「いや、別に…」
「特に何も無いのに、私を追いかけていたの?」
「まぁ、そういう事になる、かな…」
「ふぅん」
ストーカーぎりぎりの発言に、エルは少しも動じなかった。彼女はデンキナマズ人間だ。いざとなったら指先から電流を流し、即席スタンガンを味わらせれば良い。彼女の思考回路は、大体そんな感じだ。
「あ…もしかして、さっきからずっと?」
少年は背後を指差した。
「この近くのタバコ屋の角から、ずっと」
そこは、彼女が変身を解いてから、しばらく歩いたところにある店だ。どうやら彼女の正体はバレていないらしい。エルはホッとした。
「残念だけど、ストーカーは間に合ってます」
「どういう理屈だ、そりゃ。俺は別に、そういう事じゃ…」
「そう。なら安心したわ」
そう言うとエルは、すたすたと歩き始めていた。彼女の背後を、一定距離をあけたまま、少年はついてきた。
「怪しいと思わないのか?」
「怪しい人は、もっと企んだ目をしているわ。それも、あなたに似合わないくらいの」
「詳しいんだな。ストーカー被害者?」
「いいえ。ここ最き…」
『ここ最近、そんな人とばっかり戦ってるから』と言いかけて、エルは慌てて口を塞いだ。しかし、彼にはその言葉が聞こえていた。
「『さいき』…?」
「さ、さいき…佐伯さん…そう! 佐伯さんって友達が、そんな事を言ってたの!」
「へぇ。そりゃご愁傷様。そいつは捕まったの?」
「え、えぇ! それはもう、見事に!」
良かった、何とかごまかせた、うまくいった…と、エルはなんとなく解決した気分になった。勝手に焦っていたからか、研究所はもう目の前だった。歩幅も大きくなっていたようだ。
「ここよ」
「へぇ。君、ここの研究所の人だったんだ」
「そ。変な噂ばかりたっているけれど、私にとっては素敵な家よ」
さすがに『家兼仕事先』とまでは言えなかったエル。
「送ってくれてありがとう。おかげでストーカーにあわないで済んだわ」
「どうだか。来る人は来ると思うけど?」
「いいえ、とっても役に立ってくれたわ。また一緒に帰りましょう、送りオオカミさん?」
「…!」
軽くウィンクをするエル。彼女は機嫌よく、研究所の中へと消えていった。

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