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「ん?」
「どうした、良?」
俺の腑抜けた声に、シンゴは反応した。
「いや…何だか、水鏡の叫び声が聞こえてきた気がしてな。」
「気のせいだろ。」
そして俺たちは今、担任に頼まれて、やたら重たい荷物を運んでいる。シンゴはもう、肩で息をしている。根性無しめ。
「他にも、壁が破壊されるような音までした。」
「き、気のせいだろ。」
「それから、水が勢いよく発射された音まで。」
「気のせい…気のせいだ……!」
「そして最後には、何かがすっ飛んでいくような――」
「だー!!気のせいだってーの!!それよりさっさと歩いてくれ!!」
顔を真っ赤にして苦しむシンゴの姿は、正直面白かった。
「そうだな。お前、潰れてしまうんだった。」
2人で1つの荷物を持っているのだが、これがやたらでかい。1m四方の段ボール箱ではあるが、重さは実に何十キロもある気がする。一体何が入っているのだか。平気な顔をして歩く俺に、苦しそうなシンゴが話しかけてきた。
「確かに…心配になるのも、分かる気がするけどな…。あいつ、俺たちの中で最弱だしなぁ…。」
「いや、最強だろ。」
「ハイハイ。強かろーが弱かろーが、あいつだって子供じゃねーんだし、何とかするだろ。」
シンゴと2人の時に、この話題で盛り上がった事は無い。水鏡自身が自分を蔑んでいる事実に、こいつの馬鹿さ加減が相まってしまい、水鏡の可能性は依然閉ざされたままだ。何かのきっかけで、それが開花すれば良いのだが…。
「あ、そうそう良。」
「どうした?」
「いるだろ?」
「誰がだ。」
ちゃんと話は最後まで話せ。
「ホラ、女学院の近くのゲーセンに居座っている不良、として有名な…。」
「…王手か。それがどうした?」
「あいつが犯人恨んで、まず校内から犯人探し始めているらしいぜ?」
あいつが、か…。なるほど、あいつらしい制裁だな。
「話はそれだけか?」
「おんや?あまり食いついてこねーんだな?」
意外そうなシンゴに、俺は余裕の表情で話を続けた。
「残念ながら、あいつをズタボロにしたから『鬼神』と呼ばれているんだ。ケンカ売られても、余裕で勝てる。」
「マジかよ?!あの『火の玉の』王手だぜ?!それなのに、圧勝したって言うのか?!」
まぁ、お前の心獣じゃ完敗決定だしな。打ってきたボール受け止められずに「THE END」、が関の山だ
「打とうと戦闘態勢に入った瞬間、ダッシュして腹を一撃、これだけで十分だ。」
「そりゃ、お前ならそうだろーけどよ…。」
「あいつ、実は遠距離タイプだからな。相手によるな。」
そいつと水鏡がかかわる事は無いだろうが…まぁ、操作性で水鏡の勝ちだろうな。
「と、とにかくよ…これ運び終わってからにしねぇか…?」
「ところで、さっきの音は何だったんだろうな?」
「早く歩いてくれー!!」
人が考え事をしていると言うのに邪魔するとは、シンゴはなかなかの根性の持ち主のようだ。確かに彼の足取りが重くなってきている。顔も先程よりも真っ赤になっている。本当に潰れてしまいそうだ。俺は渋々足を進めながら、それでもやはり考え事をする。先程の衝撃音は相当大きな音だった筈だ。多分、学校中の奴らが耳にしているはずだ。
「ひぃ…ふぅ…ところでよぉ…これ、何が入っているんだよ…。」
その時、シンゴが呟いた。俺も先程から気になってはいたが、この大きさでこの重さなら、大体想像がつく。
「多分本だろ。」
「おいおい、本ってこんなに重いのか?」
「…知らないのか。」
「当たり前だろ。」
本が意外と重いのは、日常生活において常識だと思っていたが、確かにシンゴは非一般的だから、分からないのも無理は無いのだろう。
「引越しの時でも、本はいくつもの小さな箱に入れて持ち運ばなければ、歩く事もままならん。」
「ま、マジで?!」
この話題、シンゴにはウケたらしい。人間、意外な話で盛り上がるものだな。…あれ?
「おいシンゴ、お前は今1人暮らしだろ。それくらい経験無いのか?」
「そりゃ、そうだ。」
何を今更、とでも言いたそうな顔で、俺を見る。
「『1人暮らし』って言っても俺の場合、家出同然だったからな。荷物なんか、後で1つずつ持っていったんだよ。」
「それで引越し経験が皆無だったのか。」
全く…頼もしいと言うか、無鉄砲と言うか…。
「あれは大変だったなぁ…。入った時なんか俺、家賃がいくらか、知らなかったからな!」
訂正。どう考えても無鉄砲だ。
「良君〜……。」
「ん?」
今、水鏡の声が聞こえた気がした。周囲を見渡してみたが、どこにもいない。
「おい、良。今の声…。」
「良君〜〜……。」
すると俺の予想通り水鏡が、何故かボロボロでやって来た。
「どうした、水鏡?」
「助けて〜…。」
ひとまず荷物は放っておいて、俺は水鏡のそばへ近付いてみる。とうとう水鏡は、力なく横たわった。決して起こす事も無く、俺は話をうかがう。
「いるでしょぉ〜…。」
「誰がだ。」
だから、話は最後までしろ。
「女学院の近くのゲーセンを…。」
「あぁ、王手か。諦めろ。当事者同士のケンカは、当事者で決着つけろ。それでは。」
全く。それだけの事か。それくらいは自分で始末しろ、と俺は主張している。俺は荷物の方へ引き返した。
「そうだけどさ……何だか一方的だし…それに子分いるし…計画に僕が介入している事もばれちゃったし…。」
その言葉を聞いて、俺は足を止めた。そしてくるりと水鏡の方へ向きなおし、問いただした。
「…つまり『罠にハメられた』と…?」
「え?ん…まぁ、そう…かなぁ?」
なるほど。
「分かった。」
「え…?」
「ケンカの尻拭いはしない。だが!俺は、自分の知り合いを卑怯な罠にかける輩には、何の慈悲も無い。」
「あ、いや…その…。」
水鏡の顔が苦痛に歪む。なるほど…。相当苦しんだようだな…。そうと分かれば、行動派早めに起こさなければ!
「水鏡、場所はどこだ?!」
「え…だから、その…。」
「どこだぁ!?」
「体育館前ですぅ(怖)!!」
「分かった!」
おのれ、悪党!俺の親友に制裁を下したのが、運の尽き!まだ殴られ足りないようだな!?
「王手、もう一回ぶん殴る!」
「あぁ!良君〜…!」
待っていろ、水鏡。お前の仇、必ずこの拳で沈めてやる!横たわる水鏡と潰れたシンゴには目もくれず、俺は体育館前へと翔けていった…!



>>水鏡
追伸
現場へ駆けつけた良君は何とか、
僕らの間で起こった出来事を把握してくれた。
ボロボロの王手君に、良君はさらに脅しをかけ、
彼に犯人探しを止めるよう説得(では無いけれど)した。
学校中の物が破壊されたり、
体育館裏が穴だらけになったりしたけれど、
そこは良君の気合で乗り切った。
…乗り切れているのかな?
この事件をきっかけに、
殺伐とした中にも訪れた学校の平和に、
僕らは甘んじる事となるのだった。

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