「あ、おかえり」
帰ってきたエルを真っ先に出迎えてくれたのは、ケイだった。彼女は、庭に飛び交うチョウを追いかけ回して、遊んでいた。しかしエルには、チョウが見えないため、ただ彼女が走り回っているようにしか見えない。
「エルが帰ってきたって事は…ジェイは?」
その質問に、彼女はすぐに答えられなかった。覚悟を決めるように、恐々と返事をする。
「亡くなったわ…彼は負けたの」
「ふぅん」
ケイは話を聞きながら、チョウを追いかけ回している。しばらくするとチョウは、塀を越えてどこかへ行ってしまった。
「ね、お腹空かない? アルにお願いして、おやつ出してもらお〜よ!」
その言葉に、エルは呆れていた。育ての親が亡くなったというのに、この子は食欲ばかり、良心が痛まないのかしら…と。
しかし、ケイの笑顔に汚れは見当たらない。心から笑っているのだ。その時ようやく、エルは気付いた。ケイには『食欲さえあれば、何でも乗り越えていける、それだけの心の強さがある』という事に。
エルは正義の名のもとに、数多くのキメラたちを殺してきた。そのほとんどは、彼女の良心が痛まない戦いだった。そんなエルとケイの間に、一体何の差があるのだろうか。
「はい、一緒にお願いしましょう。アルさんのことだから、きっと出してくれるわ」
「にゃは♪」
気紛れな同居人を連れ、研究所へと戻るエル。胸のつかえが取れたようで、とても清々しかった。


エルは考える。
『きっと私は冷たい人。だからキメラは私が倒す。他の人の手を、血で染めたくないから…』


その日の夕食、ハンバーグの上には旗の代わりに、サメとオオカミの歯が刺されていた。

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