上を見上げれば…
青い空が広がっている…
耳を澄ませば…
風の音もする…


校舎の屋上で…
空を仰ぎながら…
世界の広さを感じ…
そして、己の小ささに気付く…


体の小さな鳥たちですら…
この空を制する存在だとすれば…
如何に己が儚いものか…
如何に己が脆いものか…


果たして、
それを知るものがいるのかどうか…


だから私は誓う…
己以外のもの全てに誓おう…
この校舎の屋上で…
昼飯を食す事を…




第1話
>>
「どうだ、この詩?」
俺が半ば感動している中、目の前で同じように昼飯を食っている水鏡(みずき)に、物凄い呆れの目で見られた。
「いや…『どうだ?』って言われても…。」
「何だよ、水鏡。もったいぶって無いで、早く感想言えよ。」
「それじゃ、言うけど…。」
深呼吸を一つ…。そして、
「最後の一行、要らない。」
ひ、酷い。いくらなんでも、それは言いすぎだ。
「せっかくの詩が、最後の一文で全て台無しだよ。」
「酷いぞ、水鏡。ガキの頃のお前なら、もう少しまともな意見を言っていた筈だろ。」
「酷くないと思うよ?むしろ、普通じゃないかな。それにいくら僕だって、昔のままじゃないし。」
そう言って水鏡は、まだだいぶ残っている弁当の中から、おかずを口に入れた。
「昨日、昼飯食べながら必死に考えたんだぞ。その時間を有効なものにするため、お前は褒めなくてはならない。」
「だから昼飯なんて言葉が出てきたのか(汗)。」
そう言って水鏡は呆れかえった顔を見せた。
まずい。思いっきりため息をつかれている。
「それにしても驚いたな〜。まさか良(りょう)君に、詩を作る趣味があったなんて。」
「いや、別に趣味じゃない。」
「え?違うの?」
俺の言葉が意外だったのか、水鏡は目を大きく見開いた。
「あぁ。ただ、我々学生たちの仕事時間とも言える授業において時折発生する、自分の、自分による、自分のための自由時間が発生したために、またその時間を有効利用せんがために、俺の頭脳の自由時間対策本部が、その措置として編み出した手法の一環だ。」
「…え…?」
水鏡は箸を止めてまで、俺の言った事の意味を考え込み始めた。なかなか理解できないらしく、だんだん低い声で唸りだした。
「…あ。」
そして軽く頷くと、
「要するに、内職か。」
「まとめ過ぎだ。」
それだと、今までの俺の苦労も水の泡と化すだろ。
「良君って、たまに遠まわしな表現するから、分かりにくいよ〜。」
「水鏡の翻訳は、必要な部分しか使わないから、直過ぎると思うが。」
「まぁ、結局そっちの方が便利だし。」
ほんの軽く、水鏡は笑った。…こいつの事だ。照れているのだろう。褒めたつもりは一切無いが。
「で、さっきの詩の事なんだけど…あれさ、良君の、何の変哲も無い日常だよね。」
「それも超☆平凡的な。」
本当に、その通りだ。俺がいつも水鏡たちと弁当をここでとっているせいからか、それしかテーマが思いつかなかったのだ。しかも、格好良さ気な言葉乱用。
「…。」
「絶句か?」
「どちらかと言えば、呆れ。」
うん、まぁ、そうだな。呆れるだろうな。
「でもよく考えれば、そうだよね。良君、ちっとも国語の成績無いからね。」
「そこまでハッキリ言われると、逆に元気になってきたぞ。」
「まぁ、慣れない事はしない方が良いって事じゃない?」
文字だけで見れば非常に激しいが、こう見えても水鏡は俺に対し、かなり気を遣って話しかけているのだ。尤も、水鏡の方が国語が苦手だが。
「…。」
会話が途切れた一瞬で、水鏡は自分の昼飯を食べ始めた。水鏡と俺は小学校からの付き合いだ。第一印象は『物凄く存在の薄い、ひ弱な男』だったのだが、実際会ってみるとその見た目通り、非常に優しい男だ。誰に対して、という訳でも無く、ただ優しい。そんな感じの男だ。
「…あれ?良君?」
そんな姿ばかりだったから、水鏡が怒り狂う姿を想像出来ない。そればかりか、こいつが怒っている場面など、そう滅多に見られるものでも無い。
「お〜い、良君〜。」
一体こいつの怒りの『トリガー』なるものが存在するのかどうかさえ―
「ねぇ!」
「え?!」
急に耳元から聞こえてきた叫び声に、俺は思わず大きな声を上げてしまった。
「何考えていたの?」
「いや…別に…ただ、ボーっとしただけだ。」
「ふぅん…?」
少し疑問を抱いていたようだが、何も無いと判断したのだろう、水鏡はまた箸をすすめ始めた。
「それより水鏡。」
「んー?」
「シンゴ遅いな。」
俺は携帯の時計を眺めながら、ため息混じりに呟いた。
「そういえば、今日はいつにも増して遅いよね。」
「もう2,30分経ってるぞ。」
確かにあいつは時間にルーズだが、これには少し問題がある。友人を待たせているときは、10分くらいが限界と、相場が決まっているんだ。そう考えていた時、水鏡がふと言葉を漏らした。
「また、ちょっかいをかけてきた先輩と揉め事起こしていたりして。」
「『また』?」
「ほら、5日ほど前にあった――。」
俺は頭の中から、5日前の記憶を必死に再生した。
「…あぁ、あれか。足払いされて、持っていた弁当ぶちまけて、殴り合いになったやつだったな。」
「そうそう。」
「あいつの喧嘩っ早さには脱帽だな。」
「…。良君って、僕よりも他人に興味無いもんね。」
「…むぅ…。」
何か釈然としない言われようだが、正にその通りだ。基本的に俺は、どんなやつだろうと関わりを持とうとしない。他人の事情にはあまり興味を持たないし、持とうとしない。どうせ人は一人だし、他人と関わらなくても問題は無い、別に一人でいても問題は無いと、何故か昔から考えている。
「もし良君が5日前のシンゴ君だったら、鋭く睨みつけて、それで終わりだと思うな。」
「睨むかどうかも怪しいがな。」
「こけるかどうかも分からないしね。」
「まぁな。」
俺はそこで話しを止めておいた。もし俺がそんな事をされたら、多分足払いした相手に昼飯代出させると思うのだが、ここでは敢えて口には出さないでおいた。
「でも凄かったよね、あの時のシンゴ君。」
「何せ柔道部の副キャプテンだったからな。あのデカイだけで有名な。」
「あと、傲慢な性格もね。」
しかもこれが校内でもかなりの馬鹿ときた。
「きっとありゃ、校内一だな。あれだけ質の悪い奴も、そうはいない。」
「その巨人相手にシンゴ君、近くで練習していた剣道部の竹刀一本で立ち向かっていったんだよねー。」
何故か尊敬する人に向けるような目つきをしながら、水鏡はそう呟いた。
「そんなに凄い事か?あいつ猪突猛進型だぞ、思考が。あの馬鹿相手だったから良かったものの、普段の戦闘ならすぐに避けられて、自爆して、それで終わりな奴なんだぞ。」
「確かに、相手にもよるけど…でも本当はシンゴ君、強いんだって。」
「そうかねぇ…。」
「そうだって!」
…。シンゴとは俺と水鏡の友人だ。こいつと同じように、小学校からの付き合いで、今でもバカしてヘラヘラと生きている。確実なのは、三人の中で一番バカという事だ。それなのに一番優秀な水鏡が、そのバカを賞賛する。
「うん。絶対強いよ。」
そう呟き、頷く。本来人間には、自分の持っていない物を持つ人物を、賞賛する相手と認識する習性でもあるのだろうか?
「ま、強いんじゃねぇのか?」
右手に持つメロンパンをかじりつつ、ほとほと呆れながら、俺はさっきから考えている。違う。シンゴなんか、水鏡の相手にはならない。それどころか三人の中で、お前の能力は群を抜いている。俺やシンゴなんか本来、相手になんかならない。それなのに、何故?何故自分の力が量れない?それとも俺が変なのか?
「遅いねぇ…。」
水鏡はポツリと文句を言いながら、尚も箸をすすめる。水鏡の、弁当を食べるスピードの遅さも気になるが、それ以上に気になるのが、俺の事についてだ。俺が変なのか?量れる俺が変なのか?大体一目見ただけで、相手の能力の強さが本能で把握できる、そんな俺が変なのか?
「だってホラ!シンゴ君の心獣(キメラ)、派手だしね!」
俺のずっこける音が屋上中に響く。
「うわ?!大丈夫?!」
「だ…大丈夫だ。」
…。何だとっ?水鏡は今まで、派手さで強い・弱いを決めてきたワケか?見た目で?心獣の中身関係無しに、派手さでステータスを計っていたって事か?
「なんて無謀な!」
「何が?」
もちろん水鏡は、俺が何を考えているかは知らない。
「お前…よく生きてこられたな…(汗)。」
「?僕は生きているけど?」
「…いや、いい…何でもない…。」
これ以上、話を広げないでおこう。余計ややこしくなる。
「シンゴ君、早く来ないと、授業にも遅れるよね。」
「あ、あぁ…。」
俺は今まで外見だけの判断で、全てやってきたって事か?相手の本来の実力も知らずに、それだけの情報で闘っていたのか?…。すごい。
「…。」
何となく、水鏡を見た。弁当を食べるスピードは、相変わらずの遅さだが、この男に秘められた力に、果たして俺はついていけるのだろうか?もし水鏡が本気を出さなくてはならない状況に陥り、且つ彼が本気になった場合、果たしてその力がどれだけのものになるのだろうか?


再びメロンパンを口の中へ放り込みながら俺は、それを必ず見てやろうと、心の奥で誓うのであった。

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