>>水鏡
もはや貸し切り状態の図書室で、話は大きく動いていた。
「それでは、次の作戦に向けての会議を始める。」
篠塚先輩はそう僕らに言ってから、資料を眺め出した。
「なるほど…これだけ資料があれば、一度は侵入してみたくなるな。」
「あの…。」
「どうした、水鏡?」
不思議そうな顔をして、先輩は僕を見る。
「本当に、僕らの仲間に入るんですか?」
そう。あの篠塚先輩が、僕らの仲間になると言い出したんだ。
「そうだ。ただし、あくまでも犯罪防止のためだからな!」
「そ、そうですか…。」
その代わり、北岡先輩が仲間に入っている事が条件だけど。
「いいじゃねーか、水鏡。せっかく入るって言ったんだぜ?なぁ、良?!」
「ま、そういう事だ。」
2人とも賛成だけど…どうしても腑に落ちないなぁ。
「水鏡、会議を続けるぞ。」
「あ、はい、ゴメンなさい。」
篠塚先輩の声で僕は我に戻った。でも、すぐに僕の意識は、この5人が囲んでいるテーブルの外へと飛んでしまう。どうしてだろう?どう考えても、犯罪防止のためとは思えない。それだったらいつも通り、図書室でガミガミ叱っていれば十分なはずだ。仲間になるまでのメリットが無い。第一仲間になったら、自分まで危険になるはずなのに。
「…するとやはり、空からの侵入しか無理だろう。」
「えー!?シンディ、マジで言ってんの?!」
「私が冗談を言うとでも思ったのか?」
「いや、シンディ。その空から侵入の案は、以前から俺も考えていたが…。」
「ホラ見ろ、シンゴ。良まで可能性を搾り出そうと努力しているではないか。」
「俺たちでは、そこまでする程の心獣能力が無い。」
「大げさなもので無くてもいい。ここから、ここまでの距離…約200mを確保出来れば、十分作戦は可能だ。」
篠塚先輩、思いっきり夢中になっているし(汗)。何なんだろう?『侵入』って、ここまで人を夢中にさせるものだったのだろうか。犯罪なんですけど。
「あーでもない…。」
「こーでもない…。」
「そーでもない…。」
斯くして、全く僕の意見無しで、3人の作戦の打ち合わせは続いた。
「くそ!手詰まりだ!」
篠塚先輩の悔しそうな声で、3人は疲れた表情を見せた。
「水周りは失敗、陸からは無敵、空からは不可能…まるで要塞だな。」
良君ですら、そんな皮肉を言うだけだ。3人のテンションが落ちている事は、明らかだった。その隙を見て僕は、先輩に声をかけた。
「あの…篠塚先輩…。」
「何だ?」
「本当に、仲間に入るんですか?」
「水鏡ぃ…お前しつけーぞ。」
先輩への質問に、シンゴ君が答えた。さすがの良君も、それにはウンザリといった顔をした。
「そうだぞ、水鏡。あまりの遠慮は失礼だ。」
「だって、先輩の仲間入りの条件って『北岡先輩が仲間に入る事』でしょう?」
「?そうだが、何か?」
「だって、当の本人、寝たままじゃないですか!」
僕の叫び声は、机を揺るがした。
「ぐー…。」
「確かに、その通りだな。おい、起きろ。」
篠塚先輩にいくら大きく揺すられても、北岡先輩は一向に起きる気配が無い。それを横目で見ながら、良君は呟いた。
「これ以上、いい案が出ないな…。」
「確かにそうだよね。水路ですら、完全に封鎖しているぐらいだし。」
「そもそもここの防犯システムが完璧過ぎる。厄介な事をしてくれたものだな…。」
ふぅ、とため息をつく良君。以前、ここの警備についてボロクソに言っていた事は、もう棚に上げているらしい。それが、彼が彼である所以でもあるけれど。その時だ。
「おい、お前ら、コネは無いのか?」
「コネ?」
先輩のその一言に、僕らは少しキョトンとした。
「そうだ、コネだ。ちなみに英語ではconnectionsと言う。」
そう語る先輩に、英語が苦手な僕は曖昧な返事を返した。
「つまり、あの女学院と何らかの関わりのある人物を知らないか、という意味だ。」
そんな都合の良い人が果たして僕らの近くにいたかどうか、いくら考えても僕の記憶から呼び出される事は無かった。悩む僕を見て、先輩は良君に尋ねた。
「良、お前はどうだ?」
「いない。」
「即答か。」
そのあまりに簡潔な返答に、先輩は呆気に取られた。
「俺は周囲に興味が無いからな。友人と言えるような奴も、シンゴと水鏡の2人しかいない。」
「そうか。分かった。」
もはや万事休す、といった顔をする先輩を見て、僕は少し悲しくなった。それよりも良君は、凄く悲しい人生を送っている気がする。もう少し友人を作った方が良いと思う。尤も、僕は彼と出会った時から、いつもそう思っていたけれど。
「くそ…!せっかくここまで来たのによぉ!」
「わぁ!?シンゴ君、机を叩かないで!ケーキが振動で落ちそうだよ!」
「ふむ…行き止まりだな。」
「まったくだ。この私が参加しても、ここまでとは…恐るべし、日本屈指のお嬢様学校。」
「ぐぅ…。」
途端、空気が重くなった。5人とも頭を抱え、誰も喋らなくなってしまった。せっかく新しいメンバーも加わったのに、もう終わりなのかな…。
しばらく時間が経過した。不意に、シンゴ君が思い出したような声を上げた。
「あ…。」
「どうした、シンゴ?」
すかさず良君が聞き返した。
「いや…ちょっと思い出した事があってよぉ。」
「何だ?!言ってくれ!」
先輩も、身を乗り出してきた。
「いや、そう言えば俺の妹、女学院生だったなぁ…て。」
「先に言え!!」
先輩の声は、もはや学校を揺るがした。
「あ、そういえば…。」
「そうだったな。」
僕と良君は顔をあわせながら、頷いた。
「どうしてお前は、自分の家族の存在を忘れていたのだ、あぁ!?」
「シンディ〜…キレるなよぉ〜。」
「当たり前だぁ!!」
「お、落ち着いて!先輩落ち着いて!」
今にも殴りかかりそうな先輩を、僕は体を張って制した。
「そうだったな。シンゴ、遥ちゃんがいたな。」
「だろ?すっかり忘れていたぜぃ。」
何とか先輩をなだめすかすのに、10分かかった。何とか冷静さを取り戻した先輩は、遥ちゃんの事を尋ねてきた。
「それで、その『遥ちゃん』とは、一体誰なのだ?」
「シンゴの妹さんだ。兄とはうってかわって、非常に賢い子だ。」
そう返事をする良君の言葉に、僕らは頷いた。まだ小さいのに色んな事を知っていて、僕らは頭が上がらなかった。
「彼女は、私たちの作戦に加担してくれるのか?分かっているだろうが、存在自体非合法の作戦だ。信頼が無ければ認められん。」
「あー…どうなんだろう?どうなの、シンゴ君?」
「知るかよ。」
ご尤もな返事が返ってきた。しかしそれに意見を出したのは、赤の他人である良君だった。
「いや、シンゴ。まだ望みはある。妹さんはお前にベッタリだ。お前が言えば、まだ何とかなる可能性がある。」
「どーだろーなぁ?最近微妙だぜ?」
「あ、でも、確かにそうだよね。失礼だけど遥ちゃん、ブラコン気味だったなぁ。」
子供の頃から彼女は、シンゴ君の後ろばかり歩いていたのを、僕らは知っている。つい数日前もシンゴ君から『遥の兄離れが治らなくて困る』といった話を聞いたくらいだ。
「…シンゴは、シスコン気味。」
そんな中ぽつりと出た良君の爆断発言に、シンゴ君はグーで殴った。そりゃもう、骨と骨のぶつかり合う音がした。
「痛。」
「あのなぁ!俺は、年下にゃ興味ねーんだよ!俺は断然!年上派だからな!」
一体この2人は、話がだいぶ脱線している事に気付いているのだろうか。その会話を止めるように、先輩はわざと大きな咳払いをした。
「それで、結局どうなんだ?」
「…どうせ手詰まりだ。やるしか無いだろ?」
そう言って良君はシンゴ君を見る。
「頼むぞ、シンゴ。この作戦、お前の一挙手一投足で決まる。」
「…て、本気かよ!?」
「本気だ。それ以外に何がある?」
そう言って彼は、真剣な目でシンゴ君を見た。
「い、いや、ねーけどよ…。」
「よし、決定!!」
良君の無理矢理な決定に、場の一同全員拍手をする。
「てか、拓弥、起きろ。」
「すぴー…。」
一向に起きようとしない北岡先輩を見かねたのか、篠塚先輩は再び彼の体を揺すり始めた。
「おい、シンゴ。明日までに話をつけておけ。」
「はぁ!?明日ぁ!?」
「そうだ。もはや一刻を争う事態だ。」
衝撃の一言に、シンゴ君は驚きのあまり、声が出ない。そりゃ、そうだろう。そんな事言われたら、僕だって驚くに違いない。
「…ちぇっ。分かったっての!とにかく、早めにケリつけるわ。」
「頼んだぞ。」
「カッカッカ。任せろって。」
打ち合わせは、シンゴ君が自分の妹・遥ちゃんを共犯にする、という形で終了した。
|