>>シンゴ
結局俺が家に帰られたのは、夜も8時を過ぎた頃だった。学校中の生徒に声をかけまくったのは良いんだが、何せ上級生にも話しかけなきゃならねーから、8度くらい殴られかけた。12回殴られたけど(泣)。
「痛ぇ…左の頬が痛むぜ…何で皆、同じ場所ばっかり殴るんだよ…顔ばっかり歪むぜ、チクショー。」
足取り悪く帰宅した俺を待っていたのは、予想通り、かんかんに怒った遥だった。
「お〜兄〜ちゃ〜ん〜…。」
「悪ぃ。」
「今何時だと思っているの〜…?」
「悪ぃ。」
「『悪ぃ』以外も喋りなさい!!」
遥の弱々しいビンタも、やはり俺の左頬だった。…歪んだな、俺の顔。
「…あれ?お兄ちゃん、何でボロボロなの?」
「俺がボロボロなのと、俺が遅かった事に、ある1つの重大な現実が隠れていると、俺が言ったら?」
「…とりあえず、ご飯食べようよ。私、何も食べずに待っていたんだから。」
「全く…遅いときは何か食えよ。」
そう文句は言うものの、決して遥の親切がイヤな訳では無いのが、俺の本音だ。俺は夕食を腹に入れながら、今日の俺の仕事を遥に全て話した。
「それじゃ明日は、お兄ちゃんの学校の人がたくさん来るの?」
「かも知れねぇし、誰も来ないかも知れねぇ。そればっかりは予測不可能ってヤツだな。ま、俺たち5人は必ずやって来るけどよ!」
話をしている時の遥の顔は、何を考えているのか全く分からないほど、複雑だった。
「う〜ん…私は楽しみだけど、学校の皆が無事でいられるか…心配だなぁ…。」
「お、揺れる乙女心。」
「こんな事で乙女心は揺れません。」
ま、こんなツッコミが出来るぐれーだから、大丈夫だろ。
「遥、心配すんなって!あの良が俺たちの指揮を取るんだぞ?少なくとも血は見なくても済むって!」
「あのねぇ、私はもっと根本的な事を心配しているの!どう下手に転がっても、良さんは補導されるじゃない。もっと友達の事も心配しようよ。」
『ホドウ』って言葉の意味は分からないが、とにかくヤバイらしい。俺は全く根拠の無い自信たっぷりに、遥に言ってやった。
「遥、仮にも良だぞ?心配するほうが損ってもんだ。もっと友の事を信頼してやろうじゃねーか!カッカッカ…!」
大きく笑ってみせる俺に対して、遥は何か意味深な表情で首を横に振るだけだった。


「それじゃ、私は帰るね。」
食器の片づけまでしてくれた遥がそう言ったのは、既に夜9時を過ぎた頃だった。
「おい、こんな時間に帰るのか?何なら泊まっていけよ。」
「私は明日、普通の授業を受ける予定だから。」
「いや、それもそーだけどよ…この季節はB−1も激しいから、可愛い妹をそんな危険なトコに巻き込まれて欲しくないわけよ、兄としては。」
そう、特にこの季節が1番危ない。決勝のために何としてでも勝ち残ろうと考える悪い奴がいるからな。
「この間のお兄ちゃんみたいに?」
「それは言うなって。」
「大丈夫。ちゃんと安全に帰るんだから。お兄ちゃんも、明日は特別だからって、夜更かししちゃ駄目だからね。」
そう言いながら遥は靴を履きだした。…そう言えば遥がどうやって家まで帰っているのか、1度も見た事が無いな…。
「おい遥。お前、いつもどうやって帰ってんだ?いつも俺を家に入れたまま、忽然と姿を消しているだろ。」
「そうかな?」
「そーなんだよ。と言うわけで、今日こそはお前が帰る瞬間を見届けてやる。」
俺は腹をくくった。絶対に見てやる。死んでも見てやる。
「…別に、普通だよ?」
「…。」
「そんなにカッカしても、普通すぎてテンション下がるよ?」
「…。」
「普通の帰宅を、そんなに見たいの?」
「ゴメンなさい(泣)。」
負けた。結局いつも通りだ。
「それじゃお兄ちゃん、明日は頑張ってね〜!」
「おう、気をつけろよ。」
「もし彼氏が出来たら、真っ先にお兄ちゃんに報告するね〜。」
そう言い残して遥は、俺の家の扉を閉めた。
「ちょっと待てぇ!!彼氏ってお前、あんな学校からは――!!」
俺はたまらず飛び出した。あんな学校の彼氏なんぞ、それだけは絶対認めないぞ!そう言うつもりで俺は慌てて外へ出た。ただの兄妹のやり取りのつもりだった。だが――
「……やっぱり…。」
そこには遥はおろか、人の姿さえいなかった。俺は一切の人の足音を聞いていない。だから遥はまだ玄関先にいると思っていた。なのに、誰もいない。
「むむむ…一体あいつは、どうやって家に帰っているんだ…?」
まさか、あいつの心獣か?しかし、どうやって?
「謎は深まるばかりじゃねーか、チクショー!」
玄関の外で無意味に叫んでも、意味が無い。俺は諦めて家の中へ戻り、明日の決戦のため、作りかけだったプラモを夜通し組み立てる事にするのだった。




>>シンディ
さっき時計を見た時点では、すでに夜の9時を過ぎた頃だった。私は半ば急ぎ足で校舎を駆け回り、目的地である高校の図書室の扉を開けた。
「拓弥ぃ!!起きているかぁ!?」
「……起きてるよぉ…。」
「いや、信じられん!」
そんな眠そうな声で言われて納得する者が、どこに存在すると言うだろうか。私は図書室の机に座って細かな作業を続ける2人の男の元へ駆け寄ると、腕に抱えていたたくさんの電化製品を机の上に並べた。
「言われたとおり、近所の川原に落ちていた廃品を集めてきたぞ。これで良いか?」
「十分十分。これで終了だよ、お疲れ様ぁ〜。」
「篠塚先輩は少し休んでいてください。あとは僕たちがやりますから。」
拓弥の紹介でやって来たこの後輩に言われるがまま、私は適当なイスに座った。2人とも真剣な顔つきで…いや、拓弥は精気の抜けた顔つきで、机の上に並べられた部品をいじっていた。
「それにしても、君が『工作室の天災』か。何度か廊下ですれ違った事はあるな。」
「僕もです。まさか北岡先輩に、こんな博識な友人がいたなんて、知りませんでした。」
「私は頭脳担当、拓弥が機械担当だ。気にせず作業を続けてくれ。」
それにしてもこの2人、どうしてこれ程までに細かな作業が出来るのだろうか。直径わずか数センチのプラスチックの中に、『これでもか』と言わんばかりに部品が詰め込まれている。ここまでくると流石の私でも、中の構造は把握出来ない。
「それにしても篠塚先輩も、凄い事考えますね。」
「まぁな。数人分なら何とかなるかも知れないと思っただけだ。あくまでも私は拓弥の付き添いだからな。突入すると豪語した良たちには悪いが、私は捕まりたくないのだ。」
「その罪滅ぼしに彼らの分も作るのですから、嫌な顔はしないと思います。しかし…学生の暴動に小型無線機なんて、これは誰も考えませんよね。」
私の指示で彼らに作らせているものは、ポケットに入れても全く目立たない小型無線機だ。私の考えでは、集合場所から少し離れた場所に本部を設置し、どんな小さな情報でもリアルタイムに流し続けるこの無線機があれば、少しは動きやすくなるに違いない。
「それにしてもコレ、本当は犯罪なんですよ?勝手に無線電波を使用するなんて、無線法違反ですよ…。」
「大丈夫、君は悪なんだからぁ。ね?」
なだめるように拓弥はそう言った。私には意味の分からないなだめ方だったが、2人だけに通じる何かがあるのだろう。それきり青葉は黙ったまま作業を続けた。
「今の世の中、情報社会じゃからのう。」
出来上がった無線機4機のうちの1つを手に取り、まじまじと見つめながら校長はそう呟いた。
「少しでも情報を手にした者から成り上がっていく社会など、わしらの時代には無かった。そういう意味ではこの作戦、新しい世代の革命なのかも知れんのぅ。」
「少し大げさな気はしますが、確かにそうかも知れませんね。」
「いやはや、楽しみで夜も眠れんわい。」
確かに今回の作戦は、深く探せば不安因子はたくさんある。しかし、今まで以上に大きな何かを手にしようとしているようにも思え、期待感を膨らませている私も確かに存在する。誰もいない夜中の図書室に男4人、明日の成功を祈るのであった。


「校長っ?!」
ほぼ同じタイミングで、私と青葉はイスから飛び上がった。拓弥の側に立っている男はまさしく、スターライト高校校長その人だった。
「こ、こ、こ、校長がなぜここに?!」
「あ、青葉、落ち着け!校長じゃなくて理事長だ!!」
「これこれ、2人とも落ち着きなさい。」
今私の目の前で、有り得ない光景が広がっていた。無線法を違反する男、それを指示した男、それを素知らぬ顔で立っている校長、そしてそれを素知らぬ顔で作業を続ける男…。一体何が起こったと言うのだろうか?
「落ち着かない君たちに、わしから分かりやすく説明してやろう。わしは北岡君の頼みを聞き、君たちに夜遅くまで図書室を使えるようにしておいた。」
「あ、だから僕たち、9時を過ぎても怒られないんですね。」
青葉は納得したが、普通それは納得の行く話では無い。この校長は私たちの計画を黙認すると言うつもりなのだろうか?
「作戦の指揮は流君かな?」
私は何も言わず、ゆっくりと首を縦に降った。
「恐らく彼にとって、最後の作戦となるじゃろう。何度も作戦を計画し、何度も失敗を繰り返す…そんな彼の成長を見届けるのも、わしの務め。」
「それでは校長、私たちの計画を知って知らぬフリをすると言うのですか?」
「ただし、わしに出来るのはそれだけじゃ。補導されてもわしは一切助けるつもりは無いし、もちろんわしが正直な話をする事も無い。その覚悟で望む事じゃな。」
そう言い放った校長の目は、真剣そのものであった。以前から変わった人だとは思っていたが、ただ変わっているだけでは無いらしい。何事にもしっかり出来るからこそ出来た茶目っ気さに、私は深く興味を惹かれた。一体この校長は何者だろうか…?
「全く、本当に楽しみで夜も眠れんわい…こりゃ孫に子守唄を歌ってもらう必要があるのぅ…。」
今までの空気を全て吹き飛ばしかねない程の冗談を言い残して、校長はゆっくりと図書室を出て行った。
「校長先生って…和服だったのですね。あまり見た事無いので、ちっとも気が付きませんでした…。」
そう1人呟く青葉の姿は、その時の私にとって、何故か印象深く残ったのだった。




>>秋雨
「もしもし、おぉそうじゃ。おじいちゃんじゃよ。まだ寝ておらんのか。今日は早く布団に入りなさい。ちょっとおばあちゃんに代わってくれるかのぉ?よしよし……。」
しばらくすると、電話の相手が変わった。わしは少しだけ高くなっていた口調を低くし、話を続けた。
「わしじゃ。…そう、明日じゃ。至急連絡しておいてくれないかのぉ?…そうじゃな、全ての警備隊に連絡すれば良いと思うがな。…え、警察?もちろん何も伝えるで無い。わしは警察が苦手なんじゃ。…そう、生徒たちが帰るまで残っておくわい。…それじゃ、頼んだ。」
ついでに孫を寝かしつける事も頼んで、わしは電話を切った。今晩は徹夜に違いないじゃろう、ちゃっかり学校のお金で店屋物を頼む事も忘れなかった。
「あぁ、都飯店ですかな?まだ出前はしておるかね?…そうですか。それではラーメンを…そうじゃな、4つ。…はい。私立スターライト高校ですじゃ。…はい、それでは。」

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