第11話
>>良
「なるほど。」
水鏡の話を聞きながら、俺はメロンパンを口に入れた。
「つまり、急に乱入してきた不審者に一同騒然、シンゴは気絶、水鏡は恐怖、そして事件は通行人による通報にて終局を迎えた、と言うワケだな?」
「簡単に言えば、大変だったんだよぉ〜。」
本当に大変だったらしく、水鏡はやけにぐったりしていた。そのあまりのぐったり加減に、いつもの彼のまとめ過ぎが気になる事は無かった。本当に大変だった様子が、その態度に表れていたからだ。
「本当、本当、怖かったよぉ。」
「確かに、怖いだろうな。異様に興奮して侵入、しかも相手がキレているとくれば、大概の人はパニックを起こす。…その男、賢く無いな。」
「まぁ、今だからこうやって冷静に分析する事が出来るけど、あの時はそんな事しているヒマは――ところで良君、そのメロンパンは?」
「ん?」
水鏡が指差したビニール袋には、山のようにメロンパンが入っていた。そしてそれが俺の脇に置かれていれば、誰でも気になるだろう。
「あぁ、これか。これはだな、昨日俺がありとあらゆる場所で買い付けたメロンパンたちだ。」
「ありとあらゆる?」
「そうだ。この星観町の全てのパン屋5軒に加え、隣町の月島町のパン屋3軒、白河町4軒、さらには隣の大阪府からも買い付け、昨晩からずっと食べ続けているのだ。」
その総数なんと37軒!
「良君…いくらメロンパン好きだからって、それはちょっと度を超えていない?人として…。」
「何を言っている。こうやって1つ1つを食べ比べる事により、どれがどんな味をしていて、どんな違いがあり、どんな趣向を凝らしているか…それを見極めないで『メロンパン好き』は名乗れない…。」
「いや、だからってその数は…(汗)。」
…ふむ…俺を見る水鏡の目が、明らかに人を見る目で無くなっている…。これは一つ、言い訳でもしておく必要があるかも知れない…。
「水鏡…『好きこそものの上手なれ』という言葉を知っているか?『好きならとことん極め尽くせ』という意味なのだが。」
「いやぁ…知らないなぁ…。」
「そういう有名な言葉も存在するから、俺は一つの事に執着するわけだ。分かるか?」
「うん…まぁ、何となく分かったよ。」
…。ちょっと心が痛む。
「それじゃ、今日もメロンパンを買い漁るの?」
「いや、今日は適当に散歩でもする予定だ。」
「そっか。そうだよね。食べてばかりじゃ太るもんね。」
何を納得したのかは分からないが、水鏡は納得したらしい。俺もそれで良いと思っている。別に問題が起こるわけでは無いからな。
>>水鏡
もう夕方になってしまった。これから昼が長くなっていくためか、まだまだ外は明るい。秋では無いため、決して夕暮れがきれいでも無い。良君は散歩に出て行ってしまった。シンゴ君はさっきから行方不明。…まぁ、どうせレイさんの所だと思うけど。
「はぁ…ヒマだなぁ……。」
気心の知れた友人たちが出払うというのは、意外と苦痛に感じる。こういう状況になると僕は、何をするわけでも無くブラブラと町へ暇つぶしに出かけなければならないからだ。
「何でも良いから、何か出来事でも起こってくれたらなぁ…少しは暇つぶしになるのになぁ…。」
そうぼやきながら僕は、ため息を一つ吐いた。今思い返してみれば、こう考えなかった方が、後々の面倒が起こらなかったのかも知れない。でも、当時の僕には何ら予想すら立てられなかった。
「仕方ない。川原沿いに家まで帰――」
その瞬間、正門の方から爆音が響き渡った。何かが爆発する音とは違う、独特の衝撃だった。一言二言呟きながら僕は、足早に校門へと向かったのだ。
――そこに、少年がいた。明らかにこの学校と違う制服を着た少年が、やたらでかいバイクに乗っていた。いや、でかいだけでは無かった。前輪カバーには牙のようなレリーフが装飾されており、頑張れば3人乗り出来そうなシート、そして後方に伸びる巨大なマフラーが強烈だった。
「…君…桃太郎の話、知っとるか?」
その口調は、関西弁だった。ここ京都よりも激しい、大阪側の訛りだった。
「出生は何や色々言われとるけど…畜生引き連れてそのまま鬼を退治に行こうと思いついたあの精神っちゅーのは、遺伝子に刻まれとった宿命が成せる技なんちゃうかと、ワイは思うわけや…。」
少年は誰に言っているのか分からない独り言を呟いた後、僕に向かって
「ワイも同じや。体中の遺伝子が『鬼を倒せ!』言うて聞かへんのやわ。……『良』っちゅー男はおるか?」
と急に話を切り出した。
「…え、え?」
「何や、聞こえなかったんかいな。そんならもっとおーきい声で言うさかい、そのちーさい耳で聞き取るんやで。えぇか?ワイが探しとるんは『良』っちゅー男や!分かるけ?」
「わ、分かる!分かったよ!」
激しい。訛りがちょっと激しすぎて、全然馴染めない。いや、聞き取りは可能だけど、全然馴染めない。
「…昨日、街中のパン屋からメロンパンの姿が消えたんや。」
「は?」
「それもワイの街だけや無いで!隣の町も!隣の街も!その隣も!全てのパン屋のメロンパンが、突如として姿を消したんや!」
「…それで…?」
「その時風の便りに、とある噂を聞きつけたんや。メロンパンを買い漁ったのはカネモ(金持ち)のボンボンやない、ただの高校生やっちゅーんや!しかもそいつ、その類稀なメロンパン好きのおかげで、『メロンパンの鬼』呼ばれとんのやと!」
良君…そんな悪さを働いていたのか…(汗)。
「…鬼、誕生やな。」
「ハッ?!まさか…!」
「そうや!ワイは、世の中にはびこる鬼と言う鬼を退治して回る男、そしてアスファルトを高速で動き回る男……『神風の』司馬とは、ワイの事や!」
す、すごい!そんな有名な人だったのか!そんなツワモノと出会うなんて、良君ピンチ!
「(…と言っても、全然聞いたこと無い名前だなぁ…あ、僕は水鏡です。)」
「ワイはあの男と勝負するんや!どこや!あの男は今どこにおるん?!」
「ちょ、ちょっと!?」
「何や?!」
「いや、そんなに顔を近付けられても…。」
そんな10cm先で話されても、ねぇ…(汗)?
「あ、何や、そやったんかいな。すまん、すまん。ワイ、ちーとも気付こうへんかったわ!」
明るく笑う彼の声に、悪気は感じられなかった。本当にこの人、良君と勝負する気なんだ…。
「は、はぁ。…それで、良君の事だけど…。」
「知っとんのか?!頼む!教えてーや!」
「今日は散歩するって言って、さっき出かけました。…多分見つからないかと…。」
「……。」
しばらくこの関西弁の少年は、大きな目をパチクリさせながら約13秒後に
「何やてぇ?!」
と叫んだ。
「外出中かい?!」
「はい。」
「そんじゃ、帰ろ〜。」
僕は派手な音を立てながらこけた。
「早っ?!」
「お〜!君、良い反応やな!…どや?一緒にお笑い(一番有名なのは古本興業や!)でも狙うか?」
「狙わないです!てか早すぎですよ?!もっと探しましょうよ?!」
少年は少し考えてから、
「やっぱやめる。」
「どうして(汗)?」
「簡単や…ワイのテンションが下がったんや。下がりきったテンション上げんの、結構辛いんやで?」
そう言いながら彼は、自分のバイクにまたがり直した。よく見てみると、そのバイクは恐ろしく大きかった。彼の身長以上もある全長を誇るそのバイクは、そんじょそこらのバイクでは太刀打ち出来ないだろう。いや、もしかしたら大型二輪でも歯が立たないかも知れない。僕はバイクに全く詳しくないけれど、見ただけでそれは予想できた。
「ほんじゃ、帰るわ。」
「あの、すみません!」
「何や?」
「帰るって…どこへですか?」
僕は何気無い質問をしてみた。
「そんなん決まっとるやろ。大阪や。」
「大阪からわざわざ来たの?!」
「当たり前や。鬼がいるのならワイ、地球の裏側までかけつけるで。…あ、そやそや。君に言いたい事があるんやけど。」
「何ですか?」
「あんさん…関西人なん?」
「え?」
「終始標準語やん。」
「……え??」
「ほな、さいなら。」
彼はそれだけ言い残すと、耳をふさいでも鼓膜が痛くなる程の爆音を鳴らしながら、あっという間に去っていった。
「…この事…良君に言うべきなのかなぁ…?」
あまりの中途半端な敵の登場に、僕は本気で迷うのであった。
あと、訛りについて本気出して考えてみた。
>>司馬
「鬼がここにおらんのなら、ここにおってもヒマやんなぁ…。」
町中に響き渡る爆音を鳴らしながら、ワイは帰路についた。
「おもろないなぁ…こんなに田舎やと、出来る事も限られてくるわ。とっとと帰ったろ!」
遊ぶんならやっぱ近所の商店街やな。気心も知れとるし、遊び場に困ることも無いし、たこ焼きが焦げとる事も無い。ワイの庭同然のとこや。ワイが適当に自慢のバイク走らせて帰ろう思うた、まさにその瞬間やった。
「……!」
突風や。大きな突風が、ワイの横を通り過ぎた。ワイの目の前を走っていたのは、公道を高速でぶっ飛ばす、1台の乗用車やった。目をパチクリさせながら、ワイはその車を凝視した。
「……あれ…ワゴン車やん!?あんなもんが、どないしてあんな高速で走っとるんや?!」
そう叫ぶや否や、ワイの右手は一気に回った。一瞬でバイクを最高まで吹かし、恐ろしい程加速つけて車を追った。前から来る物凄い勢いの風が、ワイの服を激しく揺らした。
「そこの車ー!待つんやー!」
ワイの第一印象と打って変わって、意外と早く車まで追いついた……ちゅーても制限速度50m/hの公道で、メーターは120を差しとったけど。
「おーい!人の話は聞くもんやぞ!?」
よー見てみると白いワゴン車は、だいぶ古い型やった。こんな車でよー走れるわ、て思うた。ワイは車の助手席側から窓ガラスをノックし、窓を開けるよう催促した。案の定、中の運転手は開けてくれた。
「全く、こんな公道に爆走なんて、なかなかえぇ度胸しとるやないか――って…ん?!」
「…なぁに?」
「あんさん…高校生なんか?!」
「そーだよぉ。」
ワイは目の前の事実を疑った。時代遅れの車を爆走させていたのは、ワイくらいの学生やった。同じくらいの学生で、同じ爆走仲間っちゅー事になるわ。
「…あんさん……『公道の鬼』やな!?」
「ん〜…?」
「ワイと同じ、爆走好き……『公道の鬼』なんやな?!」
「違うよぉ…僕は北岡だよ。」
「名前とちゃうわ!今は通り名の話や!……そんで、高校何年や?」
「3年〜。」
「何や、ワイより先輩やんか。」
この時ワイは、この不思議な先輩と漫才しとる事に気付かへんかった。
「へぇ〜…君、僕の後輩なの?」
「学校ちゃうわ!これのどこがあんさんとこの制服やねん!バリバリ学ランやろ!」
「うわぁ〜…本場のツッコミだぁ!」
「もうえぇわ!目の前に信号機があるん、見えるか?!」
だんだん話がまどろっこしくなって来た。ワイは一気に話を変えた。
「見えなかったら運転出来ないよ。」
「あそこがスタートや!あそこを同時にスタートして、決着つくまで勝負や!」
「…勝負って…どんな?」
「相手より速く走る!相手をこかす!何でもありや!!」
「了解〜♪」
北岡っちゅー男は、何が気に入ったのか、この爆走バトルに乗ってきた。交渉成立や。あとはワイが一番の『神風』っちゅー事を教えたるねん!そしてワイは!今度こそ鬼の首を取ったる!!
…てか、何で標準語ばっかやねん、このあたりは(汗)?
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