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俺が昼食のメロンパンを食べきろうとした、その時だった。
「おぉぉぉぉぉぉい!!!」
屋上の入り口から、暑苦しい男―かどうかは良く分からないが―が走り寄ってきた。あのチェックのバンダナとつんつん頭。あれはまさしく、シンゴだ。本名は火鳥晃平(かとりこうへい)なので、本来あだ名は『コーヘー』とか何かになるはずだったが、俺の気まぐれで『シンゴ』にした。苗字が『火鳥』だから名前は『シンゴ』しかないと、あの時は本気で思っていたのだ。まぁ、子供の頃の過ちという事で。
「遅いよぉ、シンゴ君!」
水鏡は手を腰にあて、頬を膨らませた。
「はは!悪ぃ悪ぃ!ちょっくら揉め事があってな。」
そう言いながらシンゴは、話を流そうとするが、そうは問屋が許さない。
「おい、またかよ。」
「『また』て何だよ、あぁ?!」
「『また』だろ。てか、どうして逆ギレなんだ?」
「あぁ?!」
「何だァ?」
「ふ、二人とも目が怖いよ。」
そう指摘され、俺とシンゴは、メンチを切るのをやめた。
「…ふぅ。それで、今回は何があったの?」
「良くぞ聞いてくれた、水鏡!!」
ビシッという音が出そうな感じで、シンゴは水鏡を指差した。
「いるだろ?」
「誰がだ。」
思わず俺はそう答えた。話しをするときは、しっかり相手に伝わるよう、話を逐一構築しながら喋ろ。
「いるだろ?この学校でも有名な、やたらめったらケンカを売るって言う…。」
「あぁ、黒川って言う不良か。」
「そう!!」
ビシッ。
「そいつが俺の胸倉掴んで、カツアゲしてきやがってよ〜。」
「それは災難だったね。」
気の弱い水鏡にとって、カツアゲは恐怖そのものだ。
「災難だぜ〜。」
…でも、黒川がシンゴにカツアゲなんかすれば…。
「それで、黒川君はどうなったの?」
「おぅよ!頭きたから、近くの箒で半殺し。」
やっぱり…(汗)。
「…。良君。」
水鏡は俺に喋りかけてきた。
「何だ?」
「前言撤回する。黒川君が災難だったよ。」
「だな。」
俺と水鏡は、災難な目に会った黒川をい弔うかのように、大きなため息をついた。
「こらこら。何お前ら、敵に同情しているんだ?相手はこの学校でかなり有名な不良だぞ?!」
「ズタボロにする時点で、お前も決して『良くは無い生徒』なんだが。」
「…。」
俺の一言で、シンゴは黙った。どうやら、罪の意識が無い訳では無いらしい。
「『良カラ不(ヨカラズ)』」
「水鏡うるさい。」
でも、茶々を入れる水鏡には関係無いらしい。ふと俺は、昼休みがそう長く無い事に気付いた。
「とにかくシンゴ、さっさと昼飯を食べろ。時間がヤバイ。」
「何だよ、良。この俺が闘っていたんだぞ?そう長い間闘っていた訳でも無―。」
携帯を見た瞬間、時間が止まる。
「はぅわぁぁぁ!!!!!」
これ以上無いと思うくらい奇怪な叫び声を上げ、体の動きを止めた。横から密かに覗いたところ、もう休み時間は残り数分を切っていた。
「『シンゴの叫び』。」
「水鏡うるさい!だぁ〜早く食わねぇと、間に合わねぇぇ!!」
慌ててシンゴは、自分の弁当を広げ、口の中に押し込め始めた。…。さて、次の授業は何だったっけな?…あぁ、そうだ、英語だ。興味無いけど。
「そんじゃ、先に行こうぜ、水鏡。」
「シンゴ君、間に合ってね。」
「な、何?!ちょ、ちょっとお前ら、それは酷過ぎだぞ!!」
背後でブツブツ文句を言うシンゴを放っておいて、俺と水鏡は校舎内へと戻って行った。




何もかもがいつも通りだ。
…。
これでいい。
これで十分だ。
他に何を望む…?




>>シンゴ
「それじゃ、このthatの意味は何だ?」
うぅ…眠い…。何とか昼飯は食い終わったけど、やっぱこの昼一番の授業は眠くて仕方が無ぇぜ…。
「ふわぁぁぁ…。」
十文字の野郎にバレないよう、あくびをする。ダメだ、今日は本気で眠い…。春の陽気が、俺を容赦無く包み込む…。
「……。」
うぅ…。
「…り…。」
おぉ…眠くなってきたぞ…。
「…い、…とり…。」
これで眠れる…。
「…おい、…とり…!」
おやすみぃ〜……。
「おい、火鳥(かとり)!!!!!」
「うわぁぁぁぁ!!!??」
耳元に響く大音量に、俺は慌てて飛び起きた。誰かが耳元で叫んだらしく、俺の鼓膜には大量の電撃が流れ込んできた。キッと睨む視線の先には、1人の教師の姿があった。
「ったく、陽気なもんだな。授業早々居眠りか。」
「うぅぅ…。」
く〜、十文字の野郎め!てか、耳痛い…。
「おい、火鳥。聞いているのか?」
耳の奥がジンジンする…。
「火鳥!」
この野郎、いつか絶対泣き見せて――!
「火鳥!!」
「うおおおおお!!!??」
再び俺の鼓膜に電撃が襲った。この野郎、また耳元で叫びやがった!
「何だ、何だ、元気じゃないか。」
「〜〜〜〜〜っ!」
す、すげぇ痛い…。
「それじゃ火鳥、答えろ。」
「…。」
しかも苦しみもがく俺に『答えを言え』と言ってきた。もちろん俺は寝ていたから、全く分からない。くそぉ…俺バカだから、こういう時のあしらい方もよく分からねぇ。
「…何を?」
だからこれは、俺の精一杯の返事だ。
「全く…。」
そう呟いて十文字は、わざと大きいため息をつく。分かりきった反応だが、これ以外に出来る事が、俺には無い。こういう状態の事を、一般的には『やるせない』と言うらしい。
「それだけ元気が有り余っているのなら、少しは勉学に使おうではないか。特に英語を、だ。」
「いや、てか耳…。」
「もういい。座れ。他に分かるやつはいないのかぁ〜?」
痛む耳を押さえながら、俺は無言で席に着いた。…。今度絶対殺す。
「…そう、that節だ。それじゃこの…。」
どうして俺の周りには、俺をからかうやつが、こうもたくさんいるのかなぁ。これってよ、絶対俺がなめられているんだよな。確かに俺はバカで一直線だし、からかいの対象には持ってこいなんだろうな。
「…ったく。」
自暴自棄気味に、俺は黒板に書かれている意味不明な象形文字を、ノートに写し始めた。
「…。何で同じthatなのに、意味が違うんだ?」
英語ってのはよく意味が分からん。同じ文字を使っているくせに意味が違ったり、違う文字を使っているくせに意味が同じだったり…。まぁ後者は分かるとしても、どぉ〜も前者は合点がいかない。これだったら日本語の方が、まだマシじゃねぇのか?
「…。」
ブンブンと頭を横に振り、俺はたるんだ顔を引き締めた。いけねぇ、いけねぇ!俺はさっさと、こんなせせこましい日本から出たいんだ。時間に追われるように動いて、自分の事に精一杯な国なんて、俺はゴメンだからな。
「俺はこんな狭いところに落ち着く男じゃねぇ。もっとビッグになるんだ。」
…でも日本を出るとなると、やっぱ外国語は覚えなきゃいけねぇんだろうな。そう思った俺は少しだけやる気が沸いてきた。
「…英語は、大事だよな…。」
そう呟きながら俺は、目の前のノートを眺める。せめて英語くらいは勉強しよう。俺が勉強する気になったのは、かれこれ小学校中学年以来だ。今日は俺の記念日になるに違いない。そう思いながら見つめるノートには、乱雑に書かれた象形文字の数々が楽しそうに躍っていた。
「…。」
分からん。意味も分からない上に、読めない。これが自分で書いた文字とは、とても思えない…いや、思いたくない、信じたくない。俺はノートに書かれた文字を解読するため、シャーペンをコツコツ机に叩きながら、しばらく本を眺め続けた。それを始めてわずか数分後、
「ったく、やってらんねぇよ。」
投げやりな言葉を言い放ち、俺はシャーペンをほんの少しだけ強く握った。その途端、俺のシャーペンの先から、真っ赤な爆発が起こった。一瞬俺の机の上を光で包みこんだかと思うと、その爆発による推進力でシャーペンは深々と、ノートもろとも机に刺さった。
「……。」
ブスブスという音と共に、ノートから黒い煙が――
「わ、わ、わ!」
煙が上がってきたぞ?!まずい!燃える!俺は慌ててシャーペンを引っこ抜き、火のついたノートを振り回した。
「ん?何だ、火鳥?」
その騒ぎに反応して、俺に背を向けていた十文字が振り返る。それに気付いた俺は、とっさにノートを隠した。
「いや!!何でも!?」
「声が裏返っとるぞ?」
その言葉を聞いたクラスの連中が、笑い出す。クスクスと笑うやつらから、大声を上げるやつらまで。うるせーな、火事が起こるよりマシだろ。
「ま、寝ていないだけマシか。」
そう言ってまた黒板に象形文字を書き始める十文字を見て、俺は安心した。あいつの愚痴なんざ聞くの、俺はゴメンだからな。
「…くっそぉ。」
静かに席に座った後俺は、騒ぎの元凶となったノートを見てみた。もう煙は上がっていないがその代わりに、ノートのど真ん中にはシャーペンが1つ通れるくらいの穴が開き、その周囲が黒く焦げていた。
「何だよ、まだ5ページも使って無ぇのに。」
この時、俺の勉強への意欲が完全に底を尽きた。
「…それじゃ、このjamの意味分かるやつ…。」
「…ハァ…。」
やってられねぇや。誰に何を言われようと、俺はもう寝る。俺はすぐに机に頭を寝かせ、寝る態勢を取った。
「……。」
十文字って英語教師…絶対殺す。
「むにゃ…。」
怨恨を抱きながらも、すぐに俺のまぶたは降りてきた。
「…。」
それにしても…男ばっかりの笑いってのも、ウザイなぁ…。
「ぐぅ…。」


ま、男子校だから仕方無ぇけどさ…。

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