第8話
>>良
本日は土曜なり。午前8時50分、快晴なり。
「作戦にはうってつけの天気だな。」
上はTシャツにシャツ、下には少しゆったりしたズボン。まぁ、普段の制服姿とあまり変わらない姿で、俺は例の水路で2人を待っていた。「即断即決」とは良いものだ。これなら敵に作戦がバレないからな。こっちはもう準備万端。最低でも水鏡が来れば問題ない。何しろあいつは、今回の作戦のキーパーソンだからな。
「あ、良君!」
向こうから噂の主、水鏡がやって来た。フード付きトレーナーに綿パンという姿は、さすが水鏡と言うべきか。
「静かに。ここで作戦がバレてしまったら、元も子もないからな。」
「確かにそうだね。あ、そうそう、これも持ってきたよ。」
そう言って水鏡が俺に差し出したものは、水中でも使える懐中電灯3つだ。
「なるほど。中は暗いかもしれないからな。でかしたぞ、水鏡。ちゃんと人数分あるじゃないか。」
「えへへ。僕の心獣が心獣だから、家族の分は用意してあるんだ。」
「…非難用具の一部?」
「そういう事になるかな。」
所変われば品変わる、とはこの事か。そうそういないぞ、こんなものを常備している家庭は。
「さ、後はシンゴ君だけだね。」
「もし時間になれば、最悪、俺たちだけで行く。」
「良君、それはシンゴ君が可哀相だよ。」
「俺は本気だ。」
何故に俺があいつを待たねばならんのだと言わんばかりに、俺は胸を張った。
「…良君って、何かとシンゴ君を下に見るよね。」
少しムッとした口調で、水鏡はそう口にした。まぁ、怒るのも無理は無い。水鏡にとって、心獣の強さは『水鏡<シンゴ』と定義されているからな。
「それにしても遅いな。」
「いや、まだ9時になってないよ?」
「こういうものは30分前行動と、相場が決まっているだろ。」
「そこまで早くなくても。第一、それだと僕も遅刻だよ。」
「確かにそうかもな。ま、今回はお前が重要人物だからな。お前は免除だ。」
「免除って…(汗)。」
俺が水鏡をからかっているうちに、遠くの方で成人式に向かう男が歩いているのを確認した。
「…。」
それがどこかで見た事のあるような人物だった気がし、俺は目を擦った。
「良君、向こうに成人式――」
「知ってる。」
水鏡も気が付いたようだ。あからさまにおかしい。もう春だぞ。行き遅れたのか?それとも準備が早いのか?
「わ、こっちにやって来たよ?!」
こちらの存在に気が付いた成人は、一目散に走ってきた。
「どうする、良君?」
「知らないフリだ。」
「第三者、第三者…。」
「そうだ。俺たちはシンゴを待っている…。」
薄々感づいてはいるが、俺と水鏡は現実逃避していた。俺たちはシンゴを待っている。決して成人の方を待ってはいない。
「良ぉ〜…!水鏡ぃ〜…!」
「シンゴ君の声じゃない?」
「あぁ。でもシンゴは未成年だ。」
決して成人の方では無い。
「悪ぃ、悪ぃ…なかなか見つからなくてよぉ…!」
成人の方では無いのに、俺たちのそばにやって来た成人式の服装の男は、どこからどう見てもシンゴだった。衝撃を隠しきれない俺たちの姿に気付き、シンゴは声をかけてきた。
「…あれ?どうした、2人とも?」
「…あなたは成人です。」
「…シンゴは未成年です。」
「何言ってんだ、2人とも?」
まだ肩で息をしているシンゴに、俺は『言いたい事』が色々出来た。
「シンゴ。何だ、その格好は?」
「俺の一張羅だぜ。」
「何故木刀まで?」
「万が一のためにな。」
「それで水路から侵入する気か?」
「水鏡がいるから大丈夫。」
「他の服装は?」
「あとはジャージだ。」
「普段からそんな格好か?」
「家が家だからな。」
「リーフは?」
「つけてるぜ、ちゃんと。ホラ。」
「中身は?」
「『スーパー武人大戦α』。」
「最後に発売されたスーファミのソフトは?」
「星のカービィ3。」
「發の視力は?」
「両目とも2.0。」
「發の好きなスタンドは?」
「クラフト・ワーク。」
「千葉。」
「滋賀。」
「佐賀!!」
と水鏡が叫んだ瞬間に、俺とシンゴの会話は強制終了させられる事となった。何でも『これ以上続けると、分からない人には分からないから』らしい。楽しいのに。
「それにしてもシンゴ、他に一張羅は無いのか?」
「だからよ、あると思ってんのか、良?」
「無いだろうな。」
お前の家の人が洋服を着ている姿すら、俺たちは見た事が無いからな。
「シンゴ君の家、由緒正しい酒屋だからね。」
「そうなんだよ。だから、和服はたくさんあるんだけどよぉ、それ以外の服には疎いのなんのって…。」
いかにも重そうな木刀を腰に差しながら、シンゴは受け答えしていく。
「ま、これほど和服の似合う高校生もいねぇだろうし、十分かと思ったってワケだ!」
自分のなんちゃって侍姿を自慢する彼の姿を見て、俺は何か空しかった。
「シンゴ…お前、日本から離れたいとか言っているくせに、ちっとも離れないよな?」
ポツリと呟いた言葉に、シンゴは顔を真っ赤にさせてまで怒り出した。
「ち、違う!俺は離れているだ!離れているつもりだ!心は離れているだ!」
「しかし、実際に行動に移すことは出来ない、と…。」
「さ、行くぜ水鏡!女学院はすぐ目の前だ!」
水鏡の肩を無理矢理抱きながら、さっさと水路の方へ行ってしまった。シンゴ…ごまかしきれていないぜ?
「お、これが水路か?」
わざと大きな声で、シンゴは水路の中を覗きこむ。コンクリートで固められたその水路の水の中に、噂の土管が見えていた。それを指差しながら、水鏡は喋りだした。
「あの土管が入り口なんだよ。あれだと、大きさは1m以上あるかな?あそこの中を僕の心獣で進んでいく訳だから、そりゃ誰も想像しないよね。…あ、でも、僕の心獣もそんなに強力じゃないから、あんまり離れないでね。」
「分かってらぁ。」
壁をつたいながら、俺たちは水路へと降りていく。中は意外と深く、元々人通りも少ない事も相まって、どうやらバレる事はなさそうだ。
「さて、と。後はこの水ですかね。」
そろそろ侵入出来るためか、シンゴがウキウキしている。かくいう俺も、心臓がバクバク鳴っているわけだが。
「あ、シンゴ君、これを持って。」
水鏡は懐中電灯を手渡した。シンゴの分だけ、落とさないようにヒモがつけられている。
「サンキュー!」
そしてそれを計算どおり首にかけるシンゴを見て、俺たちは密かに笑った。
「よし、後は侵入だけだ。」
飛び込む準備運動として、俺は1人で深呼吸をした。その時2人は、飛び込み方について話し合っていた。
「さぁ、そろそろ行くよ。『1,2の3!』で飛び込むからね。」
「OK。『3』で飛び込むんだよな?」
「そうだよ。『3』でジャンプするの。」
「…え?『3』で着水するんじゃねぇの?!」
「違うよ。良い?『1,2』は準備時間だよ。」
「いや、それぐらい分かるっての。」
「そして『3!』て言った瞬間、全員でここからジャンプするの。」
「あぁ〜なるほど、分かったぜ。」
「それじゃ行くよ!…1…!」
「あ、それじゃ『いっせーのーれ!』で良いじゃねーか?」
「え、えぇ?」
「かけ声だしよ、そんな、やたら数字使うのはイヤじゃん?」
「よく分からない主張なんだけど(汗)。」
「とにかく!掛け声は『いっせーのーれ!』。そうしてくれ、頼む。」
「ちょっと、シンゴ君、土下座しないでよ。」
「それじゃ、頼むぜ!」
「よ〜し、いくよぉ…。」
「いつでもいけるぜ。」
「…。」
「…。」
「あれ?『いっせーのーせ!』じゃないの?」
「何言ってんだよ。『いっせーのーれ!』だろ、普通は。」
「え?だって使うよ、『いっせーのーせ!』って言葉。」
「それはな、関西圏で使われる言葉なんだって。」
「それじゃ、使っても大丈夫だよね。ここ京都だし。」
「そりゃ、京都は関西圏だけどよぉ…俺あんま使わねぇぜ?」
「え、そう?」
「良いじゃん、良いじゃん!『いっせーのーれ!』で統一させようぜ!」
「そうしよっか。」
「よぅし!団結力を高めるために、このシンゴ様も一緒に言うぜ!」
「分かった!」
「いくぜ。せーの…。」
「『いっせーのー…』!」
俺は無言で、2人の背中を突き飛ばした。
「『れ〜〜〜〜……!?』」
猛スピードで奈落の底へと落ちていく2人を、俺は上から見下ろしていた。そして彼らが水に落ちた時の着水音とともに、
「団結力高めるのに、何故俺は無視なんだ?」
と呟いた。
「ぶはぁっ!」
2人は慌てて水面まで泳ぎ、近くの壁に掴まった。どこもぶつけていないらしく、2人とも元気そうだった。こういう時に若さが役立つのだ。感心する俺とは裏腹に、シンゴはかなりご立腹だった。
「おい、良!てめぇ来い!殴ってやる!」
「何故だ?」
「当たり前だろぉが!俺の一張羅がずぶ濡れだ!」
「だから、それは水鏡の心獣でなんとかなるだろ。」
この時点で初めてシンゴは、俺の言いたい事が理解できたらしい。
「え、そんな事まで出来るのか?」
「そうだけど(泣)。」
ちっとも信じてもらえないとは、水鏡が可哀相だ。まぁ、これから水鏡の凄さに驚く事だろうし、プラマイ0だろう。
「俺も今飛び込むから、ぶつからないよう気をつけろ。」
「よっしゃ、来い!」
その声を聞いてから俺は、軽くジャンプをした。約2秒ほどの自由落下運動を楽しんだ後、俺は着水した。
「そういえばこの水、きれいなのかな?」
不意に水鏡が情けない声を出した。
「大丈夫だ。ここは主に2種類の水がやって来ている。1つは学校中の雨水を集める排水溝、もう1つは学校から出てきた汚水を処理してきれいにした水だ。」
「自分たちの下水処理施設があるの?すごいなぁ!」
「さ、前に進むか。水鏡、頼むぞ。」
こんな所で立ち往生する訳にもいかないので、これ以上盛り上がらないうちに、俺は水鏡を現実に戻しておいた。
「分かったよ、任せてね。」
頼られるのが嬉しいのか、水鏡は笑顔で返事をした。そしていよいよ心獣発動の瞬間、
「あ、その前に注意。」
「何だ?」
「この先がどうなっているか分からないから、一応呼吸を止める用意はしてね。」
そう言い残して心獣を発動させようとした瞬間、シンゴは彼の腕を握りしめた。
「ちょっと待て!もしこの先に空気が無かったら、どうすんだよ?!」
シンゴが慌てる。まぁ、当たり前だろう。下手すれば死ぬからな。
「その時は、僕が水を操作して、空気を送り込むよ。とにかく、一休みできる場所が見つかるまで、呼吸を止めて、懐中電灯で前を照らす。約束だよ?」
「分かった。」
「任せとけっての!」
俺たちの威勢の良い返事で、水鏡は安心したようだ。
「よし、それじゃ行くね!」
水鏡の心獣発動には、合図は一切無い。いつの間にか水が動き出す、といった感じだ。いつ発動するか、注意していたのだが、
「うぉ!?」
シンゴのマヌケな声が聞こえた。俺もびっくりした。急に周囲の水が土管の方へ飲み込まれだしたからだ。
「アース・ブルー、本領発揮だな。」
「流れるプールみたいに進むから、どんどん泳いでね!」
水鏡は自分の懐中電灯にスイッチを入れた。俺たちもそれにならう。
「よし、今行くよ!」
一言声をかけた後、水鏡は水に潜った。それと同時に、俺とシンゴは土管へと、水と共に飲み込まれていった。
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