>>良
「くそぉ!水鏡、交代だ!」
「え〜…シンゴ君、今始めたばかりじゃない…。」
「手が痛いんだよ!」
北岡先輩を起こそうとして10分が経過、いくら平手をかましても、その閉じられた目が開く気配は無い。
「僕、もう、手が真っ赤だよ…。」
「俺も、低温火傷しそうだぜ…。」
両手をプラプラさせながら、2人はダウンしてしまった。情けないが、彼らはこういう肉体労働タイプでは無いので、仕方が無い。
「良、後は任せたぞぉ。」
「任せろ。」
俺はフリー・ユア・ソウルを右肩、右肘、右手首に集中させた。磁場のうねりが、脳内に響いてくる。
「北岡先輩――」
そしてその右腕を振り上げると、
「すみません!!」
爽やかな平手の音と共に、先輩の上半身が左前方5mのところまで飛んでいった。それだけならまだ良かったのだが、悪い事に、先輩の体は机へ派手に突進を食らわせ、宙を舞い、そしてイスをぶちかましながら着地した。
「北岡先輩!!」
水鏡が血相を変えて叫んだ。いや、驚きすぎて、あまり声にもなっていない感じだ。ガラガラと音を立てて崩れ落ちる、イスの下敷きになっている先輩を見て、さすがに俺も心配になった。
「早く助けなきゃ!」
3人とも衝突現場へ駆け出した。俺とシンゴで周囲のスペースを確保し、水鏡は次々とイスを投げ捨てていった。最後のイスを取り除いた時、下から先輩の体が現れた。
「北岡先輩!」
水鏡は彼の体を起こし、激しく揺すった。でも、反応は無い。…死んだ(汗)?
「…ぐー。」
しばらくしてから、生存を告げる彼の吐息、もとい寝息を聞いたとき、俺たちは呆れてしまった。
「まだ寝てる?!」
「ちょっと、先輩、起きて下さい。」
水鏡に激しく体を揺さぶられ、ようやくその目が開いてきた。
「ん…?」
起きた。今起こった惨劇をまるで知らないかのように、先輩は僕らに顔を向けた。
「……あぁぁ…海堂君だぁ。どうしたの?」
眠そうな欠伸をする先輩を見て、俺たちは何も言い返せなかった。この人には勝てますまい。
「とりあえず先輩、イスに座りません?」
「イスかぁ…良いねぇ。僕ね、ここ数日間、ろくにイスに座っていないんだぁ。」
間延びした会話をしながら、自分の周囲が荒れている事に少しも気を留めず、先輩は俺たちの座っていた席に着いた。
「お、ケーキだぁ!どぅしたの?」
「それは、良君が買ってきてくれたものです。」
「流君、1つ貰ってもいい?」
そう俺に尋ねる先輩の顔は、いつになく活き活きしていた。
「良いですよ。」
「やったぁ…。」
北岡先輩は甘党なのだろうか、地酒『滅鬼』の香りのするケーキをわざわざ避けて、ショートケーキを皿に盛った。
「え〜っと、フォーク、フォーク…。」
箱の中にしまわれていたフォークを取り出すと、ケーキを口へと運んでいった。
「うん、美味いねぇ。」
その様子を少し遠くで見ながら俺たちは、ヒソヒソ話を始めた。
「先輩、朝起きてすぐにケーキ食べてるよ…。」
「信じられねぇよな。普通、腹もたれるだろ。」
「いや、あの人の事だ。それくらい出来ても、おかしくは無い。」
その様子に気付いたのか、先輩は僕たちを呼んだ。
「おぉ〜い。こっちへ来なよぉ〜。」
彼に呼ばれてとりあえず席へとついたものの、何を話せばいいのか、俺たちは分からないでいた。
「ところでさぁ、この間計画していた侵入作戦、どうだったの?」
その空気を壊すように、ずっと気になっていたのだろうか、先輩が急に話しかけてきた。
「それが…。」
「失敗した。」
言葉を詰まらせる水鏡に、俺がハッキリ言ってやった。
「へぇ…。」
「入り口は完璧だった。しかし、そこには出口がなかった。」
「ははは…そりゃガッカリだねぇ…。」
「笑い話じゃ無いんスよぉ〜!」
シンゴはそう言って、机に突っ伏した。
「これで何回失敗したの?」
「3回だ。」
「『3度目の正直』とはいかなかったのかぁ…。」
フォークを動かしながら、先輩は相打ちをする。
「そういう事になる。尤も、最初の2回がメチャクチャ過ぎた。」
「あの、良君?それを計画したのが誰か、分かって言っているよね(汗)?」
水鏡のツッコミを軽く受け流しながら、少し考えた。今のままでは、計画は止まってしまう可能性がある。3人寄っても文殊の知恵は出てこない事もあるからだ。ましてや、俺たちみたいなバカでは、尚更だ。ここはもっと賢い人材を取り入れるべきだ。順調に箸、否、フォークをすすめる先輩を見ているうちに、俺はそういう結論に達した。
「なるほど。」
「…どうしたの?」
俺の呟きに、先輩は気付いたらしい。俺は一気に話を持ちかけた。
「先輩。俺たちの仲間に入りませんか?」
「え!?」
最初に反応したのは、水鏡だった。
「僕が…君たちの仲間に…?」
「そうだ。今のままでは、俺たちだけでは、これ以上の名案を出す事は出来ないだろう。」
「ちょっと、良君!本気なの?!」
その様子を見て、水鏡は俺に問いただしてきた。
「本気だ。少なくとも俺は、な。」
「ちなみに、その作戦の名前は?」
さすが北岡先輩、目の付け所がシャープだ。俺は少しだけ胸を張り、大きな声で、俺の自慢であるあの作戦名を口にした。
「『女学院に侵入☆ついでに彼女GET大作戦』だ。」
「相変わらず、イカした名前だぜぃ!」
シンゴは大層この名前が気に入っている。何故だろう?
「そうだねぇ…少し考えさせてもいいかなぁ〜?」
そう言って北岡先輩は、こめかみにそっと指を添えた。どうやらこれが、考える時の姿勢らしい。彼が少しだけ考えている間、水鏡は俺の耳元で囁いてきた。
「ちょっと、良君。本当に先輩を誘う気なの?」
「そうだ。決してマイナスにはならないと思うが…。」
「で、でも…。」
彼にとって、俺の決断が相当意味不明らしい。
「どうしてだ?いざという時に、俺やシンゴの暴走を抑えてくれるかも知れないぞ?」
「うぅ〜ん…。」
あまりに急な展開に、水鏡は少し戸惑っていた。ひとまず彼を冷静にさせるため、俺はシンゴに訪ねてみた。
「シンゴはどうなんだ?」
「俺か?俺は特に反対しないぜ。少なくとも、今よりは状況、よくなる気がするしよぉ。」
「シンゴは賛成。…水鏡も別に反対はしないよな?」
「ま、まぁ…ね。」
俺は少しだけ目をつり吊り上げ、水鏡に強制させた。そうでもしなければ、3人の中で1番優柔不断な彼が、決断をするという事が無いからだ。さて、先輩も一通り考えただろう。そう判断して俺は、彼に声をかけた。
「それで、どうしますか?」
「君たちの仲間に入れば、彼女が出来ちゃったりするのぉ?」
表情がノリノリだ。
「北岡先輩がその気なら、いくらでも。」
「よぉっし、OKだぁ!」
「やったぁ。」
俺とシンゴが声を揃えて喜んだ瞬間、
「うほ!!」
…。
「何だぁ…今の声はよぉ?」
「さぁ?まぁ、どうでもいい。それよりも…。」
不気味な叫び声も気になるが、そればかりに構っている暇は無い。俺はさっそく、先輩の方を向いた。
「北岡先輩、よろしくお願い致します。」
「ははは〜。こっちもよろしくぅ〜。」
相変わらずの能天気な声で先輩は、俺たちの仲間入りを果たした。
「それにしても、すごい展開でしたね…。」
水鏡はまだ落ち着いていないらしく、どこかソワソワしていた。どことなく目も虚ろだ。丁度その時俺は、シンディが帰ってくるのを、目の端に見た。
「よ、シンディ!」
真っ先に返事をしたのは、北岡先輩が仲間に入った事で浮かれ気分になっていたシンゴだった。
「先輩はちゃんと苗字で呼べ!」
「それよりも北岡先輩が…。」
水鏡はいまだ情けない顔で、その困惑をシンディにぶつけていた。
「どうした、拓弥に何があった?!」
すると、むくりと北岡先輩が起き上がり(いつの間にか寝ていたらしい)、眠そうな笑顔で、こう言い放った。
「『女学院に侵入☆ついでに彼女GET大作戦』、参加する事にしたよ〜…。」
バサドサグシャ!!!
「うわぁ!?先輩、本落ちましたよ?!」
水鏡の絶叫なぞ耳に入らないらしく、シンディは拓弥に詰め寄った。
「おい、拓弥!本当か?!」
「うん。」
「『うん』じゃない!理由は何だ?!女か?!」
「ヒマだから。」
「それだけの理由で、人生棒に振っていいのか?!」
まぁ、シンディの言い分は尤もだ。普通はそこを心配する。仲の良い友人が相手ならば、尚更の話だ。友人思いであるシンディとは裏腹に、拓弥の口調は何故かはつらつとしていた。
「シンディも知っているじゃない〜。この学校通っている時点で、僕はマジメに生きていないんだから。ねぇ?」
「……。」
「なかなかつまらないよぉ、何も無い人生なんて。そんなの、死んでいるのと変わりないからねぇ。違う?」
「…ぐ…。」
…ん?シンディの様子が変だな?
「大丈夫だよぉ。宇宙全体の歴史から見れば、ほんのちっぽけなオイタに過ぎないんだから。」
「視野広すぎだろ、それは。」
意外と北岡先輩はお茶目だった。思わず俺はそう口にしていた。
「まぁ、そーゆー理由で、僕は参加する事にしたんだぁ。せいぜい頑張るよぉ!」
そう言って先輩はシンディに、敬礼を1つした。それを見てシンディは、ため息を1つ吐いた。
「…ったく。この学校は本当に、痴れた奴ら以外いないらしい。」
シンディは床に落とした本を何気無く拾い集めると、ドンと机の上に置いた。
「分かった。拓弥が入るのなら、私も参加させてもらう。」
「…。」
俺たちはこれまでの人生の中で、一番思考が停止した。他の皆もそうだった。10秒ほど世界の時間を止めた後、
「へ?」
とだけ呟けた。呆ける俺たちにシンディは、顔を真っ赤にして叫んだ。
「か、勘違いするな!俺は作戦に加担したわけでは無い!ただ、ちょっと拓弥が心配なだけだ!」
「は、はぁ…。」
「拓弥を…あと水鏡を、犯罪者にはさせたくないからな!お前ら2人なんか、知ったことでは無いからな!?」
「はぁ…。」
「文句あるのか!?」
「無いです。」
シンディの喝は、俺たちの頭脳を始め、壁、天井、そして本1冊1冊に染み渡り、そして静寂を残すのであった。
今日のケーキ祭り兼反省会は
実に奇妙な展開を見せる結果となった
作戦に肯定的だった北岡先輩の加入はまだしも
あのシンディまでもが参加しだして
俺たちの混乱はピークを達した
反省会が一時中止となったのは、言うまでも無い。
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