>>拓弥
「ふぅ…やっぱりバイクの方が早いねぇ…。」
再び僕たちは、真っ直ぐ伸びる道路を爆走していた。目の前を走るバイクは、何度も僕の車の体当たりをかわしていた。
「だけど、いつまで避けられるかなっと。」
僕はギアチェンジを行いながら、何度も車をバイクに突進させる。関西弁の彼はそれをすぐさま察知し、相変わらず僕を煽っていた。
「やい、鬼さん!こっちまで来てみぃや!」
そう叫んでいるらしいけれど、この車がオンボロだから、エンジン音で掻き消されて聞こえてこない。
「『アウト・バーン』、この音何とかならないの?」
僕の質問に対し、アウト・バーンはわざわざ顔を僕の目の前に出してきて、
「FAHR'N FAHR'N FAHR'N」
とだけ呟いた。
「他に何か喋ってよぉ。この車、カーラジオが無いんだから。」
「WIR FAHR'N AUF DER AUTOBAHN...」
「分かった、分かった。もうそろそろ攻撃しかけてみるから。」
僕は窓を開け、大声で叫んだ。
「ねぇ〜。まだ体力持つ〜?」
「当たり前やないか!逃げとるだけやで?ワイはタフネスな男やさかい、もっと体当たりしてきーや!」
「分かったぁ!」
僕は一気にギアを高速に切り替えると、そのまま彼のバイクの後部に突撃した。
「うわわわ!」
「あれぇ?意外とノン・タフネスなんだねぇ。」
「何やとぉー!?もういっぺん言ってみーや!」
「う〜ん…嫌だなぁ…。」
「嫌なら、ワイから仕掛けるでぇ!」
バイクは一旦車から離れると、勢いをつけて、前輪にぶつかってきた。さすがは500kgオーバーのモンスターバイクだなと、僕はその時思った。車は大きく揺さぶられ、反対側はガードレールを激しく擦った。
「やるやん!これだけの体当たり食らって倒れとらんやつ、あんさんが初めてやで?!」
「そりゃ、どうもぉ〜。君のバイクは凄い馬力だねぇ。」
彼は自分のバイクを褒められたのが嬉しいらしく、さっきまでのどことなく真剣味を帯びた顔つきが、一気ににこやかな顔つきになった
「あんさん、なかなか目の付け所がえぇなぁ!こいつは唯一無二のワイだけのマシン、『ナイト・オブ・ファイアー』や!」
「おぉ〜。」
適当に盛り上げる。
「こいつの秘密は、やっぱエンジンや!6気筒韋駄天Mark−Uエンジン2機搭載なんや!!」
「んん〜?聞いたことの無い名前だなぁ…会社はどこ?」
「ところであんさん!…前を見てみぃ!」
若干話題を切り替えられた気がするけれど、僕は前方を見てみた。だいぶ先のほうに、信号機が1つだけ見えた。自信が無かったから、彼に尋ねてみた。
「あの信号機〜?」
「そや!ルール追加や!あの信号機まで先に到着した方が勝ちっちゅーんやけど、どや?!」
直線距離およそ1km弱。今からだとおよそ20秒位かぁ。早いなぁ…(汗)。
「良いよぉ〜。」
まぁ、彼よりも早く辿り着けば良いんだよね。僕はすぐさまギアを切り替え、どんどん加速させていった。
「鬼さんこちら〜!」
関西弁の彼も一気にエンジンを吹かしたらしく、スピードを上げ、僕の目の前で加速を止めた。
「邪魔だよぉ〜。」
「相手の妨害をするのも、勝負のうちやしな!」
僕が右にハンドルを切れば、彼は右に曲がるし、僕が左にハンドルを切れば、彼は左に曲がった。どうやら僕の妨害をするというのは、本気らしい。
「『アウト・バーン』…どうやら懲らしめなきゃいけないみたい…準備は良い?」
「WIR FAHR'N FAHR'N FAHR'N AUF DER AUTOBAHN」
僕の心獣は右目のモーターを高速回転させながら、変な音で笑った。ゴールまであと10秒程度。僕は賭けに出た。
「標的、確保。」
狙うはバイクの後輪。
「3」
それもギリギリのところ。
「2」
そこに当たれば、バイクは吹き飛ぶ。
「1」
どんなバイクも、スリップだ。
「『KOMETENMELODIE1(大彗星の軌道その1)』!」
かけ声と共に、僕はアクセルを一気に踏みしめた。それと同時に『アウト・バーン』も、車のエンジンを高速回転させた。エンジンは大量の爆発を伴いながら、タイヤへそのエネルギーを伝える。タイヤがそれを捉え、地面を蹴った事を、自分の体で感じた。
「ん……?!」
関西弁の彼は、確かにそう呟いた。


金属がぶつかり合う音の後に、金属が擦れる音がした。僕は運転席にいるからあまり見えなかったけれど、彼のバイクは地面に放り出され、彼の体は空中へと放り出された。今バックミラーに、彼の姿は映されていない。まだ1秒も経っていない世界の話だ。
「ゴメンね。」
恐らく0.5秒後に鏡は、彼や彼のバイクを映してくれるだろう。僕の野性的な本能が、瞬時にそう考えさせていた。事実だけを述べるなら、簡単だ。


僕は彼を轢いた


だけど、僕はあまり罪の意識を感じなかった。何故だろう?今思い出してみれば、それに早く気付くべきだった。その疑問が晴れたのは、彼を撥ねてから1.8秒後の事だった。
「うわぁ!!」
僕は慌てて身を引いた。助手席の天井が、席を貫くまで貫通したからだ。思わず手を離してしまったから、運良くハンドル操作の誤りが無かったのが幸いだった。
「…一番手っ取り早い方法はな…。」
轢いたはずの関西弁の彼の声が、何故か天井から聞こえてきた。まさか、としか思えなかった。
「まさか。」
「この車をぶっ壊す事や!!」
瞬間、車に途方も無い衝撃が走った。車は左側からの衝撃を受け、右側に並ぶガードレールを飛び越え、空中を舞った。ハンドルに必死にしがみつきながら、運転席から外を眺めた。上下に反転した世界の空中に、彼は浮かんでいた。
「もういっちょや、『ナイト・オブ・ファイアー』!!」
彼がそう叫ぶと、今度は車のエンジン部分が、文字通り破けた。ボンネットは簡単に吹き飛び、僕が目にした光景は、エンジンを貫くように彼のバイクが突き刺さっている、というものだった。バイクは運転手もいないのに勝手にエンジンを吹かし、そして2,3度ライトを点滅させた後、まるで幽霊の如き軌道を描いて、落下する関西弁の彼を捕まえた。
「よっしゃ、えぇ子や!!」
彼は器用に空中でハンドルを握ると、そのままシートに座った。この間、わずか3秒程度だった。彼が同じスピードでバイクに乗っているのに対し、ガードレールから落とされ、エンジンもボディも大破された車の中に、僕は取り残されていた。
「……彼、やるなぁ…。」
敵ながら、感心してしまった。本当、今のは僕のミスだった。もうもうと黒煙を上げるエンジンから、『アウト・バーン』がひょっこり現れてきた。
「ん、どうしたのぉ?」
「WIR FAHR'N AUF DER AUTOBAHN…」
「…そうだねぇ。もう少し頑張ってみようか。」
僕のやる気に反応して、『アウト・バーン』はさらに発光ダイオードを光らせるのだった。


>>司馬
「なんちゅーか、ちょいとやり過ぎてもーたかな?」
愛車『ナイト・オブ・ファイアー』のエンジンを吹かしながら、ワイは心配になった。
「まぁ、えぇわ!あともう少しでゴールや。とっととゴールしてから、様子見に行くで!」
ワイの声に愛車は、ランプで反応した。ちょいと難しいやろけど、『ナイト・オブ・ファイアー』はワイの心獣『チェッカー・フラッグ』が物質化したものや。
分かりやすく言うとやな、高速化させる心獣自体が『チェッカー・フラッグ』で、心獣によって出来たバイクの名前を『ナイト・オブ・ファイアー』言うてるんや。ややこしーやろけど、ワイのセンスやし、そこは堪忍な。
「しかしさっきの体当たり、激しかったなー?!ワイ、本気で吹っ飛んどったで?!」
「そりゃそうだよぉ〜。」
その声を聞いた瞬間、ワイは寒気を感じた。
「僕の必殺技『KOMETENMELODIE1(大彗星の軌道その1)』をかわしたなんて、君が初めてだよぉ〜。」
「ど、どこや?!どこにおるんや?!」
ワイは必死になって、あの男を捜した。しかしいくら見ても、男の姿は見当たらんかった。
「ここだよぉ〜!」
声がする方を見た瞬間、ワイは言葉を失った。明らかに先程の車と思われる物体が、ガードレールに沿ってワイの後方を走っていたからや。
「な、何やそれぇ?!」
ワイが悲鳴を上げたのは、無理も無い話やった。確かに部品は先程の車やのに、あちこちエンジン部分が突出しており、タイヤは前と後ろで2つ、ちゃんと男の前には窓ガラスで防風が施されていた。1番奇怪なんは、車体の横を補助するように生えた、鉄の塊やった。どう見てもその細長い物体は、以前扉に使用されていたものやった。まるで虫が歩くみたいに動きよるんや。
「僕は機械を操るんだよ?」
「そ、そんなもんが機械なんて言えるかい!!」
ワイは思わず叫んだけど、現に彼の『車』は走っていた。ワイは気持ち悪さからエンジンを吹かし、目の前だったゴールへ一気に突っ込んだ。


「…君の勝ちだねぇ。」
倒れこむワイの前に、気味の悪い「車」に乗った男は、ワイの顔を覗きこんどった。
「あんさん、何者や…。ただの鬼ちゃうやろ?」
「僕は北岡だよぉ。」
「名前とちゃうわ!」
大きなため息をつきながら、ワイは空を見上げた。勝負に勝ったはずやのに、勝った気がせーへんで…。
「あんさん…あの気色悪いやつ…あれは何や?」
「『KOMETENMELODIE2(大彗星の軌道その2)』だよ。」
「1と2の違いが分からへんわ。」
「微妙だからねぇ。」
ワイはスッと立ち上がって、男の前に手を差し出した。
「えぇ勝負やったわ。握手せぇへんか?」
「良いねぇ。」
ワイらは無言で握手を交わした。ワイもそれで満足やった。
「また今度も走ろーや。ワイ、えぇコース知っとんで?」
「それじゃ僕も、とっておきのコースを探しておかないと。」
もうすぐ別れそうな雰囲気になった瞬間、
「北岡先輩、何してるんです?」
と、誰かが会話に割り込んできよった。
「あぁ〜…流君かぁ。」
「…あぁ!こ、このメロンパンの数はぁぁ!?」
ワイは顔を真っ赤にして驚いた。この男、両手に大量のメロンパンを買って、尚且つ帰宅中にいくつも同時に食べとるで?!ま、まさか…!
「お、お前が『メロンパンの鬼』の良かぁー!?」
「…俺の事か?確かに、最近そう呼ばれているらしい。」
「こ、こんなところで会うとは、逆に奇遇やのぉ?!」
ワイのリアクションが理解出来とらんのか、良は目をパチクリさせとった。
「先輩、こいつは誰だ?」
「さぁ、僕も聞いていないから。」
…そーいやこの男に自己紹介するの、忘れとったわ(汗)!
「ワイは鬼を退治し続ける『神風の』司馬や!良!お前を1人の鬼として、ワイと勝負するんや!」
「…。え、先輩、こいつを倒せって事か?」
「うん…多分。」
北岡の言葉が終わるか終わらないかの瞬間、良の回し蹴りはワイの延髄目掛けて振り下ろされとった。今日で1番激しい振動を首に受け、ワイは世界が回るのを感じるだけやった。
「ふん、他愛無い。」
うずくまるワイを放っておいて、良はそのまま帰っていってもうた。
「まぁ、散々暴れまわった後だから…今度にしといた方がいいよ。」
周囲が奇異の目でワイらを見ている事には気付いとったけど、それを気にするほどワイの心に余裕は無かった。


あぁ…やっぱ鬼は残酷やなぁ…(泣)

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