第7話
>>良
俺たちが侵入作戦を一旦停止させて、もう1週間経過した。もうすでに学生の何人かが進入禁止区域に出入りしているし、それを咎める者もいない。ましてや1週間前に起こった事を覚えている者がいるのか、それすら怪しい。そう、時は満ちた。台風が過ぎ去る様のように、小雨は降っているものの、もう警報は解除された。俺たちの時代、カムバック!
「校門で侮辱され、臥薪嘗胆する事1週間…ようやく作戦が復活する」
何せ俺はこの日のために、実践的な心獣の特訓、名付けて『心獣効果パワーアップ☆トレーニングメニュー』をこなしてきたからな。実りのあるものでなければ、納得がいかない。
「よし。早速2人に話しかけてみるか。」
ようやく見えてきた校門を前に、俺は決心するかのような独り言をつぶやくのだった。
1時間目の授業前。俺は席に座っているシンゴを発見した。こういう時にクラスが同じというのは、役に立つ。
「おい、シンゴ。」
決して俺の声は小さくない。だが、シンゴは無言のままで、応答が無い。
「聞いているか、シンゴ?」
「…。」
「おい、シンゴ!」
「…。」
あいつが黙りこむ姿を見るのは、俺の人生上極めて珍しい…事など無かった。あいつはゲームをしている時だけ、異様に聴力が衰えるのだ。案の定シンゴはリーフに装着させたモニターを睨んでいる。またゲームをしているらしい。
「何のゲームだ?」
俺は画面を覗き込んだ。碁盤上に広がったフィールドに、たくさんのキャラクターが配置されている。
「おい、シンゴ!」
だんだん腹が立ってきたので、彼の頭をグーで殴ってやった。まるでカエルが潰れるかのような音を発して、急激な痛みに彼は頭を抱え込んだ。
「…痛って〜…あぁ、何だ、良か。」
「さっきからずっといたけどな…ところで、そのゲームは何だ?」
リーフを指差すと、声を張り上げてシンゴは説明しだした。
「これか?これはだ、あの有名なゲーム会社エスプレッソが開発した大人気ゲーム『スーパー武人大戦』だ!!」
「武人…?」
こいつ、また新たなゲームに熱中していたのか。
「そう、武人だ!古代エジプトのファラオから始まり、中国の武将、ヨーロッパの王様、アメリカのインディアン、その他諸々の選りすぐりの武人たちが一挙に登場する、一大スケールの歴史戦略シミュレーションゲームだ!」
そう叫ぶシンゴの表情は、とても活き活きしていた。仕方が無いので俺は、彼の話に乗る事にした。
「それで、今操作しているキャラクターは?」
「これはあの武将、織田信長だ。近距離且つ単体専用だが破壊力のある剣撃が特徴だぜ!」
「その隣にいるのは?」
「ヨーロッパで活躍したジャンヌダルクだ。特殊能力によって、仲間全員の攻撃力がアップする!」
「後方にいるのは?」
「世界一周を成し遂げたマゼラン。船を召喚して戦うのを得意とするから、サポート用だな。いざとなったら自爆要員だし。」
「いや、マゼランは武人じゃないだろ。」
「戦っただろ、フィリピンのマクタン島のラプラプ王と!!」
「ふぅん…。」
そうやって歴史を覚えただろ?と言うのは、敢えて止めておいた。
「ちなみに、敵は?」
「敵は英雄ナポレオン。ついさっきまでは仲間だったんだけどよぉ、戴冠式を迎えた途端に裏切りやがって、チクショー!!」
シンゴの叫び声と同調するかのように、チャイムは鳴ってしまった。
「ちぇっ!もう授業かよ。せっかくいい所なのによぉ…。」
ぶつぶつ文句を言いながら、丁寧にセーブをし、そして電源を切った。こういう所だけシンゴは、仕事が丁寧なのだ。
「…。」
今は授業の用意をした方が良いな。話は後でも良いだろう。
「おい、良、お前授業の用意は出来たのか?」
「いや、まだだ。」
「早くしろって!1時間目は数学の酒井田だぞ?!」
「酒井田か…やたら授業の準備にうるさいからな。」
俺はそう言い残して、席に戻った。…。やっぱり、後で話す事にするか…。数学の教科書を取り出しながら、俺はそう考えていた。
結局、昼休みは2人とも忙しそうだったから、話は放課後へ持ち越しとなってしまった。俺は俺たちの作戦本部、図書室へとやって来ていた。扉を開ければ、そこは雪国だったり不思議の町だったりする訳も無く、ただただ広い部屋と、独特の紙の臭い、そしてイスに座って本を読む水鏡の姿が現れた。
「おい、水鏡。」
とりあえず、声を掛けてみる。
「あ、良君。」
今すぐに帰ることの出来る姿で、水鏡は俺やシンゴを待っていた。尤も、そのシンゴはまだ来ていないようだが。
「いきなりだけど、生まれ変わりって信じる?」
「…は?」
「現世の記憶や思い出が無いから気付かない、それでもたしかに存在する自分…こんな不思議、良君は信じる?」
本当に話がいきなりすぎて、俺は一瞬思考が停止したが、何とか正気を保つと、冷静にこう答えた。
「…俺は俺だ。過去や未来は関係ない。信じないな。」
「そっか…。」
やっぱり、とでも言いたそうな顔を見せた後、本に視線を戻した。その本のタイトルを見てみた。『生命還元』…?本のサイズから、小説である事は分かる。…なるほど。生まれ変わりが題材の小説なんだろう。
「そういうお前はどうなんだ?」
俺は興味本位から、水鏡にも尋ねてみた。しばらく考え込んだ水鏡だったが、やがて口を開いた。
「そうだなぁ…確かに良君の言うとおり、過去の記憶が無いのに『昔の僕が無ければ、今の僕は無かった』なんて、普通は思いたくないよね。…でも、僕は信じてみたい気がするんだ。」
「ほぉ?」
「昔からね、思うんだ…。僕たちには現在しか分からないから、自分の生きている時間は現在としか思えないんだよ。でも生命の『いのち』っていうのは、過去から未来へ、ずっとずっと続いているんだよ。その時僕は、人間では無いかも知れないし、そうかも知れない。それでもずっと僕の『いのち』は生き続けているんだよ。だからきっと生まれ変わりはあるんだよ。」
「……。」
分からなくも無いが…普段の水鏡にしてはかなりの大演説だ。
「まぁ…そうかも知れないな。」
とりあえず、適当に返事をしておいた。
「アハハ…まぁ、僕の勝手な想像だけどね。」
「良――!水鏡―――!!」
一旦話が途切れたその時、ちょうどシンゴが図書室に辿りついた。
「あ、来た。」
「ナイスタイミングだな。」
何をしていたのかは分からないが、ともかく同胞シンゴもやって来た。
「悪ぃ!ゲームやり過ぎた!」
「また?シンゴ君って、昔からそうだもんなぁ…。ゲームのやり過ぎで、すぐ約束の時間破るんだから。」
そうぼやく水鏡に対して、何故かシンゴは自信満々だった。
「違うぞ、水鏡。俺は成長したんだ。」
「成長?」
「そう!時計を見てみろ!」
遅れて来たくせに、偉そうに俺たちに指図する。シンゴの指差す時計を見るが、やはりどうヤツがあがいても無駄なくらい、時間は過ぎている。
「4時…15分だね。」
「そうだ!15分しか遅れていないだろう!」
「…。」
水鏡が絶句している。
「水鏡…驚いているのか?」
「当たり前だ。」
返事の出来ない水鏡の代わりに、俺が答えてやった。
「15分も遅れておいて、何を偉そうに言っている。」
ごちゃごちゃ言う前に、まずは遅れた事を謝れ。
「違う!15分しか、だ!」
しかしシンゴは、それに応じようとしない。
「15分も、だ。」
するとシンゴは、呆れたような顔を見せて、
「はぁ…。良、お前が頑固なのは知っていたが…まさかこれ程までとはなぁ…。」
と呟きながら、少し乱暴にイスを引き出して座った。
「それで良、何の話だよ?」
「そうだよ。良君、何か言いたいんでしょ?」
「お。ようやく意識を取り戻したか、水鏡。」
意識を失っていたのを知っているのか、それとも知らないのか、少し驚く俺にはお構い無しに水鏡は喋った。
「何だか良君、思いつめた顔なんかして『今日図書室に集合だ。話がある。』なんて言うもんだから…。」
「そうだぜ。なんか俺たちが悪い事でもしたみてぇだったぞ?」
…。
「シンゴ君、何か思い当たる事でもある?」
「いや、無ぇな…。3日前に買ったスーパー武人大戦のプレイ時間が40時間を越えた事ぐらいしか…。」
「ごふっ!?」
「どうした、水鏡?!何だ、今のリアクションは?!」
慌てるシンゴに、苦しそうな顔で水鏡は答える。
「ゲホ…だって…『3日間で40時間』はやり過ぎだよ。」
「何でだよ。ゲーマーならそれくらい普通だって、普通。」
「どう捉えたって、授業中もゲームしているでしょ!」
「…あ、バレた?」
「当たり前だよ!」
まさか、こいつら…。
「おかげで授業中寝なくなったんだし、良いだろ?」
「良くない!ちっとも変わってない!」
「ストップ。」
小さく、それでもはっきりとした声で、俺は2人を制した。
「ん?」
「何、良君?」
分かってきた。こいつらの、この微妙な反応の正体が…。どうしてここまで鈍いのか、その理由が全て!!
「単刀直入に言う。覚悟しろ。」
「…お、おぅ。」
「な、何…?」
少し不安そうな顔を見せる2人に、深呼吸をした後、俺ははっきりと言った。
「お前ら……女学院侵入作戦、忘れているだろ。」
水鏡の手から、本が床へと零れ落ちて、大げさな音を立てた。そしてその音は深く、深く、図書室の隅々に染み入っていった。
「…忘れてた。」
シンゴのかすれた声が、より切なさを演出する。
「まぁ、忘れるのも無理は無い。何せ俺たちは、皆が忘れるまで行動を止めていたからな。」
「でも、たった1週間で全て忘れるなんて…どこかの組織の圧力か何か、かな?」
「水鏡、それ以上言うな。とにかくだ。ようやく俺たちは、本題へと戻る事が出来たんだ。早急に手を打たないでどうするつもりだ?」
少し俺の態度が大きい気もするが…それは気のせいだ。
「よし!それじゃ早速突撃だぜぃ!」
俄然やる気が出てきた、とでも言いたそうな顔で、シンゴは叫んだ。
「阿呆。」
「なぬっ!?」
俺の『阿呆』攻撃に、シンゴの顔は歪んだ。
「お前は以前の教訓を忘れたのか?」
「なんせ、1週間で作戦自体を忘れちまったからな。」
そうだった。大事な作戦をすぐに忘れるような男が、細かな教訓を覚えている筈が無い。
「水鏡、お前から説明してやれ。」
「良君…面倒くさい事全て僕に任せる癖、治してよ。」
「無理。」
あからさまに肩を落とされた。だが、下がった水鏡の好感度を上げるよりも、シンゴに分かりやすく説明する事の方が、俺にとっては至極難しい。
「シンゴ君、突撃してもまた捕まるだろうから、今度は抜け穴を探そうよ。」
「そうだな!」
こういう光景を見るたびに、水鏡はシンゴの性格を完全に把握しているとしか考えられない。
「よし、水鏡の説得でお前も納得したところで、作戦へと入る。」
「らじゃー。」
「おー。」
俺はいつもの地図を開き、周囲の道路を指でなぞりながら、説明した。
「まず今から数日間、各自正体がバレないような格好をして、学園周辺をそれとなく偵察する。これが1番効率良いと思うのだが、意義はあるか?」
「え、それって全員で?」
この時俺は、意義は一切無いと高をくくっていた。が、水鏡がなかなか鋭いツッコミを入れてきた時、俺は…びっくりした。
「そうだ。」
「たとえごく普通の青少年の姿になっても、3人組ってだけで怪しいよね?」
「いや、それは無いだろう。もう全ての住民が、この間の事件を忘れてしまっているからな。」
「いや、さすがにそこまで忘れ去られてはいないと…(汗)。」
的確な水鏡の突っ込みは放っておいて、俺は言葉を続けた。
「それに、だ。もうすでに、ここの生徒が制服で堂々と街中を歩いているという現実によって、その不安は打ち消される。どうだ?」
「…本当だ。」
水鏡は納得してくれたようだ。胸中に抱える不安因子を取り除く、これこそリーダーの真髄。
「安心しろ。3人バラバラに活動、現地集合、現地解散。これでどうだ?」
「それなら、バレないね。」
「まぁ、1つだけ問題をあげるとすれば…。」
俺は露骨にシンゴを見て、
「こいつのヘマだな。」
「何だと?!」
シンゴは図書室の机を激しく叩きながら、俺に反抗してきた。
「お前の考える『変装』や『怪しくない行動』に、俺たちを脅かす危険因子が存在しているという事だ。」
「だー!難しい言葉並べるなー!」
俺の説明に混乱し、シンゴは頭を抱えた。そんな彼に向かって、優しく水鏡が語りかけた。
「要は『作戦の邪魔はするな』て事だよ。」
「な〜るほど〜!」
さすがシンゴのお目付け役と、俺がほとほと感心した時だった。
「な〜るほどぉ……。」
…?
「ん?」
シンゴがいち早く反応した。
「おい、シンゴ…。」
「あぁ…。」
「どうかしたの、2人とも?」
何も気が付かない水鏡に、俺とシンゴは目で黙らせた。しんと辺りが静まり返った。3人とも息を殺しているために、辺りの静寂が際立っていく。ここが図書室である事を意識せざるを得ない気がした。
「むにゃ…。」
!!
「誰かいる?!」
水鏡の叫び声が聞こえるよりも一歩早く、俺とシンゴは声のする場所へと一気に詰め寄った。そこでは1人の男子学生が、図書室のイスを並べて即席のベッドを作り、気持ちよく寝ていたのだった。
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