第10話


>>水鏡
「おい、水鏡!今日は俺に付き合え!」
何を思いついたのか、急にシンゴ君はそう言い放った。
「…何で?」
「これを見ろ!」
ズボンのポケットから、くしゃくしゃにした紙切れを取り出し、僕の目の前に広げて見せた。
「えぇっと、何々…?」
『新発売! ガン○ム・インヴィトロ・ジェネの決戦 完全再現バージョン 限定50体』
あまりにぐしゃぐしゃだったので少し読み辛かったけれど、何とかその文字を読み取る事が出来た。どうやら新商品のチラシらしい。
「凄いだろ!?あの『ジェネの決戦』時のインヴィトロが、完全再現されて144分の1プラモに進出だぞ!?」
「はぁ…。」
シンゴ君、こういうの大好きだからなぁ…。まぁ、いつもの事と言えば、いつもの事だけど。
「かつての友人であるトキスの波状攻撃を受けながら、リザルトはそれでも立ち上がり、インヴィトロのバーティブレイツをボディに叩き込んだあの雄姿を、この手で再現する事が出来るとは…!!」
「ふ、ふぅん……(汗)。」
「ガ○プラファンとしては堪らなさ過ぎる!!」
「あの、もう少し小さな声で喋ってよ。」
まずい。シンゴ君、我を見失っている。周囲の冷たい目に、僕は耐え切れなくなってきた。
「行くなら早く行け、うるさい。」
ふと気付けば、良君がそこにいた。とっくに帰る準備を終えた彼は、シンゴ君の背後にひっそりと立っていた。
「よぉ、良!お前も一緒に来いよぉ!」
陽気に叫ぶシンゴ君に対して、彼は冷たい声で返事した。
「俺は遠慮しておく。駅前のパン屋でメロンパンの特売があるからな。」
「良君、本当にメロンパンが大好きだよね。」
「確かに。メロンパンのためなら死ねる。」
自分でそう言いきるくらい、良君はメロンパン好きだ。一時は星観町中のメロンパンを買占め、食べ比べをしたらしい。尤も、それは本人談だけど。
「それじゃ、俺はこれで。メロンパンが俺を待っているからな。」
「また明日ね、良君。」
僕とシンゴ君は、足取りの軽い良君を見送った。
「水鏡ぃ。」
「分かった、分かった。一緒についていってあげるから。」
「サンキュー!」
机にかけていたカバンをかつぎ、僕らは教室から出て行った。


「ところで、どうしてこんな所まで…?」
シンゴ君は何故か町の中心部を離れ、黙々と歩いていた。
「この先におもちゃ屋なんて、あったっけ?」
「無いぜ。」
「無い!?」
心なしか、彼が急ぎ足になっている。
「無いのにどうやって、手に入れるつもりなの?!」
「星観町には無いけど、隣の町にあるんだなぁ、これが。」
「隣って…月島町に?」
そっか。さっきのチラシ、隣町のチラシだったのか。彼がそれをどこで手に入れたのかは気になるけれど。
「そーゆーこった!そこまで歩いて、さっさと整理券もらうぜぃ!」
「整理券?」
「なんせ今回のプラモは人気ナンバー1だからなぁ!ゲームじゃないから予約扱い外らしい。」
『いや、プラモだって予約扱い出来るでしょ。』と言いたかったけれど、そこには僕ら素人には分からない何かがあるのだろうと思い、言うのを止めた。
「それで整理券かぁ…。何だかコンサートのチケットみたいだね。」
「音楽もプラモも、今や同レベルにまで達している芸術作品だからな!何なら少し、語ってやろうか?」
僕はそれを必死に止めた。彼がそれを語りだすと僕は、数日は付き合わなくてはならなくなるからだ。
「あぁ、あぁ!いいって!大丈夫!でも、それなら早く行った方が良いんじゃない?」
「確かに。整理券は2時から、らしいしな。よし、ちょっくら走るぞ!」
「うん!」
助かった。シンゴ君、喋りだすと止まらないからなぁ。何とか話の矛先を変えた僕は、密かに胸を撫で下ろしていたのだった。


「あぁ!?」
「うわぁ…。」
僕らは言葉を失った。眼前にはたくさんの行列や人だかりが存在していた。
「も、もうこんなにいやがる!」
「シンゴ君!早く列に並ばなきゃ!」
「分かってらぁ!!」
僕らの思いを抱え込んで、シンゴ君は今、行列へと旅立ちました。
「……。」
比較的すぐ、帰ってきました。どこか生気の抜けた感じのする彼は、何も言わず、僕に整理券を見せました。
「……『51番』…。」
「…燃えたぜ…燃え尽きたぜ……何もかも…。」
「わぁぁ!シンゴ君!?」
僕は卒倒するシンゴ君をすぐに抱えた。ぐったりとした表情から、その精神的ダメージの大きさを読み取る事が出来た。
「誰か…誰か助けてください!!」
どこかで聞いたことのあるようなセリフを叫んでみた。もちろん、誰も助けてはくれない。当たり前だけど。
「水鏡…俺は、もう…ダメだ……。」
「ダメじゃないから!ただ売り切れただけだから!」
「遥の面倒、見てやってくれ…。」
「…。まぁ、真っ先に『こんな兄を持ってしまって、恥ずかしい』とか言われるね。」
とりあえず僕は、彼を落ち着かせる事に専念するものの、一向に彼は元気にならない。ずいぶん前から期待していたらしく、その衝撃は計り知れない。
「水鏡…俺はな…例えば200番とかなら諦めがつくぜ?…でもな…51番みたいなギリギリチョップは、正直堪えるぜ…。」
「だろうね。」
「『よりによって1番差か〜い!!』みたいな感じがな…。」
周囲を見渡してみると、店の前の人だかりは購入済みのお客さんである事が分かった。彼らの楽しそうな顔を見ては、シンゴ君は悔しさのあまり、拳を力ませた。
「それで、どうするの?」
「どーするも、こーするも無いだろ。…帰るぜぃ…(泣)。」
潔く諦めようと、シンゴ君がカバンを担ぎなおした、その時だった。
「お待ち下さい。」
女性の声が聞こえた。その言葉が、僕らに向けられたものだという事も分かった。
「はい?」
振り向いた目の前には、一人の少女が立っていた。見知らぬ少女だった。ちなみに、僕の第一印象は『年齢、僕らと同い年か、それよりも少し下かな?』といった程度だった。
「プラモ、売れ切れたのですか?」
「そぉ〜だぜ!あと1人!あと1人ずれていたら…!」
「シンゴ君、何も初対面の人に訴えなくても…て、ん?あれ?」
そういえば僕、どうして気付かなかったんだろう…?
「どうか致しましたか?」
「いや、君の服装…。」
よく見ると彼女の服は、一般人のそれとは大きく異なっていた。上から下までまっ黒、首の周りに白い布…これは…。
「シスター…ですか…?」
この時僕は、初めてシスター服なるものを見た。星観町にあまり外国の文化が無いことと、僕が(自覚は無いけれど、家系上)仏教徒である事が理由だった。
「ん?あぁ、ホントだ!?」
「シンゴ君、気付くの遅すぎ。」
彼のあまりの鈍感さに僕はうんざりした。まぁ、見慣れていないから仕方無いけどね。
「お2人とも、このような服装は初めてですか?」
「はい。その服を着ているって事は、君は神教徒関係者?」
「はい。すぐそこの教会のシスターを務めています。」
近くに教会かぁ…。星観町ではあり得ないなぁ。
「…あのよぉ…そういうのって、アルバイトか何か?」
「シンゴ君!?ちょ、ちょっとそれは失礼だよ!?」
「だってよ、水鏡、気になるじゃん?」
「気になっても尋ねちゃダメ!」
「良いじゃん、ケチ!」
僕とシンゴ君が言い合いを始めると、少女はクスクスと笑い始めた。
「フフ…お2人とも、おもしろい方ですね。」
僕は愛想笑いをしながら、軽く頷いた。
「水鏡さん、ですね?ご心配なく。そういった質問はよくされますので。」
「な?水鏡。」
いつの間にかシンゴ君は、活気に満ち満ちていた。さっきまでの落ち込みようが嘘のようだ。
「私は幼い時から教会で務めてきました。本格的に携わるようになったのは、12の時です。分かりやすく言いますと、これが私の仕事です。」
「へぇー!やっぱ給料とか貰うの?!」
「そりゃ、少しはもらいますよ。決してたくさんではありませんけれど。」
「シンゴ君、そこでストップ。それ以上はさすがに失礼だよ。」
『シンゴ君を放っておくと、何が起こるか分からない』――これが、僕や良君の間で確認されている法則だ。それは、あのニュートンが発見した万有引力よりも正確無比だ。
「ところで、僕たちに何か用ですか?」
本題に戻そう。色々言いたい事はあるけれど、今はそれが先だ。
「あの、これを…。」
彼女はそう言って、手に携えていたビニール袋を、シンゴ君に渡した。そしてビニール袋の中身を確認した瞬間、彼は周囲の人が驚くほどの絶叫を発した。
「…こ、これは!!ガ、『ガ○ダム・インヴィトロ』のプラモじゃねーか!?」
「はい。」
「し、し、しかも1番!?」
何度も絶叫を放つ彼に、少女は少し不安そうな顔を見せた。
「…お気に召しませんでしたか?」
「とんでもない!!」
度重なるシンゴ君の叫び声に、周囲も徐々にざわめき始めた。
「おい…1番だぞ…!?」
「嘘だろ!?俺なんか1時半から並んで、12番なんだぞ!?」
「一体いつから並んでいたんだ!?」
ざわわ…ざわわ…ざわわ…。
「うわぁ…凄い事になっちゃった…。」
辺りを見渡せば、ざっと30人強のプラモファンたちが、シンゴ君たち2人を眺めていたのだ。これはさすがに、早く事態を収拾させなくては。
「通りすがりのシスターさん!本当に貰ってもいいのか!?」
「はい。是非受け取ってください。神の子である私たちは、困っている人間に手を差し伸べる事を惜しみませんので。」
「お、恩に着る!!」
ビニール袋を手に持って、シンゴ君は年甲斐も無くはしゃぎ出した。
「…あ、もう時間ですので。私はこれで失礼させていただきます。」
「ホント、サンキューな!」
そんな彼に少女は、軽く微笑んでいるだけだった。
「いえいえ。是非一度、私の元に寄ってください。告解くらいならいくらでも聞いてあげますよ。」
「おっけー!暇があれば行くから!何てトコ?」
「すぐそこにある『聖ミスラル大聖堂』です。」
会話を楽しむ2人の間に、僕は割って入った。このまま彼を放っておくと、この大人数を連れたままどこかへ行ってしまいそうだ。
「ちょっと、シンゴ君!早く帰らないと、騒ぎが広まるよ!」
「お、すまねぇ!」
シンゴ君はビニール袋を握り締め、慌てて僕のほうへやって来た。その途中で僕は、名前も知らない少女に話しかけた。
「あの、君、ところで名前は?」
「…名前、ですか?」
何て言ったって、シンゴ君、プラモを丸々1つ貰ったからなぁ。いつかお礼をしに行くのに、名前は必須だ。
「レイです。『シスター・レイ』と言えば、分かると思います。」
「分かりました。僕は水鏡で、彼がシン…じゃなくて、晃平です!そ、それでは!!」
僕は若干失礼と思いながらも、慌てて人だかりから抜け出した。
「今度寄って行くからな!」
「はい。それでは、お気をつけて。」
未だ呑気に会話をするシンゴ君の首筋を掴んで、僕は慌てて星観町へと向かった。背後では先程の少女が、僕たちの姿が見えなくなるまで、手を振っていた。


…色々言いたいけれど、それは今度にしよう
時間も差し迫ってきている事だし

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