周りの景色が黒ずんでいる。世界はゆらゆらと揺らめきながら、ゆっくり形作っていく。
そこは、大小さまざまな機械に覆われた銀世界だ。モーターの唸り声と、歯車の軋む音が、部屋中を支配している。常人なら2日と経たずに気がふれてしまうこの部屋に、さも居心地良さそうな表情の研究員いた。彼女は――まだ年端もいかない少女だ――目の前の小型腕時計をいじりながら、難しそうな顔をしている。
ふと、誰かが彼女に話しかけてきた。この夢を見ている者に向かって。
「ニコ君…機械工学も良いが、たまには他の研究にも興味を持ってみたらどうだい?」
白衣を着た男が、そう話しかけてきた。幼い姿のニコは、その意見に全く興味を持つ気配が無い。
どうやら、またニコの夢に紛れ込んでしまったらしい。
「機械工学じゃありません。魔術です」
「そうだね、魔術だね。他の研究に、たまには顔を出したらどうだい?」
何度も言われ続けているのか、彼はとても慣れた反応を見せた。
「いい。もう少し研究したいから」
「でもスランプなんでしょ?」
ニコの手が止まる。図星だ。
「他分野の研究を見て、刺激される事だ。そうすればきっと、スランプから脱出できる」
「でも――」
「明日だけでも良いからさ。遺伝子工学部門にマナギって補佐がいるんだけど、私は彼と仲が良くてね。明日彼を通して紹介しておくよ。あそこは良い部署だ。皆優しいからな」
「…分かりました」
「気が滅入るなら、音楽でもかけてみる? この間、ひいきにしているアーティストが新しいアルバムを出してね」
「私ばかり特別扱いされても困ります」
「いやいや、これは正当な扱いだよ。何しろこの研究は、君の腕にかかっているも同然だからね。君のサポートならいくらでもしてあげるよ、お姫様?」
そう言ってウィンクをする男は、そのままソファに寝転び、いびきをたて始める。ニコはそのまま彼を放置した。いつもの事なのだろう、慣れているらしい。
「本当……何もしないんだから」
組織の誰もが、彼が働いている姿を見た事が無いという、希代のグータラ科学者がいた。彼の名は――




「悪い夢でも見たんですか?」
その後眠れなくなったニコは、アルのベッドに潜り込んできた。彼もまた、それをやめさせるつもりは無かった。
「……」
しばらく無言が続く。何か声を掛けようかと思っていたアルだが、頭をぽんと撫でた後、寝返りをうった。
「…私とマナギを初めて会わせた、同僚の夢」
しばらくして、ポツリと呟くニコ。
「最年少だった私は、そこで気に入られて、1度だけキメラ製作に携わったの。それがエルだった」
しんと静まり返る部屋の中、ニコはアルの頬をつついた。しかし何も返事が無い。
「博士……それは茹でて……」
どうやら寝てしまったらしい。一体何の夢を見ているんだか。
「…バカ。眠れないから来たのに…」
彼女は頬を膨らませると、彼の顔を見ないよう、反対側に寝返りを打った。背中をそっと、彼の腕に触れる位置で――。

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