラばっかり繰り返して、反省の色が見られないのよ!全く、子供に子供って言われちゃ、終わりよね!」
どんどんヒートアップする彼女の話を聞いて、私は静かに笑った。
「フフ…惚気はそれ位にしなさい。」
「の、惚気なんかじゃないわよ!誰があんなヤツ彼氏にするのよ!」
顔を真っ赤にしてまでムキになる彼女を見ているうち、私はそれが羨ましく思った。私にはそんな男の子との思い出は、何一つ無い…。
「そう言えば、どうして授業始まらないんだろうね?」
「智尋…あんた、この状況で授業が出来ると思う?」
「確かに。道理で皆、廊下に出て遊んでいると思ったー。」
「それはそれで、問題があると思うんだけどな(汗)。」
おしゃべりをする2人を放っておいて、私は思わず窓の外を眺めていた。入り乱れる黒と白の動きは、その時の私の目を程よく刺激させた。そして誰かに聞いてもらう訳でも無く、1人静かに呟いた。
「ここまでいらっしゃい。私が代表して挨拶してあげるわ。」
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