所変わって、ここはとある山奥の温泉宿。ここの湯の特徴は、肝硬変と美容に効くといわれている。しかし、その素晴らしさに反して、客足は少なかった。宣伝不足と交通の便の悪さが原因とされている。
そんな隠れた名所に、2人の女性が、湯煙に包まれていた。
「ん〜…! 気持ちいーわねー!」
大きく伸びをするニコ。その隣には、いつも以上に大人しいエルがいた。
「自然の中に囲まれて、ゆっくり温まる…ヤーパナーは贅沢だわぁ。私達の研究所でも、お風呂を導入する必要があるわね、これは」
どこで聞いたのか、2人の頭の上には、手ぬぐいがちゃっかり乗っかっていた。
「エル〜? どうしたの? さっきからすっかり静かになっちゃって…。どうしたの? ここのお湯に不満でも?」
「そうじゃないんだけど…」
その時になってようやくニコは、彼女の異変に気付いた。彼女があまりにも日常生活をこなすので、時々忘れてしまうのだ。
「あ、そっか。見えないのね」
「うん」


説明しよう!
エルは盲目の遺伝子組換え人間である。デンキナマズの遺伝子を持つ彼女は、普段は体から微弱な電流を周囲に流し、それをもとに周囲を把握しているのだ。
しかし、ここは温泉である。温泉とは様々なミネラルが溶け込んだ『水溶液』だ。彼女の流す電流は全て流れてしまい、どこかへ消えてしまう。彼女の視覚は今、完全に死んでいるのだ。
どんなに目を凝らしても、一寸先も見えない闇に、私達が連れてこられたのと同じ状態なのである。


「それでさっきから、妙に大人しいのね? 大丈夫よ、目をつぶっていると思えば」
「でも普段は、目をつぶっても見えていたから…」
ニコはゆっくりと、物凄く自然に、彼女に優しく抱きついた。
「…え! え、え?!」
あまりの自然さに、された本人も一瞬気付かなかった。
「だからいつも言ってるじゃない。『お風呂くらい一緒に入ろ』って?」
「だって、あまりニコの手間を掛けさせたくないから…」
しかしニコは強く抱きついて離れない。
「良いじゃない、女の子同士なんだから〜。それとも、アルに背中流されたい?」
その質問に即答出来ないエル。それがニコの不器用な優しさだと、気付いたから。
「それではニコ、お願いします」
「決まり! 帰ったら早速、お風呂を設置するわよ!」
「そこから?!」

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