>>命
「それにしても凄かったわね、あの出現は。道理で段ボール箱が多いと思ったわ。」
お昼休みが始まると同時に私は、妙にへこたれている智尋に話しかけた。
「うぅ〜…。」
「ああいう発想が智尋らしいと言うか、ちょっと無茶と言うか、何て言えば…。」
「あぁ〜…。」
「ちょっと痛々しいと言うか、だんだん見ていられなくなると言うか、えぇっと…。」
「ひぅ〜…。」
「…さっきから、どうしたの?」
奇妙なため息でしか返事を返してくれない彼女の代わりに、渓が話しかけてきた。
「遅刻したのが相当ショックなんだって。」
「あら。それじゃ私のとっても冷たい言葉には、ちっとも耳を傾けてくれていなかったのね。」
「それくらいショックって事。…まぁ、あたしは遅刻で当然だと思うけど。」
「私もそう思うわ。『ずっといたから遅刻じゃ無い』というのは、『この地球にいたから遅刻じゃ無い』という言い訳を支持してしまうものね。」
私たちが喋っている間中、智尋は一切の会話をしてくれなかった。お昼も食べずに、このままお昼休みを過ごす気かしら、この子は?
「ところで命、今日もいつものアレなの?」
「アレ…って…?」
急に渓が話しかけてきた。何も喋っていないのに『アレ』と言われても、ちょっと返事に困るわ。
「ほら!今お昼休みでしょ?お昼ごはんでしょ?そこから連想できるアレ!」
「…あぁ、アレね。」
そこまで喋ってもらって、私は彼女が言いたかった事がようやく理解できた。つまり、私のお昼ご飯の事だった。
「そうよ。でも本当は私、嫌なのよね…。」
「えぇ、良いじゃな〜い。これぞ金持ちの極み!みたいな感じで。」
「そんな感じだから嫌なのよ。金持ち趣味は私の肌に合わないわ。」
あのお昼ご飯を思い出すだけで、体が震えてしまう。あんなものをよこされても、私はどうすれば良いと言うのだろう。とは言いながらも、そんな生活を十数年以上続けているけれど。体を震わす私をしばらく見ていた渓が、ふと口を開いた。
「いつも思うんだけど…命って、本当に普通の女の子なのね。」
「当たり前じゃない。私が男だって言うの?」
「いや、そうじゃなくて。」
私のいつもの冗談にも、あまり渓は反応してくれなかった。渓はいつになく真剣な顔つきで、話を続けた。
「普通はさ、生まれた環境によって性格は修正されるでしょ?一般家庭なら一般家庭の心を持つし、多少貧乏なら多少貧乏な心を持つし、もちろん金持ちなら金持ちの心を持つようになるでしょ?」
「お金持ちが一般家庭に近い心を持つ事もあるでしょ?それと同じよ。」
「…命、あなた、自分の立場分かっているの(汗)?」
「う〜ん…赤の他人なら分かるかも知れないけれど…いざ自分がそうなると分からなくなるのよね。自分の家では当たり前だった事が、他の家庭では全く違ったりするけど、それと似た感じね。」
渓は久し振りに大きなため息を吐くと、私の肩を軽く叩いた。
「命は、ものすっ…………ごい!金持ちです!」
「そうなの?」
「そうなの!良い?あたしが1からレクチャーするから、耳の穴かっぽじってよく聞くのだ!」
そのレクチャーの内容って、『私の家がどれほど金持ちなのか』なの?自分の家の事を他人がよく知っているって、本当、一体どれだけ不思議一家なのかしら。渓は急いで机の中から適当なノートを取り出すと、取り出した鉛筆で何か絵と文字を書き始めた。それはたくさんの四角と、『葉隠』の2文字だった。
「まず、たくさん会社があります。」
どうやらこの四角は、私の家の会社らしい。
「うん。」
「それらを県ごとにまとめるトップの会社があります。」
「うんうん。」
「それらを地域ごとにまとめるトップの会社があります。」
「ふぅん。」
「それらを東西南北でまとめるトップの会社があります。」
「ほお。」
「それらを1つに束ねる東京本社があります。」
「ふむふむ。」
「そこの社長が、あなたのお父上です。」
「へぇ。」
「…もうちょっとリアクション取ってくれない?何だか気が抜けるんだけど(汗)。」
私のあまりにも素っ気ない相づちに、渓はすっかり脱力してしまったらしい。それにしても私は、渓の意外な博識に驚く事がある。今回も彼女に尋ねてみた。
「どうしてこんなに知っているの?」
という何気無い質問に、渓は
「どうしてこんなに知らないの?」
という簡単且つ奥深い回答をしてくれた。私のこの態度に対して、渓は呆れにも似たため息をついた。
「本当に命ってば、お金持ちの空気が似合うような、似合わないような…。」
「私はあまり束縛されないの。お金持ちだからああだこうだ決めて動くんじゃなくて、数ある選択肢から自分で選んでいくの。その結果がこれよ。」
私は鞄から財布を取り出すと、渓がすかさず話しかけてきた。
「ちょっと命!お弁当はどうするのよ?」
「いらないわ。起きたら智尋にあげて頂戴。」
そう言って私は、騒ぐ渓と共に教室を後にした。私もお腹が空かない訳じゃ無い。早く食堂でパンを買わなくては、とても放課後まで持ちそうに無い。
「早く行こう。」
そう呟くと私は、ほんの少しだけ駆け足になって食堂へ歩いていくのだった。
>>良
「結局、学校に戻ってきてしまったな。」
俺たちは何をしていたのだろうか。朝っぱらから授業をサボり、山田電気店を襲い、トラックに乗り込んでそのまま女学院へ侵入、放送用機材を直してからすぐに逃走…。
「そして今、俺たちは我が学び舎の校門にいる。…これはつまり、作戦失敗だ。」
「そんな事、誰だって分かっている!とりあえず静かに入るぞ。」
俺のとなりでツッコミを入れたのは、他ならぬシンディその人であった。作戦を失敗してしまった俺たちはすぐにトラックを元に戻し、誰にも見つからないようここまでやって来たのだ。これから行う任務に緊張した声で、シンディは呟いた。
「何せ私たちはズル休みをしたのだ。なるべく騒ぎが起こらないように侵入し、普段どおり授業に溶け込んだ方が、大目玉を喰らわなくて済む!」
「だからと言って、こんな広々とした校庭を、どうやって横切れと?またさっきみたいに、シンディの心獣に隠れるか?」
「無理だ。このグラウンドの土とまるで色が違う。動物園のオウムの檻の中に飼育員が隠れているくらい目立ってしまう。」
例えの意味が全く分からないが、どうやら隠れていないという意味らしい。
「しかし、これだけの人数が移動するには、危険すぎる状況だ。しかもグラウンド側の窓ガラスのほぼ全てが、教室の窓だ。誰か1人位ヒマ潰しにこちらを見ていたとしても、なんら不思議は無い。」
「だから私はさっきから考えているんだ。あまり横でゴチャゴチャ言わないでくれ。」
「?どうして?」
「集中出来ないのだ!」
何故かシンディはイライラしていた。作戦が失敗したからか?授業がズル休みになったからか?いや、どちらも違うだろう。一体何がシンディを、そこまでイライラさせるのだろうか…?
「あのさ…。」
「ぐあぁ!!せっかく良が黙ったと思ったら、今度は水鏡か?!何だ?!さっさと言え!そしてすぐに私は考えるからな!」
うわぁ、シンディがキレた(汗)。こんなイライラ、俺初めて見た。
「いや、その…。」
「どうした、水鏡?何か気がついた事でもあるのか?」
シンディが威嚇してばっかりなので、水鏡が怯えてしまっている。俺はこの場を円滑にするためにも、その仲介役を買って出る事にした。
「ほら、遠慮なく言ってみろ。俺が聞いてやろう。」
「うん…それじゃぁ、言うけど…。」
水鏡は1つ深呼吸をしてから、小さく、かつはっきりと口を開いた。
「このままズル休みした方が、大目玉を喰らわないと思うんだけど…。」
俺は立ち上がった。シンディもほぼ同時に立ち上がった。少し離れたところで見張りをしていたシンゴも、つられて立ち上がった。北岡先輩はいびきを止めた。
「帰ろう、シンディ。」
「だな。」
「でも!でも!もし両親や学校から何か言われたら、どうするつもりなの?!」
不安がる水鏡に俺は、とあるナイスなアイデアを口にした。
「『幸せについて本気出して考えていました』とでも言えば良い。」
「うわぁ、パクった(汗)?!」
「水鏡、人とは名言をパクって生きていく生物だ。」
「そんなの屁理屈だ。」
変な話題で盛り上がる俺たちの間に、シンディが間に入ってきた。
「安心しろ、水鏡。それなら『自分の進路について悩んでいました』と言えば良い。」
「…あぁ!それ良いですね!てかそれ、ちょっと生々しいですね!」
納得した水鏡を見て、俺は再び口を開いた。
「お前くらいの年なら、有り得る話だ。これで全てが解決だ。何か反論がある者は、名乗り上げろ。」
もちろん、お咎めを喰らわないのなら、それに越した事は無い。全員一致で決定した。
「よし、それでは一同、帰るぞ!」
「おー!!」
「Z−!」
4つのかけ声と1つのいびきと共に、俺たちは校門を背中に向け、帰りだそうとした。その瞬間、
「動くな。」
低い声と共に、俺の後頭部に何かが当てられた。
「それ以上動くと、命は無いぞ。」
「……。」
「お前、ここで何をしている?」
声の主はまさしく、体育教師の武本(たけもと)だった。俺は何の悪びれも無く、こう言ってのけた。
「今から帰ります。」
「待て!今から帰るだとぉ?立派な高校生が、何を言う!場合によっては、この銃弾がお前を貫くぞ!」
そう叫ぶとさらに、俺の後頭部は何かに小突かれた。それでも俺は何のためらいも無く、こう言い放った。
「輪ゴム鉄砲で、ですか?」
「ギクッ!」
「しかも痛くない。」
シンディが加勢した。
「心獣も、銃系じゃない。」
お、水鏡が加勢した?
「確か、『輪ゴムを1輪の花に変える』能力でしたよね、先生?」
俺はその瞬間、振り返って武本をにらみ付けた。俺の頭を小突いていたのは、彼の人差し指だった。それを見た瞬間、彼の右手にからまる輪ゴムは一気に形を変え、1輪の地味な花に変化した。
「お前ら、何だか冷たいなぁ〜。」
「そりゃそうだ。幸せについて本気出して考えていたのだから。」
「ぼ、僕は自分の進路について悩んでいましたっ!」
「私はベスビオ火山の噴煙による発電システムの設計を考えていました。」
俺たちは適当な事を言いながら、逃げ出すチャンスを伺っていた。しかし腐っても教師、そこは見逃すはずが無かった。
「馬鹿野郎!!勝手にズル休みしておいて、何が幸せだ!!」
武本はそれだけ叫んだ。しばらく待っても、それ以上言葉は続かなかった。何故俺だけなんだ?
「良!本当ならお前は今の時間、俺の体育の授業でバスケをしているはずだろ!良いものだぞ、体を動かして汗を流すのは。それを何だ?!勝手にフラフラ遊びやがって…!」
……ん?おかしいぞ?
「あのぉ〜。」
「何だ!今は俺がしゃべって――」
「今の時間体育館でバスケを教えているはずの武本先生が、何故校門までやって来ているんですか?」
すると武本はしばらく黙った後、
「…用事だ。」
と呟いた。どう考えても嘘臭いのだが、何とかこの場を逃れたい俺たちにはどうでも良かった。
「それなら、早く出かけた方が良いですよね?」
水鏡がとっさにフォローを入れた。それを聞いて武本は、腕時計を見て驚愕した。
「あぁ!もうこんな時間!?は、早く行かなければ…!!」
武本は大慌てになり、俺たちの事は忘れて、どこかへ走り去ってしまった。
「…よく分からないけれど、何だか見逃してくれたみたいだね。」
水鏡の言葉に、俺たちは共感した。一体武本は、何をしに出かけたのか…?俺も携帯の時計を見て、時間を確かめてみた。
「3時半…授業も終わりだな。」
まだまだ教師の仕事は残っているはずなのに、武本がそれを捨ててまで出かける用事とは、一体何だろうか?上下ジャージのままだし…。それの答えを見つけるため、俺は水鏡たち4人に、こう号令をかけた。
「よし、帰るか。」
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