>>水鏡
「…それで、結局何も探せなかったのか。残念だったね。」
従妹に殴られたと主張するシンゴ君が、ボロボロの顔で結果を報告した。
「ちくしょう!あいつめ、俺を何だと思っているんだ!」
「シンゴ君、そうむやみに机を殴らないで!」
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!」
余程馬鹿にされたのか、シンゴ君は朝から機嫌が悪い。今日はストレートな会話は控えた方が良いかも。
「多分、下っ端だと思っているのだろう。」
「良君、ストレートに言っちゃダメ!」
「お前の方が失礼だぁ!!」
血の咆哮と共に、シンゴ君が牙を見せた。こういう時のシンゴ君とは、少し話しにくい。
「シンゴ、ひとまず落ち着け。その従妹と今回の作戦は、関連性が無いだろうが。」
「…そうだった。」
何とか落ち着いた。その様子を見て、良君は話を続けた。
「結局抜け道を見つけられたのは、水鏡だけか。」
「でもよぉ!その水路って、人が通れるものか?」
「ちょっと待ってて。地図を見てみる。」
そう言って僕が机の上に広げたのは勿論、『嗚呼、優盟女学院』の付録でついてきた地図だ。ここに、その水路の事が書かれていたのだ。そしてそこへ行ってみたら、本当に水路が見つかった、という成り行きだ。
「あった。ここだよ。」
水路の場所を、人差し指で指差す。
「この大きさだと…半径1mて所だな。」
「おい待てよ!それ、水の中だろうが!」
地図をかっさらい、シンゴ君は怒りに満ちた声を上げた。
「まぁ、水路だしな。」
「俺、パスだぜ!女学生と言う甘い香りには興味あるけどよぉー…ドブの悪臭にはさらさら興味ねーからな!」
余程この水路作戦が嫌なのか、シンゴ君は頑なに否定する。さっきからずっと、この調子だ。これでは話が進まない。
「おかしいな。これ以上においしい侵入経路も無いはずだぞ?」
「どこかだ。糸ミミズと友達になれる事か?」
「こんな場所、まず警備の対象にはならない。よって侵入成功率が非常に高い。それにここだと、学校が開いていようが閉まっていようが関係無い。」
「ダメ!それでもダメ!」
機嫌が悪いのも相まって、今日のシンゴ君をなだめるのは、良君でも難しいみたいだ。さっきから難しい顔をして、黙ってしまっている。どうしよう?もう全ての作戦が尽きてしまう。
「良君、ちょっと。」
「何だ?」
「シンゴ君、ちょっと待ってて。」
「いいぜ。でも、俺は賛成しねーからな!」
ふてくされるシンゴ君を置いて、僕と良君は離れた場所にやって来た。
「どうした、水鏡?」
「良君。何としてでも、シンゴ君を納得させよう。」
「おいおい…お前だって見ているだろ?あれはもう無理だ。」
「でも!これ以上の警備の隙なんて、無いでしょ?」
「…まぁな。」
「もう最後のチャンスなんだよ!?だったら、なりふり構わず、前に突き進まなきゃいけないんだよ!?」
「…。」
良君からは反応が無い。僕はさらに言葉を続けた。
「良君は、こんな事で簡単に諦める人じゃないよ!もっと自分中心で、真っ直ぐで、絶対に成功させるって勢いがあるじゃないか!」
「…。」
「ね?だから、諦めちゃダメだよ!」
しばらくの無言の後、ようやく良君は口を開いた。
「そうか。分かった。出来る限り説得を試みよう。」
「やったっ。」
ようやく分かってくれた良君を見て、僕は思わず万歳した。やはり良君はこうであるべきなのだ。そう考えていた時に彼は、何故か口元をにやつかせていた。
「…フフ。面白いな。初めは、この作戦自体に反対していたはずなのにな…。」
静かにそれだけ言い残して、良君は元へ戻って行った。
「……あぁ!?」
「おい、水鏡、戻って来ーい!」
「…。」
い、いつの間に!?いつの間に僕は洗脳されていたんだ?!
「なぁ、シンゴ。この作戦の何が気に入らないんだ?」
僕が席に着いた時、2人はすでに話を再開していた。
「何が嫌か、だって?」
「あぁ。」
「よぅし!言ってやろう!」
待っていましたと言わんばかりに、シンゴ君はこう言い放った。
「濡れるのが嫌だ!!!」
「…は?」
良君とセリフがハモった。
「だから、濡れるのが嫌なんだ!おかしいだろ!ドブに濡れた男に惚れる女が、一体どこにいるってんだ、え?!」
えぇ〜っと…。
「『ドブも滴る良い男』か?!」
理解に苦しみます。良君も頭を抱えています。深呼吸しちゃっています。僕もしばらくの間気持ちを落ち着かせた後、2人揃ってこう返事をした。
「いや、僕がいるから大丈夫でしょ?」
「いや、水鏡の心獣で問題無いだろ?」
僕の心獣『アース・ブルー』は、液体を操る能力を持っている。
「…………あ。」
シンゴ君はすっかり、僕の心獣を忘れていたみたい。僕はイスから6m離れたところでうずくまり、『の』の字を書いていく。
「すまん!水鏡、すまん!」
「いいよ。シンゴ君は何も悪くない。ただ、存在の薄い僕の自己管理の無さが事故の元。」
「だー!そんなに落ち込むなって!」
「いじいじ…。」
「そうだ。落ち込んでいるヒマは無いぞ、水鏡。」
良君の励まし(では無いんだけれど、当時の僕にはそう聞こえた)が聞こえた。
「つまりこの作戦、お前の心獣が全てを決めるんだ。分かっているな?」
「…うん。」
「それじゃ、俺たちの分まで役立ってくれるか?」
「…うん。」
「よっしゃ!偉いぞ、水鏡!頼りにしてっからな!」
「うん。」
シンゴ君にむせそうなほど、背中をバンバン叩かれる。何だか、頼られているのが体で分かった。だんだん、さっきいじけていた事を忘れてきた。
「よし!作戦決行は明日の土曜日、午前9時!生憎の休みだが、クラブ生もいるし、下見としても十分だろう。意義はあるか?!」
「無ぇぜ!」
「…僕も。」
「よし!これをもって会議は終了する。一張羅を用意しておけよ!」
「おー!!」
頭脳と体を使った一大作戦が、とうとう決まった。今度こそ…今度こそ成功させるんだ!
……
…て、
また僕、洗脳されている?!
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