>>黒須
僕は悪者です。ネット界でも物議を醸しています。現実世界では真人間の仮面を被った確信犯と言えるでしょう。僕は悪者です。だから誰にも近寄りません。ただ1人を除いて…。


「あの、何か用ですか?」
「うるせぇな、黙ってついて来い!」
そんな事言ったって、とうとう学校から出てしまったのに説明無しなんて、そうそう黙っていられるはずが無いじゃないですか。さっきからそう何度も言っているのに、本当物分りのよくない人ですよ。しかも僕が連れてこられた場所は、学校から少し離れた、いかにもな空き地だった。ここなら先生たちの目も届いていないだろう。
「入れ。」
とりあえず、ここは素直に従っておく方が良いのかも知れない、そう思って僕は言われるまま空き地に足を踏み入れた。
「それじゃ、呼んできますから。」
そう言うと僕を連れてきた2人のうちの1人が、空き地の奥へ姿を消した。彼は数分もしないうちに、新たな少年を連れて戻ってきた。こっちが不良たちの頭なのかも知れない。坊主頭に金髪がどうにも馴染めないけれど。
「こいつか、その腹の立つ野郎ってのは…?」
「そりゃもう、僕らのお墨付きですよ。そうだろ、ショー?」
「おう、そりゃもう、バリバリ!」
全く…プッツンした不良の言う事は、意味が分かりません。一体何を始めるつもりなのか、こちらに分かるように説明してもらいたいものです。
「それで、一体僕に何のようなんですか?」
至極当然な僕の質問に金髪の男は、少しやる気の無い含み笑いをした。
「クク…確かに、腹の立つ野郎だな…。」
男はそう呟いた瞬間、僕の顔面めがけて右ストレートを放った。元来反射神経に自信があった僕は、当たる寸前というところでそれを交わした。周囲を見渡すと子分の2人は、僕の周りを取り囲むように立っていた。
「…ったく、人を連れてきた時はそいつに分かりやすく伝えろって、何度も教えてるだろーが…。知らねぇのなら、全部教えてやる。俺は今日、腹を立てていた。そのストレス解消として誰か殴るという提案が出た。そしてその相手としてお前が選ばれた。どうだ?」
「低能な発想ですね。それを提案した人も、乗った人も。」
「俺も初めはそう思っていた。…しかし、たった今変わった。お前みてーなマセガキをタコ殴りにするのは、さぞかしスカッとするだろうなぁ!」
ボスはそう叫びながら、再び数発のパンチを繰り出してきた。当たったら痛そうなパンチだけど、あまり鋭くない。大きく後ろへ駆け抜ければ、ちっとも怖くない。僕はボスを見据えたままバックで走り出した。
「ショー!ノブ!あいつを外に出さないようにしろ。だけど手は出すな。俺の獲物だからな。」
「オッケーだ、王手さん!」
「王手さんの頼みなら。」
僕は3人の不良に周囲を取り囲まれながら、どんどん後ろへと逃げていった。部屋に閉じこもりで体力や腕力の無い僕は、前へ行く事が出来なかった。ただその場を逃げるように、後ろへと逃げるしか手が無かった。さすがに行き止まりになった時は、しまったと思ったけれど。目の前にそびえ立っていたのは、高さ3mはゆうにあるコンクリートの壁だった。彼らは初めから、僕をここへおびき寄せるつもりだったらしい。
「まんまと嵌められてしまいました。」
「かかったな。」
そう呟くなりボスは、ニヤリと口元を歪ませた。
「お前が誰だかは分からねぇが…俺が誰か、知らないはずは無いよなぁ。」
「そうだぞ!この方はあの『火の玉の』王手さんだぞ!」
「せっかくのケンカだ…『火の玉』の力、見せてやる。」
一瞬にして王手の右手は、釘バットを握っていた。そしていつの間に拾っていたのかは知らないけれど、1つの空き缶を左手に握り締めていた。
「知っていますよ、それくらい。その釘バットで打った物体が、火の玉になって飛んでく――」
僕のセリフが言い終わらないうちに、僕の右頬をかすめるように炎を纏った空き缶が、まるで弾丸のように襲った。僕の視界の届かない背後で『メシャッ』という音が響いた。空き缶がコンクリートにぶつかって潰れた音だろう。その後でゆっくりと、僕の頬に液体が流れだした。
「三塁側の選手には、強烈なボールがよくやって来るからな…その捕球練習のつもりでいるんだな。」
そう言い放つ王手の左手には、すでに新たな空き缶が握られていた。どうやら僕をここでいたぶるつもりらしい。そう考えた途端、僕の開きっぱなしだった両手に、力が漲ってきた。僕は彼らの行動に腹が立ってきたのだ。久し振りに感じたその怒りのあまり、僕は彼が学校を牛耳る不良集団のボスである事も忘れて叫んだ。
「人を燃やしつつ痛めつけるなんて、良心が痛まないんですかっ?」
「知るか、そんな事。俺は俺、お前はお前だ。」
「何言っているんですか!自分がされたら嫌なくせに!」
僕の叫び声に、彼は少しも聞く耳を持たなかった。
「王手さん、あいつヤバイって。」
「焦るなショー。そういうヤバイ奴を一発で仕留めた方が、イライラも解消するってものだ。」
王手は余裕のある声で子分を諭すと、足元から掌大程の石を手にした。
「聞け。俺は、俺がお前と同じ人間だって事が腹立つんだ。頼むからこの石に当たって、しばらく俺の目の前からいなくなってもらえないかなぁ?俺と違う生き物で出てくるんだったら、また俺の前に出てきてもいいけど。」
「そんなのそっちの勝手じゃないですか!一体僕が何をしたって言うんですかっ?」
僕の悲痛な叫びを聞いて聞かぬフリをしながら、王手はとうとう石を頭上へ投げ上げた。
「お前が何をしたか…だと?それはなぁ…。」
恐らく渾身の力を込めて、王手はその石をフルスイングで打ち放った。
「自分の胸に聞いてみろや!!」
石が僕という標準を定めた瞬間、全身に見事なほど真っ赤な炎を纏い始めた。このままなら間違いなく、僕はあの石に体を貫かれるだろう。さっきまでの僕のままなら。
「君と僕が同じかどうか…見せてあげますよ!」
僕は、キレた。
「『グッド・アウトロー』。」
僕の前方10m程だっただろうか、石は急激に火力を弱め始めた。炎だけでは無い、そのスピードも次第に衰え始めていた。そして僕が手を伸ばした時石は、その手で握り締めるのに程よいスピードと熱と場所に位置していた。
「捕まえた♪」
ニヤリと笑いながら石は、僕の掌にすっぽりと納まった。先程までの荒々しい姿とは打って変わって、比較的穏やかな姿を見せていた。尤も、表面は少し焦げていたけれど。
「……。」
「こっちから行きますので。」
急な事にあっけに取られる王手らの近くに寄るため、僕はしっかりした足取りで歩き始めた。もちろん、彼らを殴るためだ。
「…の、ノブ!拾え!」
「分かりました!」
さっきまでの余裕とはまるで逆、王手は何か怯え始めた。我武者羅に石を拾い集めると、周囲の見境無く石を打ちまくりはじめた。
「あいつを近づけるな!全開で行くぞ、『アクセル・スマッシュ』!!」
余程動揺したらしく、彼の放った石は僕の元まで真っ直ぐ飛ぶ事は無く、途中でスライスして地面に落ちていった。そうなればなるほど王手は、いよいよバットをまともに握れなくなっていた。野球に関しては素人の僕にも、手元がしっかりしていないのが分かった。
「あれ…さっきまでの落ち着きはどうしたんですか?たかがヤバイ男1人に、そこまで動揺するなんて――」
「うるせぇ!!お前…お前の方がヤバイ!近寄るな!」
もはや彼はまともに石を打てなくなっていた。終いには子分が集めてきた石を、子分にぶつけだす始末だ。
「ショー!…お、お前よくもやったな!」
「駄目だ…話がかみ合わない。」
僕は大きなため息を一つ吐いた。その瞬間、ようやく2発目の石が飛んできた。いくら動揺していようとも、彼は僕に対抗心を見せていた。その点に関しては、十分賞賛に値するだろう。
「やっぱり、行動で表すしか無いみたいですね。」
僕は高速で飛んでくる火の玉に怯む事無く、その場に立っていた。僕は何もしなくて良い。僕ではなくてもう1人の僕『グッド・アウトロー』がしてくれるのだから。
「『高速で飛ぶ火の玉』というものには、およそ2種類のエネルギーが存在します。高速で移動する事自体に存在する運動エネルギー、そして炎という熱エネルギーです。」
僕の背後から吸収板が――2枚1対を成す、まるで人工衛星のソーラーパネルのような淡い黄色の吸収板が、僕の背中から現れた。幅60cm強、長さ約2mの半透明のその吸収板は、一瞬にして僕に襲い掛かる火の玉を睨みつけた。次の瞬間火の玉は火力、さらにはスピードさえも弱め、僕の足元に頼りなく転がった。
「そのエネルギーを吸収板によって奪うのが、僕の心獣『グッド・アウトロー』の力。本当、君の心獣と相性がピッタリですね。これほど無効化されるなんて、思っても見ませんでしたよ。」
転がり落ちた石を手にしながら、僕は王手を睨みつけた。王手はこの心獣に気付いたらしく、バットを握る握力もままならなさそうだった。
「でも、これだけじゃ済ませませんよ。他人を劣等視するその態度、僕が治してあげますから!」
「に、逃げろ!」
王手は気絶する子分1人を残して、空き地の出口へ駆け出した。自分が危なくなれば人を見捨てるつもりらしくて、僕はさらにキレた。
「『エネルギー保存の法則』を知っていますかっ?火の玉から奪ったエネルギーがどこに行ったか、考えてください!」
日照り続きで堅くなった地面を大きく蹴ると、僕の体は高速で動き始めた。ついさっきまで指一本ほどしかなかった彼らの体はみるみる大きくなり、彼らのちょうど目の前で僕は着地した。
「ひ、ひえぇ!?」
「僕の名前はグッド・アウトロー。良かれ悪しかれ、君たちと同じ『悪者』さ。」
背中から生える吸収板は、今度は彼ら2人を睨みつけた。途端、彼らは糸の切れたマリオネットのように崩れ落ち、もがき始めた。
「…お、おい、これは…?」
「体が…動きません…!」
僕はゆっくりと王手の元へ歩くと、見下した声で教えてあげた。
「エネルギーは、物が物であるための絶対…体を動かすための運動エネルギー、しばらく貰いますから。」
「て、てめぇ…!」
「動くなって言っているんです!」
僕は目尻を吊り上げると、彼の胸倉を掴み、引き上げ、彼の顔面にストレートを放った。何か嫌な音がした気がしたけれど、気のせいだろう。
「動かないでください!動こうと思っても無駄なんですから!」
ストレートだけでなく、アッパー、フック、さらには腹へのキックもした。王手はこっちを睨むものの、体を自由に動かせずにいた。
「誰が『ご先祖様は馬鹿殿』ですって?」
「い…言っていない…。」
「うるさいですよ、このクソガキ!」
彼の体を地面に叩きつけ、僕は何度も彼を蹴り続けた。彼が手放した釘バットは、もはや輝きを失いつつあった。
「このまま生命エネルギーも吸い取ってあげましょうか、えぇ?!」
喉が痛くなるほど叫び続けながら、ついでに子分を何度も蹴っていく。僕はあまり力が強くないけれど、こうやって僕の心獣で動けなくなった人をいたぶる程度の力は持っている。キレた僕は、普段以上にネチネチした性格になる。
「くそ…やめろ、止めやがれ…。」
「何が『止めやがれ』なんですか?終わる訳が無いですよ、僕は蹴り疲れて腹が立っているんですから。」
もはや彼の口から強がりは聞こえなくなり、代わりに呻き声だけが僕の鼓膜を刺激していた。この状態になっても歯向かおうとする彼の態度に、僕は腹の虫が納まらなくなっていた。
「良いですよ、止めて差し上げましょう。ただし、あと1回だけ殴ったらですから!」
そもそも殴りやめる必要など無い。理由も無しに僕を痛めつけようとしていたような奴らに、どうして慈悲をかける必要があるのか、キレた僕にはどうでも良い事だからだ。僕は吸収した全ての力を右手に込めた。
「うん、どうやら人1人を貫く程度には残っているみたいですね。」
僕は意地悪にそう言い残した後、彼の顔目掛けて、血まみれの拳を振り下ろした。


さよなら悪者。僕はまた1人になる。
僕の右手は、命を貫通させた。

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