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「ん?」
何だ?五時間目の英語の授業で、名指しされた訳でもないのに、シンゴが立ってる。何かを背中に隠しながら、裏声で必死に説得してる。それが聞こえた瞬間、教室中に笑いが満たされる。
「…。」
お前ら、うるさい。俺は考え事をしているんだ。周りがうるさいと、それすら出来ないというのに…。
「おい、流(ながれ)、答えてみろ。」
校内でもかなりムカつく教師の一人として有名な十文字が、俺を名指しする。
「…。」
まぁ、いいや。名前の方で名指しされたわけでも無い。
「『詰め込む』です。」
「よし、その通りだ。つまりこの文は…。」
英語はそれなりに得意だが、如何せん、俺は日本を出たくない人間だ。残念と言うよりも、勿体無いといった感じだな。
「…さて、本題に戻るか…。」
そうだ、今年の抱負についてだ。今年は何を頑張ろうか。いくら日本を出たくないとは言っても、やっぱり今年の目標と言うか、方向性というか、そういうものは大事にしなくちゃならない。俺は今年で高校二年だが、もちろん勉強なんざする気は、さらさら無い。何故なら今の日本には――


その瞬間、遠くで、何かが爆発するような、金属が擦れるような音が聞こえてきた。俺はすぐに窓の外を眺めた。教室から1キロ程離れたビルの陰から、真っ黒な煙があがっていた。
「お、やってるな!」
「チクショー、見てみてぇのに!」
「コラ、お前ら、さっさと席に座れ!」
その音を聞きつけて、学校中がざわめき出す。先生によっては、収拾つかなくなる事もある。まぁ、人はそれを『学級崩壊』と言うのだろうが。
「…。」
このように、今の日本ではこうした試合が行われている。試合の場所はもはや、完全に日本中だ。望む人々だけで行われる、路上での格闘によって、今の日本は支えられている。何故か?何故なら、この試合の頂点に立った者が、政府が設立した『能力省』と呼ばれる省の省長となれるからだ。要は、試合に勝ったものが、高額な報酬を得るのだ。まぁ、それ相応の仕事がついてくるらしいが、どうせ接待しかしないだろうし、楽と言えば楽なものだ。
確かに試合は、年々激しさを極めている。一見危険に見える制度だが、実は都合が良い。誰が言った言葉だったか…所詮人間は動物、争う事が大好きだ。そのせいで人はどれだけ教訓を積んでも、戦争のような過ちを繰り返すのだと言う。大昔に繁栄していたテ……ナントカ文明も、ナントカ戦争によって滅んでしまったと、水鏡が言っていた。
とにかく、過剰な人間の闘争心を犯罪に向けないように、数十年ぐらい前のお偉いさんが考案したのが、今の制度らしい。この戦いの名前は『獣王杯』。日本国民は『B−1』と呼ばれている。期間は二年。年明けと同時に始まり、最初の一年でその県の上位5名が決定、二年後の師走までに地域ごとの1位を選出した後、退任した省長交えての1位決定戦。そして二年目が終わるまでに、省長を決めるという仕組みだ。この手順を踏んでようやく、新たに省長が制定されるという訳だ。
…え?能力省の『能力』とは何だ?心獣って何だ?…そうだった。一番大切な事を忘れていた。


その時窓からは、また同じ場所から、先程よりも派手な爆発音が聞こえてきた。どこからかは消防車の音が響きだし、外も慌ただしくなってきた。不思議ではないか?試合なのに何故、爆発音がする?金属の擦れる音も、地面すら揺るがす地響きも、晴れなのに道路が凍っている時もある。


俺は歴史が苦手だからよく分からないが、いつかの戦争を境に、世界中の人間が超能力に覚醒してしまったのだ。そしてその超能力の事を『心獣』と呼ぶ。


人が超能力を手にしたならば、それを悪用する犯罪者は必ず生まれる。犯罪増加の直接的原因だ。いっその事超能力を消してしまえば良い、という意見も出たそうだが、せっかくの実験材料を手放したくないという科学者たちとの抗争も、歴史で残っているらしい。水鏡から聞いた話だが。あいつは歴史好きだからな。


「また話が脱線したな…。もうそろそろ反省しよう。」
確かに省長目指して闘うのも1つの手だが、俺はまだ17だ。この年で日本のトップになっても、どうせ官僚の仕事で遊べないだろうし、正直つまらなさそうだ。第一、俺は金に困っていない。ひとまず省長案は削除だな。
「しかし…。」
つまらないだと?何に対して不満がある?俺は今までシンゴや水鏡たちと過ごしてきて、不満に思った事があっただろうか?いや、無い。何の問題も無く、楽しく過ごしてきている。これ以上何を望む?他に何を望む?
「去年は何を望んだ?」
去年は確か、無駄遣いを無くそうと家計簿をつけてみた。その前の年は毎日の運動。そのさらに前は料理の練習だった。俺は小さい時に母親亡くしたから、ちっとも要領が分からなかった。今じゃ、ある程度のものなら作れる位にまで成長した。しかしまぁ、どれもこれも、些細な日常の事ばっかりだな、それも自分だけの問題だ。
「…そっか。」
望むものが無くなっちまったんだ。普段生活する上で必要な、生活能力に関するものが染み付いて、望みにならなくなっちまったんだ。大変な事態だ。そうなると人は、何をするのだ?自分の趣味か?人への善意か?違う、それだと何だか付け焼き刃みたいに感じる。
「…そうか。」
だから人は闘うのかも知れない。溜まったフラストレーションを吐き出すかのように、人は人を傷つける道を選ぶのかも知れない。自分で考えた幼稚な思考だが、俺には確実なものに感じた。
「でも俺は、自分のエゴで人を傷つけたくは無い。」
華やかで、思い切りがあって、とても有益で、なるべく他人と関わらないような、そんな事を俺はしたいのだ。しばらく考え込んだ揚句、ふと俺はある計画を思い出した。
「キュピーン☆」
俺の目が妖しく光る。そうだ、すっかり忘れていた。どうしてこの事に気が付かなかったのだろうか。確かに今の生活は、かなり健全な生活だ。しかし、俺はもう少しで青春の92%を失うところであった。良かった。卒業までまだ、2年もある。
「くっくっく…これしかない…遂にあの作戦を実行させる時が来たようだ…。」
肩で笑う俺の姿を、隣のやつが呆れてみているが、俺はさっぱり気が付かなかったのだった。

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