「いいえ…大丈夫、もう少しくらいなら」
「無理だって。どっちも無理だ」
「まだ動くわ…体なら、まだ…」
まるで何かにとりつかれたように、エルは前進をやめない。ジェイの交渉は適切である。1つだけ誤りがあるとすればそれは、彼女の精神力を甘く見ていた事だ。
「逃がさない…あなたを、決して…」
彼女は意を決して、突進を始めた。


「待ちなさい!」
エルに抱きつくように、ニコが飛び出してきた。
「に、ニコ…?!」
「これ以上の戦闘は許可しません」
彼女は冷たく、そう言い切った。
「エル…あなたの発電力が、平常時の0.5%を下回っているわ。まともに周りも見えないくせに、どう戦うつもりなの?」
「見えて…ない…?」
彼女の言葉に、ジェイはハッとした。そう、彼女は電気で視力をカバーしている。発電量が衰えた今、彼女の視覚は失われているも同然なのだ。
なのに彼女は今、ジェイに戦いを挑もうとしていた。その不屈の姿勢に、彼はゾッとした。
「それに…戦うばかりが能じゃないのよ?」
そう言うとニコは、どこからかケイを連れてきた。そう、あの大食い少女である。
「にゃは♪」
「ケ…ケイ?!」
呑気な笑顔を見せる彼女と違い、ジェイは顔を青ざめていた。
「今日はもう帰りなさい。でも、この研究所の場所を教えでもしたら…この子の命の保障は無いわ!」
「き、貴様! ケイを人質…違う、キメラ質に取るだとぉ!?」
「まだまだぬるいものよ? 平気で人を殺すお仲間がいたんだから…あなたの組織には、ね?」
「卑怯だぞ!」
敵意を剥き出しにするジェイは、グルルと唸った。
「あなたが明日1人で、指定の場所で、エルと戦うのなら、この子の命は保障するわ。一体どうするつもりかしら、お兄ちゃん?」
「ぐぅ…!」
長考の末、ジェイが折れた。
「分かった。その提案に乗ろう」
「良い子ね。時間は明日の10時! 場所はすぐそばの山の中腹にある採石場! ホラ、さっさとお家に帰りなさぁい」
追い払うように手を振るニコ。ジェイはそれを黙って聞くしか、手段は無かった。


「ニコ…」
彼女の腕の中で、エルが口を開いた。
「私たちの方が悪者みたいよ?」
「善人よ。大食いのネコを無償で預かっているんだから」
2人の視線が、ケイに注がれた。
「にゃは…お腹すいたね」
彼女から響く『ぐぅ』という音が、何とも場違いだった。

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