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「なぁ、良、知ってっか?」
そうシンゴが声をかけてきたのは、機械の修理を始めて2時間経ち、暇になった俺が機材で遊んでいた頃だった。具体的に言えば、マイクスタンドをジャングルジムのように組み立てて、如何に音を立てずに元に戻す事が出来るか試していた時だ。
「いきなり『知っているか?』と言われても困る。俺はまだ、お前が言いたい事を知らない。」
「『運命の赤い糸』って知ってっか?」
「…お前にしては、非常にロマンチシズム溢れる会話だな。外見から中身まで、純日本人のクセに。」
捨てゼリフにも似た発言をしながら、俺は黙々とマイクスタンドを引き抜いていく。金属の擦れる音が、スタジオにうっすらと響く。
「『運命の赤い糸』ってのはよー…こう、手の小指で結ばれているって言うじゃん。」
「そうだな…。」
俺は真剣に話を聞く姿勢を見せず、黙々とマイクスタンドを引き抜いていく。目の前は8本ほどのマイクスタンドが、俺に引き抜いてもらうのを、今か今かと待ちわびている。
「あれってよぉ…本当は、足の小指で結ばれているらしーぜ。」
「ふぅん。」
正直なところ、あまりシンゴの話に興味が持てない俺は、無視を決め込んだ。隣の調整室では、先輩2人と水鏡が、機材の修復にあたっている。話によると、そもそも配線が込み入っているのに誰かが妙な衝撃を与えたせいで熱がこもり、発火を起こしたらしい。その結果、配線のビニールはドロドロに溶け、中の線が絡まってしまったらしい。ちなみに、この状況を確認したシンディの第一声は、
『…ったく…一体どこの誰だ、機械を荒々しく蹴りつけた奴は…!ここは日本屈指のお嬢様学校だろ。』
だった。
『まぁまぁ、シンディ、ここはこの拓弥君に任せなさい…。』
『いや、俺も手伝う。こうなれば二度と配線が絡まらない、理論に基づいた最強の配線を有する放送機材にしてやる。』
『お、インターフェース。』
こんな奇妙な会話を交わした後、先輩2人はずっと機械に入り浸っている。正直、2人の会話は意味が全く分からなかったが、かなりのこだわりを込めて修理する事だけは分かった。ただ直すだけならすぐ終わるはずだろうに、昼休みまで時間があるという事も相まって、時間ぎりぎり一杯まで作りこむつもりらしい。
「…まぁ、どうせ昼休みまで動けないのなら、それでも良いが。」
そう呟きながら俺は、慎重に、マイクスタンドを引き抜いた。
「ラスト7。待っていろ、マイクスタンド。お前たちの呪縛、俺が解き放つ。」
俺がふと気付いた時には、シンゴはもういなかった。




>>水鏡
「なるほどぉ〜…ここで電源かぁ。」
「そうだ、これならば最短距離且つ修理しやすい仕様になる。」
篠塚先輩も、北岡先輩も、夢中で機材を修理している。多分あの2人には今、『時間』という概念が吹き飛んでいるに違いないと、僕は思った。
「はぁ…2人とも、楽しそうだなぁ…。」
暇だったからこっちへ来たけれど、肝心な事に、僕は機械音痴だ。結局そこらへんに置いてあった本を読み、時間を費やす事となった。その本のタイトルは『裏・優盟女学院の歴史』だった。何だか胡散臭く思い、発行先を見たけれど、間違いなく『発行:私立優盟女学院』と書かれていた。
「…。」
楽しい学校だな、と思った。奇妙奇天烈と言うのかも知れないけれど(汗)。
「やーやーやー、水鏡ぃ〜。」
その時、妙な笑顔を浮かべながら、シンゴ君がやって来た。多分僕と同じ、暇びたしなのだろう。
「どうしたの?良君に、話し相手にしてもらえなかったとか?」
「あのな…いくら何でも、そこまで見捨てられているわけ無いだろ。」
「そうなの?いつもそんな扱いばかりされているから、今回もそうなのかと思っちゃった。それで、どうかした?」
僕は指で本に栞を挟み、彼に顔を向けた。
「水鏡、知ってっか?」
「何を?」
「『運命の赤い糸』の事だろ。」
「『運命の赤い糸』って言うと…運命の相手と自分の小指には、見えない赤い糸が結ばれているっていう、あの話?」
「そーそー。」
その時、部屋のどこからか金属の擦れる音がした。さっきから響いているけれど、どうやら良君が遊んでいるらしい。
「実はあの赤い糸ってよ…足の小指で結ばれているんだぜ?!」
「え!そ、そうなの?!」
「おうよ!この間テレビで言ってたから、間違いねーぜ!」
自信満々に断言するシンゴ君の反応から見て、間違い無いらしい。自信満々だから間違っていた事もあるけれど。
「それじゃ、僕も豆知識を披露しようかな。」
僕は一旦閉じていた本を開いて、何か良いネタが無いか、探してみた。
「あ、これなんてどーかな。『女学院7不思議の1つ:高校校舎3階にある、手前から3つ目のトイレだけ、携帯が圏外になる』」
「ま、ま、マジでぇぇ!?」
「マジで。えぇ〜っと、他には何か…。」
それにしても、こんな超お嬢様学校にも、ちゃんと7不思議がある方が、よっぽど不思議なような当たり前のような…。
「これなんてどうだろう。『第2家庭科室のカーテンは生きていて、近付いた生徒をとり殺す』。」
「こ、こ、こ、怖えぇぇぇぇ〜!!」
「これは、結構アグレッシブな7不思議だよね…。普通はもっと怖いだけなのに、生死を左右される7不思議って、貴重だよね。」
「あぁ…ってちょっと待て。それはただの7不思議だろ!俺がしゃべったのは事実だぞ!」
「アハハ…本当だね。でも良いや、他の7不思議も見ておこうよ。」
僕はそう言いながら、本をペラペラとめくってみた。
「えぇっと…優盟女学院の7不思議は、以下の7つ。」


@3番目の女子トイレは圏外
A夜まで残っている生徒を食べる蜘蛛男
B第2家庭科室の生きたカーテン
C放送室の自縛霊
D夕暮れに現れる雪女
E音楽室の怪
F女学院理事長の参考書漁り


「…何だかなぁ…(汗)。」
シンゴ君は、複雑なため息を漏らした。
「『ピンからキリまで』って言葉がピッタリだよね。」
「大体なんだよ『音楽室の怪』ってよぉ。何がどー『怪』なんだ?」
「それすらも分からないから『怪』なんだってさ。」
それって、ただ誤魔化しただけなんじゃないのかな?僕らをバカにしているのかな?
「…ん?ちょ、ちょっと待て水鏡…!」
「どうしたの、シンゴ君?何をそんなに顔を青ざめているの?」
シンゴ君は何も喋ろうとはしない、代わりに本を指さすだけだった。その彼の指の先を見るとそこには、『放送室の自縛霊』という文字が書かれていた。
「…シンゴ君、怖いの?」
「ば、バカ野郎!幽霊が怖くて、何が男だ!怖くない!怖くないぞぉ!俺は断じてこ・わ・く・な・い・ぞぉぉぉぉ!!」
「うるさい!!静かにしろ!!」
篠塚先輩の咆哮に、シンゴ君は一気にしおれてしまった。僕は『放送室の自縛霊』という項目を読んでみた。
「『“放送部(現報道通信部)の生徒が、お昼の放送に間に合うように急いでいた際、撮影用機材が上から降ってきて死亡した時はお約束で、やっぱ自縛霊になるんじゃないの?”というコンセプトで考えられた、仮想自縛霊製作プロジェクト名。現在は“不吉すぎる”という教師側の声により、校則で禁止されている。』…こんな事が、7不思議になる優盟女学院って、一体…(汗)。」
「噂なんて、そんなものに決まっている。非科学的だからな。それよりも、今のうちに用意をしておけ。こっちはもうそろそろ出来る。良にも言ってくれ。」
後ろから篠塚先輩の声が聞こえてきた。僕は適当に返事をした後、本を机の上に置き、撮影用スタジオへ入った。
「良君、もうそろそろ出かける準備をした方が――って、何やっているの(汗)?」
良君は乱雑に積まれた5本ほどのマイクスタンドを睨み、真剣に悩んでいた。
「静かに。」
何だか怒られた。
「俺は彼らを、しがらみから解放する。」
「何言っているの。ホラ、早く行くよ。」
僕は彼の遊びには全くのらず、とっととマイクスタンドを片付け始めた。
「あ、あ、あぁ…!」
そう弱々しく呟く良君の姿は僕には、いつになく頼り無く見えた。
「遊んでいる暇は無いよ。僕らはもうすぐ戦場に行くんだから。」
「水鏡、ちょっと格好良いぞ。」
遊び道具を強制的に仕舞われてガッカリしている良君が、そうポツリと呟いた。
「ありがと。ホラ、良君も片付けて。」
「へぇ〜い。」
いよいよ、僕らの挑戦が始まろうとしている。僕は緊張を隠せずにいた。絶対に成功させたいという思いと、絶対にしてはいけないという思いに挟まれ、未だ踏ん切りがつかない事は秘密だけど。
「よっし!絶対成功させるぞ、なぁ水鏡!」
「う、うん。」
まぁ、良君たちのサポートくらいなら…うん、それくらいなら、良いか…。

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