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とても梅雨の昼下がりとは思えない程の快晴の中、俺とシンゴはいつも通り、屋上で優雅なランチタイムを過ごしていた。
「ここで昼食を食べ続けて、もう1年位か…。相も変わらず、不良が多いこの場所でな…。」
「まったくだぜ!せっかく俺たちが見つけたと思ったのに、よくもまぁ抜け抜けと!人の縄張りに入ってこられるもんだな!」
「…いや、俺たちが人の縄張りに入って来たのだがな(汗)。」
教師たちの目が十分行き届かないこの屋上は、格好の溜まり場となっている。この学校の命知らずや真正バカたちが集まるこの場所は、中途半端なワルには入れない神聖なる聖地であるという事実によりここは、不良の格付けと呼ぶにふさわしい。さすがにケンカは誰もしないが、各々自分たちの場所が暗黙の了解で決められており、互いに干渉しあう事は滅多に無い。尤も俺はそういった非干渉主義だから、極めて性分に合っている。だから他の奴らに何が起きていようが、俺は何も問題無い。しかし…
「今日は、どうして俺たちしかいないんだ?」
この状況はさすがに異常と言えよう。この屋上にいるのは、俺とシンゴ、2人だけなのである。普段は最低20人ほどが過ごすこの空間にこれだけとは、逆に気になって仕方が無い。
「だーかーらー!いいじゃねーか、そんな事!普段はあいつらのせいで悪口一つ言えやしないんだ。今日くらいは俺へのご褒美って事にしておいて、とっとと昼飯食ってゲームするぞ。」
シンゴの思考回路は単純で、簡単に言えばバカなのだが、たまにそのバカさ加減が羨ましくなる。そしてシンゴ如きにそう思ってしまった自分が疎ましくなる。このままジッとしていても暗くなるだけだ、早くこの右手に握られたメロンパンを食べきってしまおう、そう思って俺がパンにかじりついた時だった。
「た、た、た、大変大変!!」
屋上へ通じるドアが大げさな音と共に開かれたと思うと、今度は慌て顔の水鏡が走り寄ってきた。
「あぁ!ぼ、僕ら以外全滅じゃないかぁ!!」
「落ち着け、水鏡。何があった?お前を虐める輩が出たのか?それなら俺が代表して、そいつらをキュッと締めて――」
「違う、違う!良君、落ち着いてぇー!!」
どっちがだ(汗)。
「た、た、大変だよ!」
「見れば分かる。」
「まーまー水鏡、ひとまず落ち着こうぜ。」
シンゴにまで言われるとは、水鏡も終わったな。…そうでは無い。それほどあいつが取り乱すとは、余程深刻な話と言う事だ。水鏡は確かに慌てやすい性格だが、我を忘れるなんていうヘマはしないからな。
「時に水鏡、お前の混乱と他の奴らがここに来ていない事に何かつながりがあるようだが、それは何だ?」
「さ、さすが良君!そうなんだよ!ここの皆、全員いないんだよね!?」
「ここどころか、今朝から1人たりともすれ違わなかった。」
立ち話もあれなので俺は、余った左手で水鏡をコンクリートで固められた屋上の床に座らせた。
「簡単に言うね?!次は僕らで危ないよ!」
「悪いが水鏡、簡単すぎて分からない。複雑に言え。」
俺の注意に、水鏡は深く息を吸い込んだ。そして一気に喋りだした。
「話は昨日の夜に遡るんだけど、この屋上に屯っている人たちって、夜遅くまで遊んでいたりするでしょ?あるグループはゲーセンに、あるグループは高速道路のふもとに、あるグループは近くの廃屋に…って感じで、とにかくバラバラで遊んでいたらしいんだ。そしたら奇妙な男1人がやって来て、コテンパンにやっつけたらしいんだ!どう奇妙かって言うとね、黒いサングラスをかけたハゲ頭の年齢不詳の男で、一見するとどこかの組織にでも入っていそうな風潮だったって話もあるんだけど、とにかく僕らを除いた強豪の不良グループがたった一晩で、たった1人の男にやられたって話なんだよ!」
水鏡は大げさな身振り手振りで、その状況をまるで見てきたかのように説明した。その情報源が一体どこからなのかは一切分からなかったが、とにかくそういう事件が起こっていたらしい。
「そうそう、いっその事全て話してしまった方が、会話が進む事もある。」
俺は分かったが、シンゴは分かっていないらしく、頭を抱えて唸っている。しばらくこいつは喋られないだろう。
「(しかし…。)」
これほど取り乱しておきながら、そんな内容かと思うと、俺は脱力した。また元通り昼食に戻ろうとすると、水鏡は少し怒った口調で俺に抗議した。
「…良君!どうしてそんなに落ち着いていられるのさ!」
「『どうして』と言われても…そんな事、そいつがやって来た時に迎撃するだけだ。他の奴らの事など知った事では無いし、俺に出来るのはそれだけだしな。」
「違うよ!君は襲われやしないよ!昨日の事件は真夜中に騒いでいたから怒られただけで、そういう事を一切しない僕らは関係無いんだよ!」
「意味の分からない話をするな。それだけこの事件に関係無い俺たちが、何故そいつらの事件に関与すると言うのだ?そもそもその男は誰だ?」
その時の俺は、少し腹を立てていたと思う。そんな俺らしくない行動を修正するかのように水鏡は、今日一番冷静で重々しい口調で、この事件の重要な事実を知る事となった。
「…フリーの傭兵を肩書きに持つ、五十嵐という男だよ。優盟女学院の警備が整うまでの間、特にスターライト生の行動を監視・修正する仕事に就いたらしい。」
刹那俺の背中に、ゾッとするほどの寒気が走った。正直な話、俺はその五十嵐と言う男は知らない。しかしその男の名が水鏡の口から出た瞬間、俺の体に眠るレーダーらしきものが、俺だけに分かる形で危機を知らせてきた。
「おい、傭兵って事はよぉ、ボディーガードみてーなものか?」
俺の身に起こった現象など露知らず、シンゴは呑気に尋ねてきた。
「そうだよ。『傭兵』って言うのは、自分の心獣を売りに用心棒として雇ってもらう人の事で、こういう人はいつもB−1に出場したりしているから、心獣使いとしても優秀なんだって!」
何度も言うようだが、俺はその男を知らない。でも、俺には分かる。その男は只者では無い。
「…いよいよ俺たちも、腹をくくる覚悟をする必要があるな…。」
そう呟きながら俺は、空を眺めた。この快晴も、これから崩れだすかも知れない。崩れたら最後、次に眺める太陽は7月生まれに違いない。
「『今』しか無い、か――ククク、17年生きてきて、これほど時間に追われた事も無いな…。」
事態は非常に深刻だった。もはや俺たちに猶予は無い。俺は友人に向けるものとはとても思えないほど鋭い目つきで、水鏡に向けて言い放った。
「水鏡、お前はシンディたちを呼んで図書室に集合する係だ!」
「…え…良君、何をする気なの…?」
「決まっている、女学院正面突破作戦の慣行だ!もはや俺たちに一切の猶予は無い!突入時間は明日午前9時!作戦に関して何か修正があれば、至急携帯で俺に伝えろ!メールは使用するな!きっちり電話で話してもらう!」
有無を言わさず言いのけた後、次は呆けているシンゴに顔を向けた。
「シンゴ、お前は学園中の生徒に連絡する係を任せる!連絡内容は『明日朝9時に優盟女学院へ正面突破、集合時間は8時半、場所は女学院正門前、遅れた者は子々孫々半殺し、目的は自由、ただし犯罪は許さない!尚この連絡は一切変更しない!流良より!』」
「お、おぅ!!」
シンゴは席を切ったように飛び出し、校舎へと戻って行った。これで下準備は終わった。後は俺の覚悟次第だ。
「あの、良君?」
「水鏡、何をボーっとしている。早くシンディの所へ行け。」
「いや、今の話で、どうしても気になる事があって…。」
水鏡は申し訳無さそうで、且つハッキリとした口調で俺に喋りかけてきた。
「誰が来るか分からないのに『遅れた者は』って、どういう事?」
さすが水鏡だ、と俺は頭の片隅で思いながら、口元に笑みを浮かべながら答えた。
「そう言っておけば、メンバーがたくさん集まると思った、ただそれだけだ。」
「さすが。」
水鏡は一言そう呟くと、何故か鼻唄を歌いながら走っていった。


水鏡が一体何を思い、そう言ったのか、俺には理解できなかった。

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