>>シンゴ
5月の中旬過ぎ、水曜日。その時どんな天気だったのか、俺は全く知らない。いや、もはや俺は、目覚まし時計に気付く事も無かった。
「お兄ちゃん!」
だから、いきなり遥の声に気付く事も無かったのだ!
「お兄ちゃん!起きなさい!」
まーよーするに、ただ眠りこけているだけだが…遥の怒涛の声にもめげず眠り続けていたところから、どれだけ俺が眠かったか、想像に難くないはずだ!
「お兄ちゃん!早く起きなきゃ、遅刻するよ!?」
悪いな、遥!俺は寝る!水曜なのに寝る!平日なのに寝る!
「お兄ちゃん!いい加減に起きないと、怒るよ!」
既に怒っているが、寝る!屁理屈言ってでも、寝る!
「…あ、そうだ。」
カッカッカ。俺の勝利だ。戦士に安らかな休憩を与えた神に感謝しなければ。適当に神に感謝した後、もぞもぞと布団の中に潜り込みながら、俺は安眠の世界へと―
「この間残しておいた『お兄ちゃん特性味噌汁』を、上から熱々のままかければ…。」
「ごめんなさーい!!」
俺は涙目になりながら、布団から飛び起きた。
「あ、起きた。」
「ごめんなさい!すみません!許してください!謝りますから、その味噌汁だけは勘弁してください!!」
俺は必死に遥の目の前で、何度も土下座をした。ヤバイ。遥のやつ、右手に味噌汁の鍋を持っていやがる。しかもグツグツ音がするし…。
「…嫌。」
「はぅわぁぁぁ!!」
「謝るだけなら、サルでも出来るもん。ちゃんと何をどうするか、しっかり言いなさい。」
「遥ぁ…兄である俺に指図する気か?」
「嫌なら、かける。」
「これからは朝早く起きるように心がけますので、その味噌汁をかけないで下さい!!」
しばらくの間沈黙が流れ、
「それなら、許してあげる。」
とだけ言い残し、遥は台所の方へ戻って行った。俺は大きな息を着いた。はぁ…部屋中にスパイシーな香りが立ち上っていやがる…(泣)。
「遥…頼むから、その味噌汁は捨ててくれ。」
「それは却下します。」
「はぅわぁぁぁ!!」
「口だけのでまかせなら、マウスやラットの類でも出来るもん。これは何度も使いまわす事に決めているの。」
な、何てやつだ!
「ホラ!早く着替えて!間に合わなくなるよ?」
「…てか、もう朝食が出来てる…。」
それなりの日本食が、ちゃぶ台に並べられていた。
「そうだよぉ〜。後はお兄ちゃんが起きるだけだったんだよ。」
「そっか。悪ぃ悪ぃ。」
俺はさっそく着替えようと、上の服を脱ごうとした。それと同じタイミングで、俺の手の動きは止まった。
「遥。」
「何?」
「向こう向いていろ。」
俺の言葉に、遥の頭上に『?』が出現した。
「何で?」
「恥ずかしいだろ。」
何で遥のやつ、こっちをジッと見るんだ?
「他人じゃないんだから、大丈夫だよ?」
「で、でもよぉ…お前だって、年頃だろ。」
「それで?」
「いやぁ…俺の裸に惚れちまっちゃ、困ると思ってな(キザ風味)。」
俺は決めポーズをとった。ついでに歯も光らせた。
「お兄ちゃんの裸になんか、興味無いし。」
「遥、それは何気に俺が痛い存在になるから、やめてくれ(泣)。」
とうとう遥は呆れた顔になった。
「大丈夫。お兄ちゃんは昔から痛いから。」
俺は、この世のものとは思えないほどの禍々しい声で、呟いた。
「…遥…俺は女子供には手を出さない主義だが…どうやらこの封印された『滅びの拳』を使わなくてはならないらしい…。」
そう言って差し出した俺の右腕を、地底奥深くの魔界の炎を思わせるエネルギー体が包んでいく…!
俺の脳内の話だが。
「それじゃ私も、お兄ちゃん特性味噌汁の封印を解除します。」
「えぇ!マジメに着替えますとも!」
ダメだ。いつまでたっても、遥に屁理屈は通用しねぇ。こーゆー固い妹ってのはいかがなものなのか。そう考えながら俺は、そそくさと着替えていった。
「いただきまーす!」
「いただきます。」
2人だけのあいさつを交わしてから、俺は目の前に並んだ食事を流し込んでいく。腹が減っていた事もあって、俺は猛スピードで平らげていく。
「あ、そうそう。」
「ん?」
思い出したような口ぶりで、遥は喋り出した。
「昨日大変だったの。」
「そうか。」
俺はあっさりと返事を返した。そのまま味噌汁をすする。…いや、紫色の味噌汁じゃねーって。
「お兄ちゃん。」
「ん?」
俺の素晴らしい無視っぷりにもめげずに、遥はこう付け加えてきた。
「聞きたいでしょ?」
一見ニコニコと屈託の無い笑顔だが、その反面、話を聞いてもらいたくてウズウズしているのだ。
「あぁ、聞きたい。」
「でしょー!」
ようやく会話に参加してくれた俺を見て、遥は喜んでいる。これが俺のプチ逆襲。情けねーな、俺(泣)。
「あのねー。私の学校には放送室があるでしょ?」
「あぁ、聞いた事があるな。何でも立派な放送室があるって。」
「それがね、火花を散らして爆発したの!」
「ブッ!?」
あまりに唐突な展開に、俺は味噌汁を吹いた。それはもう、畳職人もビックリするほどのキレーな霧が出来たほどだ。
「あ、笑う所じゃないよぉ。」
「いや、笑うだろ。」
「今日修理されるけど、それまで放送室が使えなくなっちゃった。」
ちゃぶ台をきれいに拭きながら、その話に耳を傾けた。普段なら右から左に聞き流すような話題だが、遥からの情報を一手に任されている俺のこと、そこは聞き漏らさなかった。
「そうか…。」
俺は立ち上がった。
「…どうしたの、お兄ちゃん?」
「それだぜ、遥!!」
やったぞ!最大の情報だろ、それは!俺は喜びのあまり、手に持っていた雑巾を流しへ投げ飛ばしたぜ、イヤッホー!
「わ、わ!?」
「遥!その情報、貰ったぜ!」
女学院の放送室が故障、そして今日修理をする。これは侵入のチャンス!
「え、情報って、え?!」
異様に慌てふためく遥には目もくれず、俺はカバンを手に取ると、そのまま玄関を飛び出した。
「サンキュー、遥!今日、俺は、俺たちは、放送室デビューなのだぁ!!」
この情報の価値、シンディなら理解できるに違ぇねぇ!早速会議をせねば!
「そんじゃぁな、遥!鍵閉めとけよ!」
「あぁ!お兄ちゃん、ダメだよぉ…!」
背後の方で叫ぶ遥の事なんざ、俺の頭からは消えている。さっきまでの眠気は、放送室の情報によって吹き飛ばされた。そう!俺は、俺たちは、放送室デビューなのだ!!


「なるほど。それはすごい情報だ。」
誰もいない図書室で、シンディは興奮した声を上げた。ホラ、やっぱな。
「シンゴ君!やっぱり遥ちゃんを引き込んで正解だったね!」
水鏡なんか、手を握ってくるからな。
「シンディ。という事はやはり、その工事の人たちに化ける手段を取るのか?」
冷静さを忘れない良はもう、これからの作戦案を考えていた。さすがだな、良。
「それが一番良いだろう。あれほど老舗の学園なら、普段からお世話になっている電気屋を呼ぶはずだ。そこを攻める!」
「しかしよ〜…電気屋って車移動だろ?誰が運転すんだ?」
「あ、本当だ。シンゴ君の言うとおり、誰かが運転しなくちゃいけないよね?」
「…忘れていたな…。」
俺の一言に、水鏡と良が考え込んだ。やっぱよぉ、徒歩で来る電気屋ってのは、怪しいからな。
「…フフフ。お前ら、それは私に任せろ。」
悩む俺たちの姿を見下すような声で、シンディは言った。
「先輩、運転できる人を知っているんですか?」
「運転だけではない。機械にも非常に詳しい人物だ。」
「シンディ〜、勿体ぶってねぇで、早く教えろよ。」
「俺たちの知っている人物か?」
3人の質問にも動じずに、シンディは答えた。
「この図書室で眠りこけているやつだ。」
一瞬、部屋が静かになった。
「眠り…?」
「こけている…?」
「まさか…?」
俺たちの目線は一気に、爆睡する北岡先輩の方に向いた。
「その通りだ。こいつは俺たちの切り札だからな。」
シンディはニヤニヤした顔で、先輩を起こし始めた。
「き、北岡先輩が…運転ですか?」
「水鏡、お前はどうやら信用できないらしいな。」
「いや、だって…。」
水鏡…お前のその不信感、バカな俺にも分かるぞ…。北岡先輩の運転じゃ、居眠り運転だからな!!
「お前ら、拓弥だと居眠り運転だと思っているな?」
「そうだ。」
良は、何のためらいも無く答えた。
「ちょ、りょ、良君?!」
「俺たちは居眠り運転で死にたくないからな。」
「良、安心しろ。こいつはハンドルを握ると目が冴えるんだ。」
そう言うけどよぉ…シンディ、北岡先輩を起こすの諦めて、思いっきり引きずって運んでるぞ(汗)?
「ホラ、お前ら、さっさと電気屋に行くぞ!さっさと出かける準備をしろ!」
「えぇ、先輩?!僕たちは今から授業が――」
「サボれ、サボれ。」
おぉ!シンディから意外な言葉が!
「私がこれほどのチャンスに出会ったのは、今までの人生で始めてかも知れない。拓弥の本領発揮を見れる、という理由もあるが…ククク…楽しみになってきたぞ…。」
怪しげな言葉を発しながら北岡先輩を容赦なく引きずるシンディに、俺たちは恐怖を覚えた。


もしや、シンディが一番危ないんじゃねーのか(恐)?

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