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「あの、栗田先輩。」
ランニング中、あたしは同じ短距離専門の栗田先輩に声を掛けた。
「桜井さん、ランニング中ぐらい黙って下さい。」
「こういう時じゃないと、先輩と話なんか出来ないんですよぉ。」
「当たり前です。しかし、せめて練習中は練習に励んで下さい。」
ひぇ〜、栗田先輩、今日も厳しい〜…。
「先輩〜…あたしが嫌いなんですかぁ〜…。」
「そうではありません。ただ…。」
「ただ…?」
「……疲れるんです…走りながら話すのは…。」
見ると先輩は、苦しそうな息遣いになっていた。
「あ!ゴメンなさい!」
「いいです。私の体力が無いだけです。…もうそろそろですね。」
先輩は腕時計を見て、スピードを落とした。
「あ、もう1時間ですか?」
「そうです。しばらく休憩をとりましょう。あ、もちろんストレッチは忘れずに。」
あたしと先輩は走るのを止め、休憩を兼ねたストレッチをする。
「ところで、桜井さん。」
「はい。」
「何か言いたかったのでは?」
「おっと、忘れそうだった。」
股関節を伸ばしながら、話しを始めた。
「さっき、絹井さんに会ったんですよ。」
「あぁ、絹井さん?確か長距離の人ですね。その人がどうしたの?」
「あの人、ちょっと怖くありませんか?」
「怖い?」
「そうですよぉ!あ、ホラ、この間侵入者騒ぎがあったじゃないですか。」
スマートに見えるメガネを直しながら、先輩はあたしを見た。
「あったわ。結局、その人たちの処遇は分からなかった、あの事件。この学校始まって以来の大事件ですね。」
「今後そういった人たちを罰する、懲罰用独房を設置するべきだって、鼻息荒くしながら語るんですよぉ!」
「フフフ…面白い意見ね。」
「先輩〜…笑い事じゃないですってば。」
「その言葉は納得いかないけれど、意味としては否定しませんね。そもそも私たちの領域を侵してきたのですから、あまり不自然ではありません。…尤も、それを担当するのが法の定めですが。」
「その後何て言ったと思います?『この事をお友達に話してみます』ですよ!?」
「それは問題ね。抵抗力の無い教員たちなら、簡単に通してしまいそうです。」
相変わらず、無表情な言葉遣い…流石です、栗田先輩(汗)。
「先輩、他人事口調全開ですね。」
「そう?でも大丈夫。理事長はしっかりした方ですから。最終的には通らないでしょう。」
「冷静な分析、ご苦労様です。」
「どう致しまして。」
何故かあたしたちは、頭を下げてしまった。正座までして。
「今日は先輩、おしゃべりですね。」
「そう?」
「そうですよぉ。普段はちっとも返事してくれないじゃないですかぁ。」
「返事する気が無いのよ。」
ショートヘアーをかきあげながら、先輩は空を見た。
「桜井さんは、晴れが好きでしたね?」
「やっぱり、スッキリした方がいいですから。」
「見て下さい。今日は快晴です。クラブをするには、最適な日です。」
「…。」
しばらく空を見とれていた先輩だったけれど、あたしが無言になった事に気が付いて、声をかけてきた。
「どうかしたの?」
「いえ、別に大したことじゃないんです。」
「?」
あたしはその深い青空を少し睨んだ。
「たまに、怖くなりますよ。」
「何がです?」
「空が怖くなりますよ。」
「どうして?」
「見てください、今日の空を。」
先輩は再度、空を見上げた。
「…良い天気じゃない。きっと良い事が起こるわ。」
「逆ですよ。今日は何かが起こる。絶対起こる。」
「差し支えないなら、話を聞かせてください。」
「こういう雲1つすら無さ過ぎる天気の日は、人は解放された気分になるんです。」
「ふぅん…。」
「何も解放されてはいないのに、勝手に思い込んじゃう…そう思えて仕方ないですよぉ。」
「へぇ…。」
上を見上げているから見えないけれど、先輩の声には湧きあがってくる『興味』をひしひしと感じた。
「道行く人々は、口笛を吹きたくなって、運転する人は、スピードを上げたくなって…きっとそれで交通事故が起こるんだわ。」
「調べてみるのも、おもしろいかも知れないですね。」
先輩がそう呟いた瞬間、
「『れ〜〜〜〜……!!』」

「先輩…。」
すぐ後に、何かが水に飛び込む音が聞こえてきた。慌てて周囲を見渡してみた。…声の主らしき人影はない。
「きっと子供が川で遊んでいるのよ。ホラ。」
そう言って先輩が指差したのは、十数m先にある、コンクリートに覆われた川だった。いや、もう川と呼べるのかすら怪しい排水溝だけど。
「あれは確か…。」
「この学校から排出された、全ての水が流れ出る川です。」
「汚くないんですか?」
「大丈夫、元々はあの川で遊ぶ子供たちの健康を心配して導入された下水処理施設だから。」
「へぇ〜、そうなんですか?」
「はい。以前図書室で見つけた本に、そう書いてありました。」
「…何の本ですか?」
「『裏・優盟女学院の歴史』。」
怪しい。
「変な本ですか?」
「とんでもありません。『発行:私立優盟女学院』て書いてありました。」
「意外とこの学校、怪しいですね。」
「…今更気付いたのですか?」
「え?!」
嘘!?そんなに奇妙奇天烈な学校なの!?伝統ある日本屈指のお嬢様学校なのに!?
「あ…もうこんな時間。行きましょう。」
先輩は急に立ち上がると、さっさと走って行ってしまった。
「あ〜!待って下さいよ、栗田先輩〜!」
あたしは慌てて、先輩の後を追いかけて行った。川の中から聞こえる叫び声を聞き流しながら…。


>>THE VOICE OF ENERGY
彼女が走り去ったすぐ後に、噂の川から叫び声が聞こえてきた。
「ちょっと待て!もしこの先に空気が無かったら、どうすんだよ?!」
「その時は、僕が水を操作して、空気を送り込むよ。」
「ほっ。」
「とにかく、一休みできる場所が見つかるまで、呼吸を止めて、懐中電灯で前を照らす。約束だよ?」
「分かった。」
「任せとけっての!」
「よし、それじゃ行くね!」

「ちょっと待て!もしこの先に空気が無かったら、どうすんだよ?!」
「その時は、僕が水を操作して、空気を送り込むよ。とにかく、一休みできる場所が見つかるまで、呼吸を止めて、懐中電灯で前を照らす。約束だよ?」
「分かった。」
「任せとけっての!」
「よし、それじゃ行くね!」


あわや3人は、侵入する前に見つかりそうになっていた。それなのに、3人も、渓も、そして誰もその事を知らなかった。
人生って不思議。

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