少年は思いもよらぬ速さで、エルとの間合いを詰めた。肩を掴むその握力が、妙に強い。
「どうかしましたか?」
「…まさかとは思ってたけど、君…アルファベッツでしょ?」
彼の一言に、エルは少なからず驚いた。それを隠すように、わざとゆったりとした動きを見せる。
「失礼ですが…きっと人違いです」
「それは無い」
少年の鋭い目が、エルの動きを止める。彼は手にしたばかりの歯を見せ、強い口調になった。
「これはシャルクの歯だ。彼はサメのキメラだった。傷の入り方から見て、間違い無い」
その表面には確かに、独特な、『Y』の傷が入っている。
「それに俺は、鼻には絶対的な自信がある。君の体から、サメ独特の臭いと…血の臭いがする」
「それもそうだと思います。私、さっきまで街にいましたから」
エルは必死にごまかそうとする。『アルファベッツ』は組織内でしか使われていない単語だ。それが出た時点で、彼は危険人物なのである。
「シャルクに襲われ、エルミナスが現われて…君はそれに巻き込まれた、とでも?」
「えぇ」
「それは無い。彼が死んで、まだ数分しか経っていないんだ。たったそれだけの時間の間に、こんな所までやって来ている。あの混乱の最中、動いている交通機関なんて、そうあるもんじゃない」
苦しい言い訳でしかないのは、承知の上だ。しかし、彼の言っている事の方が、説得力がある。
「ましてや君は盲目だ。そんな君がどうして、たった数分でここまで、しかも歩いてやって来ているんだ?」
「それなら、私は誰だと思う?」
「エルミナス」
少年は断言した。
「彼女は全身を強化服で包んでいる。本人だと考えた方が、つじつまが合うからね」
ここまで言っているのだから、確信しているのだろう。エルは観念した。これ以上のごまかしは無用だと判断したのだ。だから口を開いた。
「つまり…」
それならば…彼女は一世一代の賭けにでたのだ。
「あなたもアルファベッツね?」
「…!」
彼は少し視線を泳がせた後、答えた。
「あぁ」
彼は呼吸を整えてから、低い声で名乗る。
「俺はジェイ。オオカミの遺伝子が組み込まれた、アルファベッツの1人だ」
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