>>王手
くそ…最近腹が立つことばかりじゃねぇか…。何だって俺がこんな目に遭わなきゃならねぇんだ、くそっ!
「くそ…くそ…。」
「王手さん、どうかしましたか?」
「うるせぇぞショー!」
まったく、俺が腹を立てている時にばかり、声をかけやがる。子分がバカってのは、こーゆー時に腹立つんだよなぁ…。
「王手さん、あまりくそくそ言わない方が良いですよ…。」
「だから、黙れってんだ!くそ!」
「あぁ、言ってるそばから…。」
「うるせぇぞ、てめえら!お前らに、俺の苦労が分かってたまるか!」
おもわず俺がそう叫ぶと、周囲を歩いていた学生たちは何も言わず、俺に近寄るのをやめた。目をあわせる事もなく、そそくさと道路のはしに逃げていく。
「おい、そこ歩いているお前、何離れて歩いてんだ?あぁ?」
「ちょ、ちょっと王手さん、今日はちょっと絡みすぎですよ!」
「そうですよ、ここは一旦落ち着きましょう?ね?」
くそ…子分に命令されてんじゃ、俺も終いだな…くそ…。
「王手さん、あまり人目につく場所でケンカ売ってたら、退学くらいますよ…。」
「退学になってもいーんだよ!だから殴る!」
「ちょっと、ちょっと!そんな怒らなくても…!」
「王手さん!そこに入りましょう!ね!」
振り上げた右腕を2人がかりで押さえつけられながら、俺は誰も近寄りそうにも無い廃屋に連れ込まれた。ここは俺たちの拠点の1つで、主に田舎の方からやって来る生徒を威圧するための場所だ。都会相手は女学院近くのゲーセンを拠点にしているってのに…水鏡の野郎…くそ!またイヤなことを思い出しちまった!くそ!
「一体どうしたんですか?いつもの王手さんじゃないですよ。」
「そうです。王手さんはもっと堂々とした態度で、静かに威圧する人柄です。」
「…うるせー…。」
俺が入学した頃から俺に付きまとっているこの2人は、俺を土管に座らせ、尋問気分で俺に問いかけてくる。くそ!
「王手さん、せめて俺たちくらいには何があったのか、話してください。何せ俺とノブは、王手ファミリーのナンバー1・2なんですから!」
「ショーの言う通りです。」
…。しつこく俺につきまとおうとするショーとノブに、俺は負けた。俺は足りなさ過ぎる上にヒートした頭を駆使して、必死に何があったかを言葉に直していった。
「…4つ。」
もちろん、イヤな事が4つだ。くそ!
「ゲーセンに近寄れない程警備員がついちまった事。」
「水鏡の野郎の仕業ですね!」
「んなもん誰もが知ってんだろ!口を挟むな!…ったく!」
あいつの名前を連呼すんじゃねー。くそ!
「2つー。そのせいで、最近他の不良が勢力を伸ばしてきてる。あともう少しで星観町をシメられるとこだったのに、くそ!」
小さなグループを含めて、今7つのグループが勢力争いをしている。ちょっと俺たちには近寄れない空気。くそ!
「3つー。親父が将棋をしろとうるさい。俺には野球しか無ぇって何度も言ってんのによぉ…。」
「王手さん、本当に野球を愛していますもんね!」
「話に茶々入れんじゃねぇ!…最後に4つめー。」
俺は今までで一番やる気の無い声で、こう呟いた。
「腹が立っている。」
「多分、最後が1番の理由なんでしょうね…。」
「ノブ、今何か言ったか?」
「いえ、何も!」
…ったく!こいつら本当、他人への配慮欠けすぎ。全部聞こえたっつーの。くそ。
「とにかくお前ら、何かスカッとする事は無ぇのか?最近退屈すぎたってのもあるだろーしよ。」
本当の不良ならここでタバコでも吸うんだろーけど、どうもタバコは危ないらしい。そーゆーことには賢いんだよな、俺ってやつはよ…くそ。これじゃ俺、不良じゃねぇじゃねーか、くそ!
「王手さん!やっぱり一番のストレス解消は、拳同士の会話っしょ!」
ボクシングのマネをしながら、ショーは明るく返事した。
「ショーのアホ、誰を殴るんです?強い奴は論外、でも弱い奴も論外。楽しくないですから。」
「いやいや、たとえ弱くても、やたらキモいやつ殴るのはスッキリすんだぜぇ?」
「キモいって、その判断材料は何です?」
「そりゃ、キモいかどうかをキメるのは…王手さんだろ!」
憂さ晴らしにボコリかよ…んなもん、バカのお遊びに決まってるだろうによぉ。やっぱこいつらに頼った俺がバカだった…くそ!
「でも、王手さんの心獣なら、相当スカッとするだろー!」
「それで相手を脅して、ついでに遊ぶ金でも貰っとくのですな?」
「おうよー!そうすりゃ、2週間は金に困らねーぜ!」
「…王手さん、どうします?」
様子をうかがいながらノブは、俺に尋ねてきた。…ったく、こいつら、そりゃ俺を利用して自分たちが甘い汁すすりてーだけだろぅが。しかし…他にする事も無ぇしなぁ…。何もしないよりゃ、マシだろ。それに他のグループが進出してきた今だからこそ、ちょいと校内をシメといた方が安心だろうしな…。
「俺はどうでもいい。お前らに相手を決めさせてやるから、適当に連れてきな。」
「よっしゃー!おいノブ、さっさと行くぜ!」
「まったく、君はすぐ行動ですね。もっと落ち着いてもらわなければ、王手さんの舎弟ナンバー2の名が泣きますよ?」
2人の子分はそう呟きながら、学校へと歩き始めた。
「ふぅ…ようやくうるさいのが消えたぜ…。」
…どうせこのまま授業に出ても、寝てるだけだ。それならここで寝た方が楽しい。俺は廃屋の土管に寝転がり、ゆっくりと瞼を閉じていった。
>>THE VOICE OF ENERGY
「だから、これはセンサーなんですよ!」
「へぇ〜。それで、これを使って何をしようってんだ?」
「僕が使うわけじゃありません!ネットで売るんですよ!」
同級生にも丁寧語を使用する少年・青葉黒須は、その日クラスメイトに絡まれていた。そもそも彼は暗いイメージをオーラで漂わせているので、ちょっかいを出すのに適当な人材なのだ。クラスメイトが寄ってくる事が、人気の証であるとは限らない。機械に詳しくないクラスメイトが適当な事を言うため、彼はどことなくキレているような、それでも丁寧なような言葉遣いで反論していた。そんな奇妙な空間から一切近寄らず、どことなく冷めた目でその様子を見ている男がいた。
「…何だ、あの人だかりは?」
彼こそ、クラスで1,2を争うほどの1人ぼっち、良であった。ちなみにその隣でゲームを楽しんでいる少年は、もちろんシンゴだ。どうでも良いけど。
「あいつ、確かこの間紙くずを渡した奴だな。」
以前まで気持ち良いくらいだった日光は、梅雨の季節とは思えないほど熱く、良の背中を熱していた。こういう時に窓際の席と言うのは、なかなか酷なものである。
「よっしゃ!必殺技・フードチェイン決まったぁ!」
シンゴの独り言は、空にかき消された。
「あいつ…案外俺と似ているな…。」
もちろん彼に理由など分かるわけが無い。しかし、それでも空気で分かった。良も黒須も、自分から誰かに声をかけようとしない。初めて会うような人なら、冷たくあしらって会話から離れる事を選ぶ。『きっと仲のいい奴とは楽しく過ごしているんだろうな。』と、良は勝手に推測していた。自分がそうであるように、彼にもその傾向を見出していた。もちろん、それは当たっているのだが。
「フン…だからと言って、仲良くなれるという訳でも無いけどな。」
口ではそう言うものの、想像ではあるものの彼の人格を想像し、自分を知った事で、何となく彼と会話を交わしたような気分になり、良はちょっぴりワクワクしていた。良自身、好んで会話をする事は無いものの、話してみれば意外とおもしろい人間なのだ。ただ、それを知る者はそう多くない。
「あ、くそ!アトモスフィア、もっとフォローしてくれ!」
「シンゴ、さっきからうるさいぞ。」
せっかくの優雅な雰囲気を壊されて、良は少しムッとした。さっきまでの時間を返せ、とでも言いたそうな顔をする良の事など露知らず、シンゴはやはりゲームに熱中するのであった。良は諦めた。この状態になったシンゴには、何を言っても通じない事を今までの人生の中で既に学んでいるからだ。次の4時間目の授業まで何もする事の無い良はため息をつき、足を組み、適当に日光浴を楽しんでいた。
その時である。耳障りなほどうるさい音と共に、この2年2組の教室の扉が開かれた。
「邪魔するぞぉ!」
「お邪魔します。」
廊下に立っていたのは、このクラスの生徒では無い2人の少年、ショーとノブであった。他のクラスの中でもワルの多いこのクラスでも、その2人の姿を確認した途端、先程までの喧騒がどこかへ吹き飛んでいった。
「おい…王手んトコの野郎が、うちのクラスに何の用だ?」
クラス中が静かになるのも、無理は無かった。王手桂取とは、学校中の生徒を締めようと奮闘しているグループの中でも特に影響力を持っているグループのリーダーであり、その男の舎弟となれば、それ相応に力を持っているからだ。黒須に絡んでいた生徒たちも、もはや扉の前に立ち塞がり、彼ら2人を威圧している事は確かであった。しかし、そんなピリピリした空気になっている生徒たちとは裏腹に、ショーとノブは極めてノリが軽かった。
「いやいや、君たちに用はありません。」
「そうなだぁ…青葉って奴を出してくれねぇか?」
急に黒須の名前が出たため、彼らのテンションは乱れた。何故この状況で黒須なのか、その理由など誰にも分からなかったからだ。
「出してくれませんか?」
「あ、あぁ…いいぜ。」
とにかく、この2人が黒須に用があるのは間違いなかった。その黒須に何の用があるのかは分からなかったが、とにかくそれで事が運ぶ事だけは分かった。
「青葉、何か客が来てるぞ。」
「お前…何か変な事でもしたのか?」
尤も、この状況に1番驚いていたのは黒須本人であった。もちろん彼に思い当たるふしがある訳が無かった。彼は自分の荷物をカバンの中に入れ、急いで扉の前に立っている2人に姿を晒した。
「やぁ、青葉君。」
「早速だけど、来てもらうからな。」
「は、はぁ……?」
何が何やらさっぱり分からない、といった感じの黒須を強引に連れ去るように、2人の少年は彼を連れ、そしてどこかへ行ってしまった。この1年が始まって以来の最大の謎に、クラス中が騒然とした。
「…何だったんだ?」
「さぁ?」
「王手んトコの奴らだからなぁ…面倒な事だろ。」
「どう面倒なんだ?」
「知るかよ。とりあえず、意味の分からねぇ事なのは確かだな。」
その時、ちょうど4時間目のチャイムが校舎中に鳴り響いた。その音に彼らはすっかり、黒須が外に出て行ってしまった事に気が付かなかった。
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