>>シンディ
「はぁ!はぁ!…おい!全員いるか?!」
私は走りながら、後ろに向かって叫んだ。
「全員います!」
どこからか、水鏡の声が聞こえた。しかし、後ろには誰もいない。
「どこだ?!どこにいるんだ!誰もいないぞ!」
「…そりゃそうだ、前にいるんだから。」
良の腹が立つほど冷静なツッコミに素直に腹を立てたが、全員無事である事の方が大きいのか、私はホッとした。しかし私の安心を打ち砕く事を、シンゴは発した。
「おい!何か警備員がたっぷりやって来てんぞ?!」
「くそっ!やはり、ただでは帰してはくれないようだ!」
「あ、当たり前だと思うよ。」
水鏡の冷静なツッコミに腹を立てた私は、大人気なく彼を殴った。
「全員、トラックに乗り込むんだ!拓弥は今すぐトラックを動かせ!」
「おっけぇ〜!」
そう返事すると彼の背中から、半透明の白い物体が、トラックの方向へ飛んでいった。『アウト・バーン』だ。今頃トラックはエンジンを吹かし、私たちの元へとやって来ているはずだ。
「まずいな…人数が多すぎる。」
良の言葉は、現実だ。横と後ろ合わせて十数人もの警備員が追いかけ、前方には数人のちょっと趣向の違う警備員が、私たちを待ち伏せしていた。
「フフフ…飛んで火に入る夏の虫とは、この事のようね?!」
「あぁ!あのマネキン女じゃねーか!」
シンゴのその叫び声を聞いて、あの前方の警備員こそが、最も警戒すべき相手である事を知った。背後から迫っている警備員は、あのシンゴが逃げ切れたくらいだ、何の問題も無い奴らに違いない。だが、前方の警備員、特に真ん中に陣取っている女性は、下手すれば全滅する可能性もある。事実、眼を凝らしてみてみれば、隣にいたのは仲間ではなく、彼女の心獣である事が分かった。水鏡たちから聞いた話では、自分の分身を作る能力らしい。運動能力も高いことから、厄介なのは間違い無い。
「どこの誰だか知らないけれど、この葉隠機動隊隊長・大空(おおぞら)茜が、一瞬でケリをつけてあげるわ!」
尤も、幸いな事に、どうやら作業衣で俺たちが誰なのか、分からないらしい。…それなら好都合だ。問題無い。
「拓弥、トラックはどれくらいでやって来る?!」
「んん〜…20秒もあれば十分。」
20秒間…それならやはり問題無い。
「覚悟なさい、『チョコレート・ファクトリー』!!」
彼女が心獣を繰り出そうとした瞬間、
「おい、お前ら、私に掴まれ!!」
そう叫ぶと同時に、私は背中から、茶色の砂を巻き上げた。
「そちらが本気なら、私も本気でいかせてもらおう!」
そう叫ぶと同時に、茶色の砂はいよいよ勢いを増し、周囲の大気すらも動かしだした。竜巻のように渦を巻きながら吹き荒れる砂は、すぐに人の形を成していった。
「ほらほら、早く掴まるよぉ〜。」
拓弥は状況を把握できていない3人を連れ、私の服にしがみ付いた。生憎私の心獣を知っているのは、このメンバーの中では拓弥だけだ。ここは彼に任せよう。
「しばらく目を開けない方が良い。きっと砂が目に入る。」
そう免罪符を言っておくと、私はそのまま女性の方へと走っていった。4人分の体重が存在すると思うと、少し背中が重い気もした。
「…私に歯向かう気ね?」
「どうせ見逃してもらえないのなら、全力で抵抗させて貰う。」
「それなら、数で攻めるわ!」
その言葉と同時に、彼女の背後には十数人の彼女が出てきた。どうやら、この人数が攻めてくるらしい。もしこの心獣に掴まれでもしたら、恐らく助からないだろう。
「軋め!嘶け!『チョコレート・ファクトリー』!!」
彼女の心獣たちが私たちに襲いかかろうと、足に力を入れた瞬間――私はそれを待っていた。
「何の問題も無い。『デッドリー・アッシュ』。」
ザァッという擬音語が似合いそうな音を立て、私の背後の灰の人間は、一気に爆発した。それからはあっという間だった。中に閉じ込められていた空気が爆発するように、大量の砂が周囲を包み、一瞬にして視界を奪った。
「な、何よこれは?!」
彼女の声だけが、私たちの耳に届いた。しかし、もう遅い。時間を追うごとに砂は密度を増し、やがて視界は1mを下回った。
「こ、これは、砂…?!」
背後から、良の声が聞こえた。この渦巻く嵐の中、よく周囲を見ようという気になれるものだと、私は感心した。
「ま、まだ…このまま心獣で突進させたら…!」
女性はそれでも諦めず、大量の分身を私たちの方へ突進させた。だが、何人いようが問題無い。ここは私の心獣の中だ。どこに誰がいるのか、手に取るように分かる。
「『チョコレート・ファクトリー』!適当に飛び込みなさい!」
隊長の声が聞こえた。確かに彼女は強力な心獣使いであろう。だが、私がここから逃げる事には何ら支障が無い。まず右へ6歩歩けば2体、次の左前へ8歩歩けば5体かわせる。しばらく休めば2体、細かく3歩下がれば、突進してきた2体がぶつかり壊れる。何の遠慮も無い、私は次々と分身をかわしていった。
「もお、何で当たらないのよ?!」
女性はいよいよヒステリックになってきた。先程よりも乱雑に突進を繰り出してきた。しかし、もう遅い。私たちは彼女の射程からもう出ていたのだ。そして目の前に手を差し出し、手前に引けば…
「よし、トラックだ。拓弥、ご苦労。」
「さ、皆、早く乗った乗ったぁ〜♪」
急いで私は荷台へ飛び乗り、良とシンゴの手をひいた。その間に拓弥は水鏡を助手席へ投げ入れ、自分は運転席に座った。自分も目が見えないだろうに、今までに何度も経験があるため、拓弥は慣れていた。
「それじゃ、出発〜!」
なんとも間延びした声を出しながら、拓弥はトラックを発車させた。さすがに運転中に前が見えないのは辛いだろう、私はゆっくりと砂嵐を弱めていった。
「ま、待ちなさい…!」
先程の女性は私たちに威嚇するも、すっかり怯んでいて、相手にはならなかった。私はトラックの前だけ砂嵐を消し去った。すぐ目の前に校門が存在した。拓弥は思いっきりエンジンを吹かし、一気に道路へと突き進んだ。作戦は失敗だったものの、誰1人捕まる事無く、私たちは風のように女学院を去っていった。
「うむ、これで問題無い。」


確かに、失敗したのは心残りだ。その代わりに、猛者と思われる能力者を軽くあしらえた事に、私はちょっと満足するのだった。




>>
迂闊だった。まさかUFOで逃げられるとは、私も思っていなかった。彼らが逃げ出した瞬間、私は思わずその場に立ち尽くしてしまったのだ。
「…騙されちゃったわ。」
私はうっすらと笑みを浮かべながら、放送室を見渡してみた。部屋に荒らされた形跡は無かった。よく見てみると、壊れていた機材は、少なくとも外見だけはしっかり直っていた。私は一旦本を机の上に置いてから、今度はスタジオの方に入ってみた。
「それにしても、本当にここは機材が充実しているわね。音楽は私の分野じゃ無いけれど、力が込められているのだけは分かるわ。」
そんなスタジオも、別段荒らされたという感じをしていなかった。ただ1つだけ言うとすれば、何だかマイクスタンドが雑然と並べられている気がしただけだった。
「…ま、気のせいね。まさかマイクスタンドで遊ぶ人はいないだろうし、ロックバンドごっこでもして遊んでいたに違いないわ。」
その時、放送室のドアがノックされた。
「開いているわ。」
ドアの向こうから、本物の修理グループがやって来た。
「お嬢様、ただいまやって来ました。」
「あなたたち、放送機材が壊れたと言うのに、どうして12時着なのかしら?お昼の放送が出来ないかも知れないでしょ?」
「すみません、何分東京から来ているもので。」
腕のいい修理グループが東京にいるからと言う事で、何故か東京の人たちが修理にやって来る。私は別に京都支社の人でも良いと思うけど。
「まぁ、良いわ。これが本当に直っているのか、見て頂戴。」
「え、直っているかどうか、ですか…?」
「そうよ。誠心誠意確かめるのよ。」
「は、はい、分かりました…。」
作業にとりかかる彼らを目の端で見ながら、本を手に取り、私は放送室を後にした。


「あら、茜さん。」
校門付近まで来た時、目の前に茜さんが立っているのに気付いた。
「あら、こんな所までどうかしたの?」
「忘れ物取りに行って、その帰りよ。茜さんこそ、どうしてこんな所に?しかも体を払ったりなんかして…。」
「侵入者よ。」
茜さんは少し声を低くして、その侵入者に敵意をむき出した。
「あと少しだったのに、変な砂の能力に太刀打ちできなかったのよ。」
「その砂って、この服についている物の事かしら?」
私は彼女のスーツの襟の裏に溜まっていた砂を摘みながら、そう言った。
「え!そんなところにまで?もう、嫌になっちゃう…!」
怒る彼女の姿は、侵入者が現れた事よりもむしろ、服を汚された事に対する怒りに見えて仕方が無かった。茜さんは慌ててスーツを脱ぐと、怒りの込められた右手で払い落とし始めた。
「砂と言うよりも、灰に近いわね…。」
誰に言うワケでも無く、私はそう呟いた。砂と言うにしては小さすぎるし、軽すぎる。しかし色はそこらの色とは違う事だけは分かった。…ま、後で誰かに見てもらえば良いわ。
「命様、あの侵入者はもしや、以前現れた者でしょうか?」
「茜さん、2人きりの時くらい『命』と呼んで欲しいな…。」
「まーまー、今はまだ勤務モードですので。…それよりも命様、あの侵入者は?!」
私は表情を顔に出さないように気をつけながら、考えた。どうやら茜さんは彼らの正体に気付いていないらしかった。このまま彼らを通報するのは、この本を返しに行く位簡単な事だけれど…。
「いいえ。私も少しだけ見たけれど、全くの別人だったわ。」
「…そうですか…。全く、最近現れるのは変態ばっかりで困ります。」
茜さんの怒りは鎮まりそうに無いので、私は別れる事にした。
「それでは茜さん、頑張って下さいね。」
「命様の方こそ、気をつけて下さい。命様のために私達がいますので。」
「大丈夫、自分の貞操くらい自分で守るわ。」
「…命様、会話が直接過ぎます(泣)。」
涙する茜さんを放っておいて、私は校舎へと戻って行った。お昼休みを迎えた今、校門にまでやって来る生徒はほとんどいない。私は誰もいない廊下を歩きながら、窓を眺めた。窓の向こうに広がる町並みに、1台のトラックを見つけた気がした。
「…今度は違う方法で来なさい。楽しみに待っているから。」
口元に笑みを浮かべてそう呟いた後、私は急いで自分の教室へと向かった。休み時間はあと30分しか無いけれど、帰ってお昼ごはんを食べる時間は十分にある。私しか知らない秘密を所有しているという優越感に浸りながら、軽い足取りの私が、そこにいたのだった。

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