第14話
>>良
「くはぁ…。」
机の上に立てた教科書で隠しながら、俺は大きく欠伸をした。暇すぎる。細胞だの生物だの、どうにも理系の教科は苦手だ。あれが一体一般人の生活の何に役立つのか、今ひとつ納得できない。俺はなめくじに塩をかける理由を知りたがるような面白人間では無いので、この生物の時間はあまりにも暇すぎる。だからと言って何かしようと思う訳でも無く、この曜日のこの時間、俺はいつもボンヤリと過ごしている。
「今日は14人…。」
あまりにも暇過ぎるので、この授業中に寝ている奴らを数えるようになった。寝ている奴を数えるだけでなく、起きている奴の行動を眺めるのも日課だ。そんな事をしながらかれこれ2ヶ月は経った頃、俺はなかなか面白い事に気が付く。
「…またやってるな…。」
例えば2つ先に座る川崎は、授業が始まって20分後、マンガを必ず頭の上に置き始める。これは彼の心獣が『頭の上に本を乗せている間に限り、その本を読む事が出来る』という能力を持っていたからだ。つまり自分は目の前で教科書を開けておき、たとえ注意されても頭に乗せているだけだと白を切る、という寸法らしい。確かに初めの頃はうまくいっていた。ただし、それでも教師が見逃すはずも無い。
「川崎、そんなに本を頭に乗せたいのなら、これを貸してやろう。」
「ゲッ、それ辞書じゃん!しかも分厚いっ?」
16日目に攻略終了。現在は辞書に見えるカバーをマンガに巻きつけ、辞書を乗せているように見せている。こちらは現在記録更新中だ。
「…次はあいつか…。」
教室の一番端に座る岡田は『掌からキノコを発生させる』心獣を持っている。毒は無いが旨みも無いため、自他問わず不人気な心獣だ。しかし、無駄な心獣と言うものは存在しないと言わんばかりに、それらを使ったミニサイズの模型を作っている。その腕前はかなりのもので、ついこの間滋賀県で行われた『第22回全国キノコタワー選手権大会』では、全国2位の座に輝いた。それ以降隙を見ては、キノコタワーの練習に励むようになった。
「おい岡田、そのキノコを煮込むぞっ?」
「あ、すみません。」
34日目に攻略終了。それでも彼はキノコタワーを作り続けると宣言し、今に至る。現在彼の敵は、教室の扉の隙間から吹き込む北風だとか。
「…やっぱり、今日もか…。」
俺の前に2席、右に3席先に座る久岡は『扇風機の風を操作する』事が出来る。去年は自前のミニ扇風機を使って散々授業中に遊んでいたらしい。今から配ろうとしていたテスト用紙をバラバラに飛ばしたり、教室の扉をカタカタいわせて教室中の人間を不快にさせたり、比較的頭の薄い教師の頭を狙って教師をヒヤヒヤさせたりした。が、今年は運が悪かった。俺たちの学年にかなり厳しい教師達がついたからだ。
「久岡、お前は扇風機禁止だ。」
高校2年生開始と同時に攻略終了。そりゃ校門に入る前に荷物検査などされたら、攻略されるに決まっている。しかし彼は諦めずに、体のいたる所に扇風機を隠す事で検問を切り抜けている。今では朝の検問が終わるたびに、教員室では山ほどの扇風機が積まれるらしい。これはまさに、彼の根気の勝利と言えよう。
「…そして、最後はあいつだな…。」
その男の名は明かせないが、この学校の中である意味そいつを知らない者はいない。老若男女認める、最高に意味の無い心獣の持ち主…それはずばり『ほこりをちりに変える』心獣!
「…今日も絶好調だな…」
俺が見ているのも知らないで、そいつは今日もほこりをちりに変えていた。彼が目にしたほこりは全て彼に採取され、ちりとなって帰ってくる。もちろん、未だに攻略された事は無い。
「くそ…ヒマだ…。」
一言で言うなら、飽きた。1年間クラスが変化しないのだから、当たり前と言えば当たり前だが、このメンバーは相当つまらない。俺の高等なギャグについていけないバカのエリートに、そもそも俺は興味無い。意味も無く反発し、暴れたがり、やたら女のケツを追い掛け回すなど、同じ男という種族として相当恥ずかしい。
「とにかく、何とかこの状況を打破しなければ、俺が暇死してしまう。」
こういう時にする事はただ1つ、シンゴをいじめる事だ。俺は机の中からいらない紙を取り出して小さく破き、丸め、それをたくさん用意した。俺が用意を済ませたとき、シンゴは机に出来る死角に隠れてゲームをしていた。ソフトは恐らく、数日前に人気ゲーム会社エスプレッソから発売されたばかりの本格対戦格闘ゲーム『ガ○ダム・インヴィトロ・バトル・エディション 〜宇宙(そら)を翔ける巨星〜』だろう。あいつはどうしようも無い程、ゲーム大好き人間だからな。たまには灸を据えるのも良いだろう。それなら容赦無い。投げつけてやれ。
「えいえい。」
俺の投げた紙くずはきれいなナントカ線を描き、シンゴのこめかみに命中した。しかしあいつは気付かない。今頃は楽しく必殺技を決めているに違いない。俺はさらに紙くずを投げつけた。さすがに首に当たった時は気付いたようだ。一瞬指がピクリと動いた。
「マジメに勉強しろ、このバンダナマニア。」
適当な事を呟きながら、次々と紙くずを投げつける俺。コツコツ執拗に当たってくる紙くずに、さすがのシンゴも腹を立てたようだ。相手の裏をかくフリをして、シンゴはこっちを振り返った。
「……。」
しかし、俺はとっくに投げつけるのをやめ、素知らぬ顔で座っていた。シンゴはたくさんの『?』を頭に浮かべながら、ふたたびゲームを再開した。それと同時に、俺も紙くず投を再開した。
「しかし…シンゴをいじめるのは、どうしてこんなにも楽しいのだろうか…(笑)?」
あいつがゲームをすれば、こっちは投げつける。あいつが振り返れば、こっちは知らない顔をする。あぁ、何て楽しいんだ!
「だが、こっちの戦略もそろそろバレそうだ。何か手を打たなければ…。」
頭の悪いシンゴでも、俺のイタズラという事には気付いているはずだ。あまりこればかりやっていれば、後で怒鳴られるに違いない。どうすれば…?
「…そうだ。」
丁度教師が黒板に文字を書こうと背中を見せた瞬間、俺は右手に溢れんばかりの紙くずを握り締め、教室の反対側にまで静かに駆け抜けた。そしてとある机まで辿りつくと、その右手に握り締めた紙くずをその机の上にばら撒いた。
「…え、ん?」
「これをシンゴにぶつけろ。」
戸惑う男に構わず俺はそう静かに耳打ちすると、すぐさま自分の席に座った。ちなみに、移動に心獣を使った事は内緒だ。大人気なくて恥ずかしいからな。
「…?」
まぁ、誰でも困るだろうな。でも俺はそれに構わない。再びシンゴに紙くず攻撃をしかけるだけだ。
「ホレホレ、痛くないのが逆に気持ち悪いだろ。」
どんなに振り向いても、俺が投げたという痕跡は無い。ただ白を切れば良いだけなのだから。そうやってしばらくシンゴで遊んでいるうちに、紙くずを受け取った男も俺の行動の意味が分かったらしい。恐る恐るではあるが、シンゴに紙くずを投げつけた。しばらくすると相当楽しくなったらしく、投げつける腕にためらいが無くなった。シンゴはシンゴで、2方向による紙くずに戸惑い始めた。これぞ名付けて『グローバル・サテライト・アタック』!
「よし、これでこの時間を過ごしていける。」
俺は安堵のため息をつきながら尚も、嫌がるシンゴに紙くずを投げ続けるのだった。
>>拓弥
「拓弥、起きろ。起きろ。いい加減に起きろ。さすがに寝すぎだ、起きろ。問答無用で起きろ。起きろ起きろ起きろ。そうだ、起きないか?起きろよ。起きなければならない。起きろ起きろ起きろ。」
いつから呼んでいたのか、僕にはさっぱり分からない。それでも呼ばれ続ける事(僕が記憶する限りで)10分、僕は深い深い眠りの世界から現実へと引き出された。
「……。」
「起きたか。」
「やぁ、シンディ。」
シンディだ。ふと周りを見渡すと、教室に真っ赤な陽の光が差し込んでいた。
「うわぁ、結構な夕方だねぇ。」
「結構どころじゃ無いだろ!もう6時過ぎだ、6時過ぎ!人によっては夜と呼ばれる時間帯だ!」
「そうだねぇ…。カーナビじゃ、5時から夜扱いだもんねぇ…。」
「いや、そんな事は知らん(汗)。」
僕は久し振りに太陽の光を目一杯浴び、そのまま大きなあくびをした。シンディの格好を見るに、どうやら彼は僕を起こしてくれたらしい。そういえばいつも彼に起こしてもらってばっかりだなぁ。いつかお礼でもしなくちゃ…。
「今度シンディが寝ていたら、僕が起こしてあげるよぉ。」
「何言っているのだ、お前は?その前にお前が寝ているだろうに。」
「そうだね。…っと、それじゃ急ごうか。」
僕は机の中の教科書を一気に掴み取ると、そのまま勢いよく鞄に詰め込んだ。帰り支度が出来るまでの時間は、ものの2秒足らず。シンディは何かひっかかると言った感じで、僕に尋ねてきた。
「急ぐ…て、どこにだ?」
「実は僕、急いで帰らなきゃいけないんだよぉ。」
「ちっともそんな風に見えない。いや、急いでいるのならそもそも寝るな。…で、どこに行くんだ?」
「ん、ちょっと言えないかな。」
僕が歩き出すと、シンディもついてきた。彼にしてみれば、今の僕はかなり早足だったに違いない。
「私に内緒とは、相当秘密の人物のようだな。男か、女か?1人か、大勢か?」
「年下の男だよぉ。僕と気が合うんだ。」
「何だ、それなら私に紹介してくれれば良かったのに…。」
「そういう訳にはいかない理由があってねぇ。」
「そうか…本当なら問いただしたい所だが、拓弥がそう言うのなら、私も聞かない事にしよう。」
「ありがとぉ。いつか紹介できる日が来ると良いねぇ。」
少し話が盛り上がってしまったからか、いつの間にか僕らは玄関まで歩いていた。
「しかし、それでも気になると言えば気になるな。何かあだ名とか、通り名とか、せめてそれくらい教えてくれないか?」
僕は少し悩んだ後、彼に黙り過ぎるのも酷いと思って、一部ではあるけれど正直に話す事にした。
「『工作室の天災』って僕は呼んでいるねぇ。それくらい手先が器用なんだよぉ。その代わり、人間付き合いは不器用だけどね。」
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