キメラたちの捨て身の攻撃は、それからも続いた。
エルにとって、正義を貫く事は簡単だ。同族を倒せば良いのだから。だからといって、罪悪感が無い訳でもなかった。『倒す』とはつまり『殺す』と同じなのだから。
「ふぅ…」
今日はサメのキメラと戦った。その男は何度も、彼女の腕に噛み付いてきた。鎧をまとっているのだから痛くもかゆくも無かったが、どれだけ歯が欠けても、次の瞬間には新しい歯に入れ替わっているのだ。
彼女はポケットから、零れ落ちた歯を8つほど取り出すと、それをしばらく眺めていた。
「可哀想に…私に真正面から歯向かったばかりに、これだけになっちゃって…」
エルはそのうち、まだ欠けていないものを数個取り分けた。その残りを手頃なビニール袋に詰め、ゴミ捨て場に置き去った。今日は燃えないゴミの日だ。行政が処理してくれるだろう。
「でも歯って、何ゴミなんだろう?」
さっきまで戦っていた男への慈悲は、そこで終わった。


「それ、何?」
背後から、あの少年の声が聞こえてきた。彼は今日も、エルの後を追うようについてくる、一定距離を保ったまま。
「サメの歯よ」
「何かに使うつもり?」
「それが、ちっとも使い道が思いつかなくて」
「それでよく、持って帰ろうと思ったもんだねぇ」
「記念品みたいなものだから…欲しい?」
彼女は、一番傷付いている歯を選び、彼に見せた。
「もらえるのなら、もらっとこうかな。使い道は無いけど」
彼は近寄り、手渡しでそれを受け取る。それは、エルのいる場所から半径1メートル以内にまで、彼が初めて踏み込んだ瞬間だった。


「あ、おかえりなさい」
研究所の玄関先では、アルがほうきで掃除をしていた。どうせニコに、命令されたのだろう。
「そちらの方は?」
「いつも送ってくれる人」
「どうも、研究所の者がお世話になっております」
そう言って腰を30度傾けるアル。さすがは研究所一の雑用係、日本伝統の風習『お辞儀』をマスターしていた。
「は、はぁ…」
相手の少年は困っていたが。
「今、コーヒーを淹れてきます。エルさん、先に博士の元へ行って下さい」
「ありがとう」
言い残すなり彼は、掃除道具を手に、一目散に研究所へ駆け込んだ。後には2人が残された。
「それでは、さような…」
「ちょっと待って」

 戻る