>>水鏡
礼拝堂から程よく離れたところに、1つの建物があった。木で作られた看板は古ぼけていたけれど、何とかその元の文字を読む事が出来た。
「『聖ミスラル大聖堂孤児院…月島町支部…』…?」
「はい。ここが、私たちが運営している孤児院です。」
「ふぅん…。」
建物の中からはたくさんの子供の笑い声が聞こえていた。別に疑っていた訳では無いけれど、孤児たちへの活動をしているのは本当らしい。
「せっかくですし、入ってみますか?」
「え!マジで良いの?!」
「構いませんよ。ここは普段から開放されていますから。」
そう言いながらレイさんは、孤児院の門をくぐった。それに僕ら2人が続いた時には、周りに子供たちがたくさん集まっていた。よく聞き取れない事を叫びながら、僕らの周りを駆け回る子供たちの顔を見るに、どうやら歓迎されたようだ。
「よぉ、若き少年少女たちよ!俺たちゃ隣町からはるばるやって来たイケメンよ!カッカッカ…!」
意味不明な言葉を叫びながら、子供たちの中に混じろうとするシンゴ君の姿は、正直痛かった。頑張るなぁ、シンゴ君…。子供、嫌いなのに…。
「ゴメンなさい。来て早々こんな事になっちゃって…。」
ふと、子供たちの相手をしていたレイさんが、僕に謝ってきた。言われた瞬間は何の事だかよく分からなかったけれど、恐らく子供たちの事なのだろう、と思った。
「別に気にしないで下さい。シン…晃平君も楽しそうだし。それに、子供は遊ぶのが仕事ですから。」
「フフ…その通りです。」
少しだけ笑みを浮かべるレイさんを見て、ようやく僕は落ち着いてきたようだった。僕は適当に子供たちの相手をしながら、ゆっくり周りを見渡してみた。
両手の指でギリギリ数え切れない程度の人数の子供たちが遊ぶには、もってこいの広さのその庭は、非常に手入れされていた。南を向いているのか、日当たりは良好、心地よい風も吹いていた。こんなに気持ち良い環境、田舎の星観町でもなかなか見つからないだろう。僕はこの庭を素直に、羨ましく思った。
そこまで考えていた時、いつの間にかシンゴ君は、庭の片隅にあるブランコまで連れ去られていた。数人の子供たちに誘われて、ブランコで遊んでいる……訳ではなかった。
「…あ、蹴られた。」
集団リンチにあっていた(汗)。
「…どこへ行ってもシンゴ君…いじられキャラなのかな?」
遠くの視線から、再び庭を眺めた。木登りを楽しむ男の子、レイさんに集まる女の子、シンゴ君をいじめる少年少女、僕に懐く天使…
ん!?
天使!?
「うわぁっ!?」
僕は慌てて足を払った。僕の右足に抱きついていた白っぽい何かは、数メートル先まで飛んでいった。
「い、い、今…今、何かが僕に取り付いていた?!」
僕は警戒の目で、その物体を凝視した。迂闊だった。体長半メートル程だったから、赤ちゃんか何かだと勘違いしていた。いや、事実、目の端に映っていたその物体の取っていた行動は、紛れも無く赤ちゃんのそれと酷似していた。よちよち歩きで…何かに掴まろうとする仕草に…何でも食べようとする癖…。
「…あの…レイさん……。」
「はい。どうかしましたか?」
「…『何か』が、います…。」
「フフ…何でもいますよ、ここは。近くの森からは動物が寄ってきますし、礼拝堂には様々な人が訪れて来られます。」
ひきつる僕の顔を見ていない彼女は、穏やかな口調でそう答えた。
「…僕、マジメです…。」
「私も真面目ですよ?」
「…『何か』が…。」
白い物体は、もぞもぞと動き始めた。ひっくり返っていたのか、太くて短い両手足をばたつかせ、この庭に足を踏みしめた。そしてそのままハイハイをするような動きで、僕の元へ歩み寄ってきた。
「…とりあえず…来て下さい…。」
「良いですよ。ちょっと待っていてください。」
「…なるべく、早めで…。」
そんな事を言っているうちに、その物体は僕の目の前までやって来た。ちなみに僕は先程から驚きのあまり、動けないでいる。そんな状態の僕を知ってか知らないでか、羽の生えた白い物体は、ゆっくり、ゆっくりと這いつくばって来ている。
「…は、早…。」
そしてそれは、僕の目の前にいた。顔の割りに大きな眼は、僕の存在を確認していた。動かない体でそれを眺めてみるうちに僕は、改めてその物体の奇妙さを感じた。真っ白な姿、でかい眼、ほぼ二頭身の体に、ずんぐりむっくりした体型、短い手足、その手に握られた細めの十字架、そして羽…。
この時僕は確信した。間違いない、これは誰かの心獣だ。今朝見た新聞では、最近B−1の戦闘が激しさを増してきたらしい。これは、その参加選手の心獣だ。それならこれに近付くのは危険かも知れない。
「お待たせしました。どうかなさいましたか?」
その時になってようやく、レイさんがやって来た。迂闊だった。この時僕は激しく後悔した。もしこれが何か危険な心獣なら、レイさんを呼ぶべきでは無かったのだ。仕掛けられた時限爆弾を見つけて、全くの素人に助けを呼んだのと、何ら変わりが無い。
「ち、近付いちゃダメだ!」
なので、そんな思いの詰まった僕の叫びを聞きながら、その物体へ不用意に近付くレイさんを見た時は、心臓が止まるかと思った。
「あ、危ないって!」
助けようにも何故か動けない、近付く事さえ出来ない僕を尻目に、レイさんはかがみ、そして物体に触れた。とっさに地面に伏せる僕の耳に入ってきたのは、レイさんのこんな言葉だった。
「何か危ないものでもあったの?」
僕に向けたものでは無い、その白い物体に語りかけたのだ。彼女はそれをヒョイと抱えあげると、赤ちゃんでも抱くように、その細い腕に物体を納めたのだ。
「何も無かった?それなら安心ね。」
そう言いながら彼女は、僕の元へやって来た。
「ゴメンなさい。もしかしたら、私の子に驚かれましたか?」
「私の…『子』…?」
彼女の腕であやされているその物体は、表情が無いくせに、どことなく笑っているように見えた。
「この子は、私の心獣です。」
「こ、これが?!」
「はい。『グランドクロス・ベイビー』と言います。ホラ、挨拶は?」
彼女の心獣から返事は無かった。どうやら思考能力も、人間の赤ちゃんに近いらしい。
「本当は、心獣の発動をやめる事も出来るのですが、子供たちに人気ですので、いつもこうやって出しています。」
「でも、実際にはしんどくないですか?話によれば、こういった像出現型心獣は像形成にエネルギーを消費するはずですよね?」
僕の心配をよそに、彼女は笑顔を浮かべた。
「安心してください。この子は低燃費ですから。こんな良い子に育ったのも、神のおかげです。」
そう言って心獣の背中を撫でるレイさんの姿を見て、彼女の心獣が天使の形をした理由が、分かった気がした。
「『グランドクロス・ベイビー』かぁ…。そう言われて見れば、額に十字のマークがありますね。全然気が付きませんでした。」
「本当ですね。この年で神に遣える事を決めるなんて、偉いですよね。」
どこか抜けているような返事を返すレイさんに気をとられていたので、その頃シンゴ君が子供たちに20HITのコンビネーションアタックを決められていた事に、全く気が付かなかったのだった。




>>

…!
くそ!
なんて今日は最悪な日なんだ!
よりによって対戦相手が、前大会の準優勝した奴なんて!
せっかく近辺の参加者を文字通り潰していったのに、これで終わりかよ!?
諦められっか…!
くそっ…!

…!
くくく…!
なかなか俺も運が良いな…!
あんなところに教会があるじゃねぇか!
あそこで人質を取り、あいつを棄権させちまえば、俺の勝利じゃねぇか!
もう俺は犯罪に手を染めた男だ、何をしたって平気だ!
すまねぇな、せっかくここまで勝ち上がってきたのによぉ!
俺の勝利は!
やっぱ揺るがねぇらしい!
くくく…!
…!

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