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異様に広い校舎前の広場を眺めながら、あたしは校舎へと歩いていた。今日は土曜で学校はお休み、でもあたしは部活があるから、朝っぱらからこうやって登校している。1人だけど、寂しいなんて思ったことは無い。部活には友達がたくさんいるから。以前『たった1人で登下校だなんて、私にはとても出来ませんですわ。』なんて言う子がいたけど、そう考える事自体、あたしにはとても出来ませんですわ!
「あ〜あ!な〜んであんな、絵に描いたようなお嬢様が、うじゃうじゃいるのかしらねぇ。さすが名門女学院って感じだわ。」
そう呟くあたしの目の前には、荘厳な書体で『私立優盟女学院』と書かれた校門が、ずっしりと立っていた。いわゆる『行書体』と呼ばれるものだろう。
「まぁ、いいわ。こうやって、立派な学校に通う事が出来たんだから。贅沢言うと、バチが当たるわ。」
諦めと妥協が少し混じったため息をついてから、校門をくぐった。校舎にたどり着くまでの道路に、相変わらずたくさんの高級車がとまっている。あたしはどうしても、こういう車の光り輝くボディが気に入らない。
「どうして高級車っていうのは、こうも表面を塗装で塗り固めてしまうのよ。」
その言葉には、自分で分かるほど怒りが込められている。
「車って言うのは!そもそも金属で出来ているんだから、その金属光沢を主張すれば良いじゃないの!」
金属光沢。それは金属特有のあの輝き。あたしはそれが大好き。あまり磨かれていなくて、少し光沢に欠ける金属も、結構ゾクッとする。
「周りからは金属フェチとまで言われているけれど、間違いなのよ!みんなが金属の美しさに気付いていないだけなのよ!」
あ〜、ダメ、だんだん腹が立ってきちゃった。
「ハァ。もういいわ、さっさと部活に行こ。」
なるべく車を見ないようにしながら、あたしはさっさと校舎へと歩いていった。ここを通るたびにそれを繰り返してしまう。これがあたしの、染み付いてしまった習慣。泣けるわ(泣)。


「だ〜れだ!?」
「ひゃっ!?」
突然あたしは、誰かに手で目隠しされた。驚いてその手をどけてみた。
「ちょっとぉ!止めなさいよ、由香!」
「ふっふっふ〜。」
そこには部活仲間の由香がいた。あたしと同じ、スポーツ推薦の子。
「何言ってるのよ。こんな事してもらえる子、この学校にはなかなかいないわよ〜?貴重よ〜?」
「だからって、アキレス腱伸ばしてる時にやらなくてもいいじゃない!」
「だ・か・ら☆そういう時にするのが効果的なんでしょ。」
いたずらな声をしながら、由香は無邪気に笑った。
「由香、あんたって子は、あたし以上にいたずらっ子なのね。」
とっくに準備運動を終えていた由香は、これから練習を開始するところだった。だからあたしも、もうすでに練習を始めているものだと思ってた。
「あ〜あ。今日は一本取られたわ。」
「そうよぉ。いっつも渓には騙されてきたしね。たまにはリベンジしなくちゃ。」
「そんな事で張り合わなくても…あ、ちょっと背中押してくれる?」
「良いわよ。」
手の開いた由香に、準備運動を手伝ってもらった。背中を押してもらう時は、いつも由香に頼んでいるから。
「やっぱり…あんたに押してもらうのが1番ね。」
「どう?この私の自慢の腕の威力は?」
「絶妙よ。よ、さすが槍投げ界のホープ!」
「止めてよ、照れるじゃない!」
と言いながら、由香は強く背中を押してきた。嬉しくて、加減を忘れているのがよく分かる。痛たたた…(汗)。
「お…オッケー、離して離して!」
「は〜い!」
…。
「あれ、渓、どうかしたの?」
「ううん、何でもない。」
「?」
今度から、準備運動中にふざけるのは止めておこう。
「それにしてもさ。この学校に侵入してきた男たちって、結局誰だったんだろうね。」
この間の事といい、今日の事といい、どうやら彼女はその話題が大好きみたいだった。
「そういえば、何の説明も無かったわね。」
「渓、絶対に変じゃない?それじゃこの学校が、不審者を庇っているって事になるでしょ?」
「そうね。」
あたしとしては、晃平が怪しい、と睨んでいるけれど…さすがに、人に言いふらすのはまずいだろうしなぁ…。
「どうなの?今までにこの学校は何人の不審者が入ってきたの?」
急に床は、私に変な質問を投げかけてきた。
「そんな事、どうしてあたしに聞くのよ?」
「ホラ。だって私よりも長いこと、この学校にいるじゃない。」
「そっか。由香は高校から入ったんだっけ?」
「そ。で、どうなの?!」
由香は身を乗り出して尋ねてくる。
「どうって言われても…あたしがここにいる間は、3人程度よ。」
「え〜!たったそれだけなの〜?」
ひどくがっかりな顔をされた。由香と話をしながら、あたしは準備運動をこなしていく。
「別に期待する程の事でも無いでしょ。」
「だってここは、女子生徒の最初で最後の楽園じゃない!」
「どこからの情報よ、それ(汗)?」
「ハァ…それで、その人たちはどうなったの?」
何だかひどくガッカリする由香を見ているうちに、私は何だか意地悪をしたくなった。
「別に処刑じゃ無いんだから、期待されても困るわ。…この学校の地下倉庫に1週間幽閉されただけ。」
「!?」
「驚いて、驚いて、言葉に出来ない?」
由香は首を縦に何度も振る。どうやら私のドッキリは成功したらしかった。…あ、喋っている間に、準備運動は終わっちゃった。
「嘘よ、嘘。ちゃんと警察に連行されたから。」
「ホ…。」
由香がホッと胸を撫で下ろした時、
「桜井さん!桐田さん!何こんなところで油売っているの?」
「うひゃ!」
「絹井さんが怒ってる!」
「ホラ、由香、早く行かなきゃ!」
「う、うん、じゃね!」
どこから絹井さんの声が聞こえてきたのかは分からなかったけれど、あたしと由香は足早にその場所を離れた。
「ふぅ。絹井さんってネチネチ怒るからなぁ〜。」
「あら、ゴメンなさいね。」
「びく!」
すぐ後ろから、声が聞こえてきた。ゆっくり振り返るとそこに、クルクルパーマの絹井さんが仁王立ちしていた。
「あなた、私の事をそのような目で見ていらしたのね?」
「別にそういう意味じゃないわよ。」
「…ふぅ。いいわ。いつもの事でしたから。」
これ以上言っても無駄、といった様子を見せてくる。事実、この人とは話が合わないのよねぇ…。
「それよりも、その髪型でよく陸上部にいられるわね。」
絹井さんのご自慢、お金持ちのお嬢様の象徴、クルクルパーマをジロジロ眺めながら、私は皮肉を言う。
「慣れですわ。あなただって、数十m先の小銭を判別する事くらい、自然に身につけたのでしょう?」
「そうよ。」
「う…コホン!桜井さん、少しは『恥じらい』ってものを覚えてはいかがかしら?もう少し他人に気を遣って下さらないと――」
「分かったわ。絹井さんは気を遣ってもらいたいのね?」
話は合わないけれど、こうやって言い負かす分には楽しいので、縁を切ろうとは考えていないあたしなのでした。
「キーッ!もういいですわ!この話は終わりです!」
「そう?それじゃ、私はこれで。」
「あ、あれ?もうちょっと話でも致しましょうよ、ねぇ?」
さっさと出かけようとした私を彼女は、腕を掴んでまで止めてきた。あまりにあっさりとあたしが行こうとしたので、絹井さんは拍子抜けしてしまったみたい。この人…暇なのかな?
「ところで、先程のお話で、この間侵入してきた不審者の話がありましたわね?」
「あったわよ。」
「…私に一言言わせてもらっても、よろしくって?」
来た!!
絹井さんの『私に一言言わせても』!!
この人、ちょっと毒舌家だから、部活のみんなに嫌われているのよね…。
「やはりこの女学院には、法を破った者を罰する地下室をこしらえた方が宜しいわ。」
「そうかしら?警察で十分じゃないの?」
「いけませんわ!」
さらに言葉を強くする。
「この廃れゆく経済大国・日本において、もはや警察とは安全神話を庇護する形式上の存在でしかありませんわ!」
「はぁ。」
「形ばかりの、中身を伴わない存在だから、例え犯罪者が出ても、また犯罪を繰り返していくのに決まっています!」
「へぇ。」
「私たちの身を守ってくれるのは、第三者ではありません。私たちを最もよく理解している、私たちなのです…。」
「ふぅん。」
なんだかなぁ…。
「それで、地下室に懲罰用独房でも作れと?」
「そうですわ!!」
…。この人、本当に京菓子工場長のお嬢様なの?しかもクルクルパーマの長距離選手だし。
「あら!いけませんわ、私ったら、取り乱したりして…。」
いや、今更顔を赤くされても…。
「でも…これはなかなか名案ですわ。私、一度『お友達』にこの事を提案してみますわ。」
お友達…何を隠そうこの人はこの学校のトップを牛耳る、王室の会員(ソロリティメンバー)の1人。


――王室の会員(ソロリティメンバー)…7名の生徒から構成される、女学院の権力者集団。ただし、入会する条件に『メンバーに好まれる事』があるため、実際に権力を鷲掴みしているとは言い切れない――


なるほど。影響力には自信あり、て事ね。
「それじゃ、あたしは練習だから。」
「あら、そうでしたわ。私も行かなくては…。」
とりあえず、ここで会話を終わらせておいた方が良いわね。私は足早に、この場を離れようとした。
「桜井さん。」
「はい?」
呼びかけられて、振り返ってみた。絹井さんはこちらを見ながら、含み笑いでこう言った。
「本当にこの学校に懲罰用独房が作られましたら、ゴメンなさいね。」
その瞬間、あたしの体にゾッとする程冷たい空気が流れ込んだ。
「それでは、ごきげんよう。」
ニコリと笑ってから、彼女はいなくなった。1人残されたあたしは、立ちすくんでいた。
「あの人…殺気にも似た空気を出すから、イヤなのよねぇ…。」
流れ込んだ空気に冷やされたかのように、あたしの手は震えていた。そしてそれは、隠そうとしても無駄だった。

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