>>シンディ
「ったく。あいつら、性懲りも無く計画を立てていやがる。」
全くもって、腹立たしい事だ。由々しき事態だ。俺は今までに何度も痴れた計画を目の当たりにしてきたが、これほどまで酷いやつらは初めてだ。
「早く本を探して、あいつらをコテンパンにしてやらなければ、私の気が済まない!」
最近の私は、非常に怒りやすくなった。きっとあいつらを見て、短気になっているからであろう。
「このまま放っておくわけにはいかない。社会的にも、個人的にも。」
私は小説のコーナーへと向かった。
「砂…砂…す…す…。」
寝ぼけた男のように何度も言葉を呟きながら、目当ての本を探していく。しばらくすると私の目の前に、少し分厚めの本のタイトルが飛び込んできた。
「あった。これだ。」
砂のお椀…とある殺人事件の犯人と刑事の話で、被害者の靴の裏についていた砂を巡って、話が大きく動いていく刑事モノだ。普通の推理小説と違い、かなり文学的な描かれ方をしているのが最大の特徴だ。粒子好きの私にはたまらない1冊だ。
「ページ数も丁度いいし、就寝前にでも読むとするかな…。」
ハードカバーのその本を手にとって、私はカウンターの方へと目指して歩き始めた。途中、「自然科学」という文字に惹かれた。
「この間の本は読みつくしたからな…また新しい本でも探すとしよう…。」
体を90度旋回させて、自然科学のコーナーへと入っていく。隣には大気汚染関係のコーナーがあったが、それには少しも興味が無い。私の求める情報は極小の物質、地学、流動学といった、粒子系に限られてくる。
「ふむ…このコーナーはいるだけで落ち着くな…。」
気が付かない間に、私の口からよだれが垂れ落ちていた。
「おっと…。」
右手で口を擦りながら、本の背表紙を次々と流し読みしていく。粒子は美しい。全ての物質は、元を辿れば粒である。人間の体も、細かく分けていけば60兆もの細胞で出来ている。そしてそれらは、主にタンパク質や無機質から成り立っており、さらにそれは電子や分子で構成されている。
「尤も…それ程の大きさにもなれば、人の目では見る事は出来ない、が…。」
物質をどんどん細かく分けていき、そこに存在する物質1つ1つのたくましさに、私は何とも言えない美しさを感じるのだ。そして、その構成物質の集合体から発生する現象に、私は震える感動を覚えるのだ。
「とんでもなく分かりやすく言い換えれば『1円を笑う者は、1円に泣く』といった所であろう。」
その時、私はとある本棚の隅っこで、非常に分厚い本を発見した。ハードカバーで包まれた、約800ページはありそうなその本を手にとってみる。
「む。」
ずっしりくる重量に、私は少し驚いてしまった。気を取り直してその本の表紙を見てみると、そこには『粒者(つぶもの)の全て』と書かれたタイトルが、古ぼけた金で書かれていた。
「うほ!!」
は!
しまった。思わず奇妙な声を上げてしまった。慌てて自分の口を押さえ、そして周囲を見渡した。大きさの割には、もうすでに音は拡散され、そして辺りに残されたものは静寂だけだった。
「…?」
いくら待てども、何も返事は無い。音も無い。そもそも平日から誰もいない場所だ。一体誰に聞かれ、誰に笑われると言うのだろうか?
「うむ、今後は注意しておこう。2度目はご免だ。」
途中でもう1冊の本を取り出し私は、計3冊の本を両手に抱えた。
「これだけあれば、退屈はしなくて良さそうだ。後は…あいつらを言い負かすだけだ。」
少し気合を入れた時、ふと私は、ある事に気付いた。『私は拓弥をどうしたのだろうか?』起こしに来たのは覚えている。しかし、その後彼をどこに『放置したのか、全く覚えていないのだ。原因は分かっている。あいつらだ。あいつらに喝を入れたため、その時の行動を覚えていないのだろう。間違いない。
「拓弥が自分で起きてどこかへ行った事は、まずあり得ない。すぐに見つかるだろう。」
これは、彼の行動は全て把握していると思い込んでいた、紛れも無い、己惚れの証であった。このすぐ後、私は彼の予想不可能な動きに、心身全ての時間を止められる事になったのだ。
「よ、シンディ!」
つんつん頭が、生意気にも呼び捨てにする。
「先輩はちゃんと苗字で呼べ!」
「それよりも北岡先輩が…。」
途端、ひどく心配げな顔をした水鏡が、私を見つめた。
「どうした、拓弥に何があった?!」
すると、むくりと拓弥が起き上がり(寝ているものだとばかり思っていた)、眠そうな笑顔で、こう言い放った。
「『女学院に侵入☆ついでに彼女GET大作戦』、参加する事にしたよ〜…。」
私はここぞとばかりに、持っていた本を激しく、床にぶちまけるのであった。
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