>>シンゴ
「おい、水鏡〜どこへ連れて行く気なんだよ?俺はプラモを完成させたくて仕方が無いんだぞ。」
「だ、か、ら!そのお礼をしに行くんだよ!」
つーわけで俺は今、水鏡に引っ張られながら、また月島町へと向かっていた。水鏡は良い奴だけど、こーゆートコでぐだぐだうるさい所があるから、困ったもんだぜ。
「良いじゃん、別に。そんな事わざわざしなくてもよぉ〜。くれるって言ったんだから、それで良いだろ〜。」
「まぁ、シンゴ君は別に大丈夫だろうけど…そろそろ世の中の厳しさを知らなくちゃいけない年齢だからね。」
「ハァ……かったりぃなぁ…。」
「文句を言わない!ホラ!早く歩いて!最近この辺りでもB−1の試合が行われるようになってきて、危ないんだから。」
今はまだ5月の後半だが、この頃からB−1も激しさを増してくる。昨日も俺の家の目の前で、激しい試合が繰り広げられていたもんだ。ま!俺様の方が、明らかにレベルが上だろーけどな!
「えっと…確かここのおもちゃ屋のすぐ近くだったよね…?」
あちこちをキョロキョロ見渡しながら、水鏡は何かを探している。恐らく教会を探しているんだろうなぁ…。


話は今日のお昼過ぎ。いきなり俺の元へやって来た水鏡は、一言、こう言った。
『お礼しに行くよ!プラモ代は持っているの?』
先読みできれば良かったんだろーけど、そこはバカな俺の事、うっかり『持ってるぜぃ!』と答えちまった。


そして今、こんな状況になっている。
…あ〜あ…。夢中になって探している水鏡を放っておいて、もう帰るか…?あのプラモはどちらかと言うと俺への『寄付』であって、決してあげるだとか貰うだとかいう『ヤツ』(当時の俺は『贈与』なんて言葉は微塵も知らなかった)では無いんだぞ!それを現金でお礼をしに行くなんて!理不尽だ!
「…シンゴ君!君も早く探す!」
「…ふぇ〜い…。」
ちぇっ。バレてやんの。
「あ、あった!」
「ちぇっ。見つかった。」
こういう時に限って水鏡は、俺や良よりも積極的になるのだ。ちょっと展開速過ぎだろ。
「見つかって良いの!ホラ!早く行くよ!」
水鏡に無理矢理引きずられながら俺たちは、ひっそりとたたずむ教会へと足を運んだ。
大きな木の生えた庭が印象的な、いわゆる『教会!』といった感じの雰囲気にビビったのは、ナイショだ。
「へぇ〜。これが教会かぁ…。普段こんなところへ行く機会なんて無いよね。」
「教会も見つかった事だし、帰るぜ、水鏡!」
「すみませ〜ん、お邪魔しま〜す!」
もはや水鏡は、俺の言う事なんか聞いちゃいなかった(汗)。襟首を握り締め、俺を強引に敷地内へと運んでいくのだった。俺たちの目の前に現れた、古ぼけた木製の入り口を大きく開けた先には、神秘の国・日本の趣なんてものは一切無かった。あるのは神が作り出した、燦々たる世界、そう、それはまさに現代に残る光と闇の融合された――
「誰かいませんかー?!」
「…なぁ、水鏡…せっかくの俺の名ゼリフを打ち消すなってばよぉ…。」
文句を言っても、水鏡は聞き入れてくれない。
「すみませーん!」
…もぅ、いいや。
「すみませーん!」
しかし…確かに誰の返事も無ぇなぁ…。もっとこう、あと1人くらい、常に誰かいるもんだろ。教会の中は中を程よく照らすステンドグラスと、壁にかかる十字の柱の外、特に目立ったものは無かった。
「やっぱ仏教とはかけ離れた感じがするなぁ。」
「そりゃ、現代ではそういう感じだよね。だけど、どの宗教も元は1つの宗教が影響を与えた、なんて説もあるよ。」
「ふぅん…。」
「あの聖徳太子も、宗教から誕生した架空の人物、という説があるんだ。『馬小屋の中で生まれた』っていう話が、他の宗教の話と全く同じなんだ。あと『何人もの人の話を聞いた』と言う話も、嘘だと主張する専門家もいるんだってさ。彼は日本で初めて忍者を使った人物だとする説もあるし――ってシンゴ君、もう聞いてないでしょ?」
「…え?何か言ったか、水鏡?」
教会の中の様子に見とれていた俺は、すっかり水鏡の話を聞き漏らしていた。そんな、見るのに集中している時に話しかけられても、困るんだよなぁ…。
「…。何でもない(泣)。」
よく分からんが、水鏡を泣かしてしまったのは、俺のせいらしい。何だか気まずい雰囲気になった時になって、ようやく誰かがやって来た。少し暗くてちっとも見えなかったが、俺よりは背の高い青年らしい。
「…誰か、いるのかね?」
「ププーッ!『誰か、いるのかね?』だってよ!今どきそんな言葉使うヤツがいたんだー!」
俺は思わず噴き出した。
「ちょ、ちょっとシンゴ君!?そんな言い方、失礼だよ!」
「フフ…気にしなくても良い。それくらい、人に会うたびに言われている。それで、何か用かね?」
俺のからかいをあっさりかわして、その男は、水鏡に話しかけてきた。
「あ、あの、僕たちはシスター・レイに用事があって、やって来ました。」
「あぁ、レイの知り合いか。まぁ、中へ入りたまえ。」
何を言われてもやめようとしない爺言葉を笑う俺に、水鏡は黙って肘を小突かせてくるのだった。男は俺たちを中へ入れた後、少し大きな声で呼んだ。
「シスター・レイ、お客さんだ。」
数秒後、どこからともなく、パタパタといった足音が聞こえてきた。
「何か用ですか、兄さん?」
「シスター・レイ、今はまだ私の事を『司教』と呼びなさい。それよりも、あなたにお客さんが来ています。」
何か仕事でもしていたのかは分からねぇけど、少し慌ててやって来た女の子はその男の声を聞いて、初めて俺たちを見た。
「あ、水鏡さんに晃平さんですね。」
「おっす、レイちゃん!」
俺のあいさつに、水鏡がグーで殴った。
「何すんだよ?」
「会っていきなり『ちゃん』付けは、絶対失礼だって!」
普段よりも血の気が走っている水鏡を、俺は少し冷ややかな目で見た。
「まったく…水鏡は頭が固ぇなぁ。一度とは言え、ガ○プラの素晴らしさを共有したんだぞ?俺たちはもう友人だぜ、なぁ?」
俺がレイちゃんに話を振ると、
「もちろんです。人類は皆、友人です。」
「な?レイちゃんがこう言ってんだ。間違いねぇって!」
高らかに笑う俺に何か言いたそうな顔をしながら、水鏡は黙ってしまった。
「それにしても、会った次の日に、二人揃って教会に来てくださるなんて…嬉しいです。」
「いや、まぁ、遊びに来ただけなら俺も嬉しいんだけどよぉ…。」
チラッと水鏡の方を見てみる。予想通り、目が爛々としていた。
「シン…晃平君が貰ったプラモの代金を払いに来ました。」
「…だってよ。俺は『別に大丈夫だ』って言ったんだけどよぉ…何だか、気が済まねぇらしいぜ?」
俺たちの話を聞いて状況が分かったらしいレイちゃんは、クスクスと笑い出した。
「そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。これは言わば、私から晃平さんへの寄付みたいなものですから。」
「な?」
『ホラ、言っただろ?』と言わんばかりの顔をする俺に、水鏡はまたしても黙ってしまった。
「…そうですね。もし、それでも納得できないようでしたら、こちらの方へ募金をして下されば、光栄です。」
そう言ってレイちゃんが差し出した箱には『孤児募金箱』と書かれていた。
「家庭の都合で孤児になってしまった子供たちへの募金です。私も活動しているものですので、よろしければ募金お願いします。」
「へぇ…。やっぱ、こーゆーのってボランティア活動みたいなもんか?」
「はい、そうです。ボランティア活動ですから。尤も、私たちはお金のために動いているのではありません。罪の無い子供たちのために、少しでも努力をしたいのです。」
「シン…晃平君。」
気付くと水鏡が不敵な笑みを浮かべていた。目が語っていた。『ほら、この人みたいに無償で頑張っている人もいるんだから、シンゴ君も何かしなくちゃ。』と言っている。
「どうなされますか?」
…。
「…募金します(泣)。」
「あの…嫌なら、しなくても結構ですので――」
「いや!俺は募金させてもらう!」
こんな状況になっちまったら、そう言うしかないじゃん(泣)。俺は財布からプラモ代1800円を、木製の箱へ勢いよく突っ込んだ。
「…何か、色々な想いが交錯されていらっしゃるようですが、ありがとうございます。」
「だ、大丈夫です。それよりも!頑張ってくれよな、レイちゃん!」
「もちろんです。大事に使わせていただきます。」
そう言ってレイちゃんは、にっこり笑った。
あぁ…この笑顔があれば、俺、頑張って生きていけるかも…。
「よろしければ、ここを案内させてもらえませんか?」
「案内?」
「はい。ここで会ったのも何かの縁ですし、もっとこの教会の事を広めたいと思っているので。」
「お、マジ?よし、行こうぜ水鏡。」
さすがノリの良い俺。レイちゃんの誘いに即答しちまったぜぃ!
「…まぁ、それくらいなら良いよ。」
「よっしゃ!それじゃお願いな!」
「はい、分かりました。」
あぁ…この笑顔があれば、俺、悔いは無いかも…。




>>水鏡
その時僕は思っていた。
『あぁ…シンゴ君…惚れたんだ…』
と…。

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